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第三十七話

 シオンとの戦いに勝利したミナギとヒサヤが島に戻った時には、ミオの命の炎はすでに燃えつきようとしていた。


 アドリエルとサキの必死の看護も、すべてを終えた炎を灯す力には成らなかったのだ。



「戻ったぞ。約束通り……な」



 そして、そう口を開いたヒサヤの腕に抱かれたミナギもまた、満足げな表情を浮かべながら目を閉ざしている。


 シオンの銃撃からヒサヤを守った際に負った傷。


 砲筒の銃撃にて、即死をするというケースは稀であるが、身体の急所を貫いたとなれば話は別である。


 胸元を貫かれ、当て布を今もじわりと染めつつあるそれは、確実にミナギの命を蝕みつつあったのだ。



「ミナギ?」


「…………お母様」



 お互い、力無く声を掛けあう母娘。運命に翻弄され続けた二人にとって、ようやくそれら解放された末の結末がこれ。



「天とは……まことに無慈悲なものね」



 そんな二人を見つめながら、リアネイギスがそう呟くと、他の者達もまた力無く頷くしかなかった。


 宗教という類のモノは、ベラ・ルーシャ以外では文化や風習に根付くほどで、所謂宗教団体などがほとんど存在していない世界にあっても、個人単位での信仰などはさすがに存在している。


 原始的な自然信仰と言ったところであったが、彼女等からしてみれば、苦しみ続けた母娘が迎える結末としてはあまりにむごく、人智を越えた力を持ってしても救う事の出来ないであろうもどかしさと無念さに支配されているというのが正しいであろう。


 眼前で力無く抱擁しあう母娘の姿が、ただただ悲しいモノとして映るという事実がそれを証明している。



「殿下……、そして、皆さん」


「なんだ?」



 そして、ミオはゆっくりと顔を上げると、傍らに立っていたヒサヤに対して口を開く。


 その姿は、どこか人たるモノを超越した美しさをヒサヤをはじめとする者達に感じさせ、全員が息を飲む。


 母娘の再会を終えたことで、ミオの中に何らかの変化があったことは明白であろう。



「ミナギとハヤトを……そして、ミルを……」


「ミル?」


「閣下のご息女にございます。殿下」


「ほう? カザミとの?」


「はい…………三人のことを、どうか……」



 そして、ミオが口にした三人の名。


 今、ミオの腕に抱かれて、目を閉ざしているミナギ、無言で顔を背け、身体を震わせているハヤト。そして、遠きキツノの地にて帰り待っているミル。


 ミオにとってみれば、何ものにも代え難い存在である者達。その名を口にしたことの意味もまた、皆が悟るには十分なモノとも言える。




「何を言っている? 勝利を祝いあったのだ、私も家出期間分を父上に怒られねばならぬし、その時の弁護を貴女以外の誰がするのだ? まあ、その辺は脱出した後で考えるちしよう。いいな?」



 そして、そんなミオの言に対して応えるヒサヤ。だが、力無く首を振るうミオ。


 ヒサヤが無理に明るく振る舞ったところで、代え難い事実というモノは存在している。ただ単に、ヒサヤがそれを受け入れたくないというが実情なだけであった。




「殿下……。私には、……いえ、私達にはまだ、果たさねばならぬ事がございます」


「分かっている。スメラギの未来を切り開くことであろう? だが、そんな事は、傷を治してからだ」


「はい。ですが、未来を考えるのならば、なんとしても葬り去らねばならぬモノがございます」




 そして、再びと言って良いほどに凛とした表情を浮かべるミオに対し、ヒサヤもまた力強く応じる。


 だが、ミオは窓辺から見える大海へと視線を向けつつ、言葉を続ける。


 彼女の視線の先に広がる海。そこには、先ほどより、はっきりとした姿を見せるようになったユーベルライヒ艦隊の姿があった。


 現状、ベラ・ルーシャに対する絶望的な抵抗を続けているスメラギ。そんな状況の中で、ユーベルライヒに脇を突かれてしまえば、どのような結果を生むか。それは火を見るよりも明らかであろう。




「何卒その責務。我が母娘に御命じ下さい」


「断る」


「殿下……」


「大義を語っているが、その実、実に背負った罪の精算であろう? そのような事は許さん。お前達になんの罪があるというのだ? すべては、他者から背負わせられたものばかりではないか。お前達には生きる権利がある。何より……、お前達がここで死んだら、カザミはどうなるのだっ!!」


「殿下、落ち着いて下さい」




 そして、ゆっくりとヒサヤを見つめながら口を開いたミオの言を、ヒサヤは短く拒否し、さらに口を開く。


 スメラギの未来というヒサヤの言に乗り、そのためにユーベルライヒの艦隊を葬り去る。


 その手段にはこの場に居るすべての者が気づいていたが、ミオの本心もまた、彼らにとっては容易に察することが出来る。


 自身が“女神の檻”を生み出す実権体となっていた過去。

 いずれはスメラギを滅ぼしかねない平気を生み出すことに加担していたヤマシナ家の血。

 そして、現実に動力源となって数多くの人間の命を奪ってしまったミナギの運命。



 彼女等自身に罪はなくとも、それを成したという事実を忘れられるほど、彼女達は不義理な人間ではないのだ。


 しかし、ヒサヤとしては、例え不義という事であっても、償いと称してミオには生き長らえて欲しかった。


 ミナギのためでもあるし、死したる母サヤの為にも、彼女には娘達とともに余生を過ごして欲しかったのだ。



「償いをしながら、生きるという選択肢もあるでしょう。ですが……、生きることが死することよりもつらきこともございます。……いくらでも、私には死に逃げる機会はあった。生きることを拒否し、安寧を求める機会はあったのです。ですが……、自身の矜持がそれを許せなかった……、娘達に不幸を背負わせ、スメラギに混乱を招いた元凶を討ち果たす時まではと……だからこそ」



