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第三十五話

 誰かに呼ばれた気がした。


 後頭部の激しい痛みと全身が気怠さに支配される中、身を起こした私であったが、視界は暗がりの中に置かれている。



【ようやく、通じましたね】


『っ!? 貴女はっ!?』



 意識が戻りはじめると、脳裏に届く少女の声。それは、聞き覚えるそれであると同時に、見開いた視界の先は赤く染まったまま。


 その先では、二人の女性が背を向けたまま地に座り込んでいる。そして、見覚えのある部屋の様子に、私は二人が誰であるのかを察する。



『お母様……、サキ……っ』


【二人は大丈夫よ。アドリエルさん達がこちらに向かっていますから。でも、お母様は……】



 そんな私の言に、語りかけてくる声は私を宥めるかのように口を開く。だが、ここから見ても分かるように、お母様の傷は深いまま。出血もいまだに続いている様子である。


 そして、声の主の言葉……。



『覚悟は……出来ています。それで、貴女は』


【巫女様から話は聞いたようですね】


『ええ。自分と会話をするなど、おかしな話のような気もしますけど』


【そうですね。ただ、貴女と私はすべてが一緒というわけではありませんよ?】


『と言いますと?』


【私には、貴女のように異世界の記憶はありません。おそらく、貴女を解放した際に、その異世界にて生きていた貴女そのものを切り離したのでしょうね】


『……それは』


【推測でしかないです。ただ、再びこうして話が出来るとは思っても見なかった。……シロウ君達を殺したのは、私なのに】


『っ!? そ、それは……』




 巫女様から告げられていた私に関する真実。


 そして、女神の檻にて垣間見たその姿は、以前私に語りかけていた時の姿とはあまりにかけ離れたそれであった。


 今となって、なぜまた私に語りかけてくるのかまでは分からなかったが、それでも最後に口にした言葉は、私の心に深く突き刺さる。


 シロウ達は、脱出船もろとも女神の檻の攻撃……即ち、私達の手に掛かって死んでしまった。


 戦いを生業にしていない住民やそのこども達も多く乗り込んでいたにもかかわらず。



【ごめんなさい。貴女にだけでも謝っておきたくて】


『そんな事は……』


【多分、これが私が貴女に話しかけられる最後の機会だと思います。今もなお、自身に対する破壊の衝動は抑えられません……。だからこそ、貴女は殿下達を】


『っ!? …………助かる手段は、ないのですか?』


【一人の人間が同じ時空に存在する。時の理を無視した存在なのですよ。私達は】




 そんな私の脳裏浮かんだシロウの最後や乗り組んでいた同志達、民間人たち。


 彼らは結果としてそれまでの行いを精算することなく逝ってしまった。シオンの手による攻撃であったのだが、それでも……。


 ともすれば、私自身同じ立場にあった可能性もあるのだ。謝っても謝りきれないという思いを感じているのは容易に予想できる。


 そして、自分を追い込み続けている事も。


 だからこそ、救われる手段はないのかとも思うのだが、彼女の言うとおり、私達は本来存在すら許されるのか分からない存在でもあるのだった。



【それに、貴女が私にしてくれる救いは……、私に“死”を与えてくれることですよ】


『それは……』


【以前にもお願いしていましたね。今もなお、私は私の意識の外で自分の身を滅ぼすべく暴走を続けている。何とか押さえてみるつもりですが、もし、脱出前に限界に達すれば】



 そこまで言うと、彼女は口を閉ざす。


 彼女の言う“暴走”がどの程度の破壊をもたらすのかは分からなかったが、すでに私が垣間見た4つの破壊を見れば、この島程度であれば完全に消滅させることは容易であるだろう。


 そして、そうなってしまった時、今も島に残るお母様やサキ達は……。それ以上は考えたくもないというのが本音であった。



【私は何とか耐えて見せます。ですから、皆さんを……】



 そして、そんな私の本心を悟ったのか、彼女の声が静かに脳裏に届くと、私の視界は赤きその世界から、ゆっくりと見開かれるように元の色に染まっていく。




 それはとても不思議な、まるで夢から覚めるかの感覚。先ほどまでの会話は、当然夢物語ではないのであろうが、それでも、自分が直面する世界はまるで夢のように思える程であるのだ。



「う、んん……」



 そして、再び感じ始めた痛み。


 シオンに意識を断たれた際に殴打されたところが痛む中、私は何とか身を起こす。そこは見覚えのない一室であり、視線の先には操縦桿と思われる輪状の装置が置かれ、背後にはどこへと通じているのか、壁の両端に扉がある。