 そこまで言うと、ミオは苦痛に顔を歪ませ、言葉を切る。


 ヒサヤもまた、その言に対しては反論することが出来なかった。


 彼女にとっての死。それは……、生き続ける限り続く悪夢からの目覚めの時であることがわかってしまったのだ。



「それに……、この子を一人で逝かせるのは、あまりにかわいそうだわ……」



 そう言うと、ミオはゆっくりと赤き光を灯す女神の檻に手を添える。


 そこには、彼女に寄り添う少女と瓜二つの少女が、沈痛な面持ちのまま目を閉ざし、赤き光の中に身を置いている。


 おそらく、彼女自身が暴走を押さえ込めるだけの時間はあと僅か……。おそらくではあるが、シオン自身もこの暴走を予期していたわけではないのだろう。


 ユーベルライヒ艦隊の到着を考えれば、その出立ははるかに以前のこと。ともすれば、暴走に巻き込む可能性を考慮しないはずがないのだ。


 そして、その予期せぬ事態こそが、スメラギを救う結果に繋がろうとしている。


 悲しき“犠牲”を対価として。




「ヒサヤ様……私からも、お願いいたします」


「ミナギ……」


「何卒……」




 そして、最後に力無くミオに寄り添っていたミナギの言に、ヒサヤをはじめとする他の者達は力無く頷くしかなかったのだった。



◇◆◇◆◇



 ヒサヤ様に抱かれ、飛空艇へと乗り込んだ私を、お母様は穏やかな表情を浮かべながら見つめてくれていた。


 ヒサヤ様に対し“母娘”と言ったお母様の言。その娘とは、“私”ではなく、もう一人の“私”であったのだ。


 そのことを悲しく思う理由つもりはない。お母様からすれば苦渋の決断であったことは容易に想像がつくし、何よりも、私自身がそうして欲しかった。


 私は、目覚めの時から多くの人達の思いに接してこれた。ボタンさん達と出会い、ハルカやリヒト様、フミナ様との再会、ミルとの出会い。


 そして、ヒサヤ様やサキともともにあることが出来た。シロウやユイとの悲しすぎる別れもあったが、“もう一人の私”……、本来、皆さんと一緒に日々を過ごしてきた彼女は、そのすべてをただ見つめているしかなかったのだ。


 そんな彼女から、お母様まで奪ってしまうことは、私には出来なかったのだ。



 そして、ヒサヤ様の合図で飛空艇はゆっくりと浮かび上がる。格納庫には、シオンが持ち出そうとしていた組織の資金や各国との繋がりを証明する資料、女神の檻に関する資料が運び込まれ、今後の戦いに役立てられる。



 それらを背景に、扉を開いたまま浮遊を開始した飛空艇。



 操縦室にいるミツルギさん達をのぞき、ヒサヤ様、サキ、お兄様、アドリエル、リアネイギスは、なおもこちらへと視線を向けているお母様に対し、ゆっくりと敬礼する。


 死にゆくお母様に対する礼と言うことであったが、それを成すと、私とヒサヤ様だけを残して操縦室へと足を向ける。


 最後の別れということを鑑み、皆が気を使ってくれたのであろう……。


 徐々に島から遠ざかってなおも、私達はその場に立ち尽くしていた。いまだに、シオンの手による破壊の跡が色濃く残る島。


 数多の出会いと別れ。悲しみに彩られた隠されし島。その島の周囲を、やがて黒塗りの大艦隊がゆっくりと通過していく。


 彼らにとって、島は海に浮かぶ燈台のようなモノ。シオンが姿を見せなかったところで、彼らの進撃が停滞することはない。


 しかし、その進撃は、彼らにとって死出の旅になる事を、当人たちは知るよしもない。



 そして……。



「っ!? はじまったか……」



 私を抱きしめつつ、口を開いたヒサヤ様。


 その言が示すとおり、島を包み込むように広がった暗がり。かつて、ケゴンを、天津上を、そして先頃、黒幕たちの本拠とシロウ達を一瞬にして消し去ったそれ。


 その前兆となる漆黒の闇に島全体が包み込まれ、やがてそれは付近を航行するユーベルライヒ艦隊の周囲にまで伸びて行く。


 鼓動が跳ね上がり、はっきりと耳まで届く。


 刹那。



 漆黒の闇包まれていた島は、あまりに鮮やかなる。滅びを告げる大輪の花としてはあまりに美しき光を発した。



「くっ!?」



 その光に、思わず目を閉ざすヒサヤ様に対し、私は目を閉ざすことなくそれを見つめ続ける。


 光の中で、お母様と過ごした日々の記憶が走馬灯のように流れていく。言葉で語りかけてくることはない。ただただ、それらの日々の記憶だけが、私の眼前に存在している。


 そして、光が消えて行く中で、私の目に映ったのは、穏やかな表情を浮かべて寄り添いあうお母様ともう一人の私の姿……。




「さようなら……、お母様……。さようなら……、もう一人の私……」



 消えゆく光の中で、静かにそう呟いた私もまた、静かに目を閉ざす。



「ミナギ?」



 そんな私の耳に、届いてくるヒサヤ様の声。だが、どういうわけか、それに応えることは出来なかった。



 その後に感じたのは、静かに私を抱きしめてくれる温もりだけであった。

少々短くなってしまって申し訳ありません。


次回でミオの視点を挟み、そこから完結へと持っていこうと思っています。今少しの間、何卒お付きあいいただけますと幸いです。

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