「ここは……?」



 そんな状況に、私は重い身体を引きづるように立ち上がり、外へと視線を向けると、そこは空の上であった。


 一瞬、何事かと目を見開くも、眼下には大地がはるか彼方に見え、いまだに炎に包まれる本拠地から徐々に離れつつある。


 空に浮かぶ何かに自分がいる事は容易に分かったが、それでも状況の大きな変化には困惑するしかない。



「いったい何が? っ!?」



 そんな時、私の耳に届いたのは、部屋の上部から届いた何か思いモノが落下する音。そして、それに続くように耳に届きはじめる剣戟の音。



「戦い? いったい誰が?」



 おそらく、相手はシオンであろうが、この様な上空にいったい誰がやってくるというのか? ともあれ、シオンが相手である以上は、この手であの男を討ち倒す機会でもある。



「ここで、終わらせるべきですね……。うん?」



 そう口を開きつつ、扉を開くと、その先は手狭な通路が後方へと伸びている。


 そして、足に当たった何か固い感触。


 何事かと思いつつ視線を向けると、そこに転がっていたのは、白塗りの塗装が施された砲筒。


 目覚めの時以来、私が使用し続けていた砲筒であった。



◇◆◇◆◇



 いくら斬り裂こうとも、身体を叩き伏せようとも、目の前の男は立ち上がってきていた。


 はじめこそ、自分が戦いの主導権を握り、眼前の男、シオンに対して一方的な攻勢をかけ続けていた。


 だが、こちらに疲れが見え始めると、それまでは防戦一方、いや、一方的な攻撃に晒され、全身を赤く染めていたシオンが反撃に出はじめている。


 正直なところ、自分がシオンに与えた攻撃は、常人は元より、皇国神衛や組織の幹部達ですらも十分に倒せるだけのもののはずだった。


 しかし、眼前の男は今もなお、苦痛に顔を歪めるのみで、こちらに対して攻勢に打って出てくる。



 ――いったいこの男は何なのだ?



 ヒサヤは剣を振るってくるシオンを睨みつつ、そんな事を思う。


 事実であれば、自分達の親世代の時にはすでにスメラギに入りこみ、母であるサヤを操って皇室に害を為さそうと画策していたという。


 だが、今もなお眼前にあるのは二十代の青年の姿。自身が神衛候補生達と修練に励んでいた日々を振り返っても、年齢を重ねている様子は無い。


 もっとも、組織の暗殺者達がその身体に施されているように、刻印を身体に埋め込むことでの身体強化という秘術も存在しているともなれば、不思議では無いのかも知れなかった。


 ただ、少なくとも、幹部としてこの男に接している間、この男の肉体から、その施術を受けた人間独特のそれ。


 身体の各部からまるで斑点のように灯る刻印の光を確認できていなかった。



 加えて、それを受けていても、今のシオンのように、身体に受けた傷が信じられない速度で回復していくことなど、まずあり得ない。



「くっ!!」



 そんなことを考えつつ、身体に蓄積した疲労は頂点を迎えつつある。


 相手は相応の技量を持った難敵。いかな力量を持った人間であっても、疲労は当然大きくなる。


 なんとか、剣戟を躱したヒサヤは、下部へと通じる縦通路を滑るように降りていき、後部格納庫へと身体を滑らせていく。



「はぁ、はぁ、はぁ……」


「ふ、もう限界か?」


「くっ……、黙れ」




 そして、身を起こして肩で息をするヒサヤに対し、後を追ってきたシオンは苦痛に歪んでいた表情に笑みを浮かべると、懐から赤塗りの砲筒を取り出し、ヒサヤへと突き付ける。


 攻撃を躱すためとはいえ、ここならば周囲を傷付けたところで浮遊能力を失うことはなく、結果として自ら危険へと飛び込む形になってしまっていた。



「自ら飛び込んできて、大事な女も救えず、こうして命の危機に晒されている。滑稽という言葉が貴様にはよく似合うな」


「化け物が……」




 笑みを浮かべつつ、そう口を開くシオンに対し、ヒサヤは剣を強く握り込みながら睨み付ける。


 一、二発ならば叩き落とすことは可能であろうが、先ほどと状況が異なっている以上、敵の主導権を覆すことは困難である。



「化け物か……、たしかにな」


「っ!?」



 口元を歪ませつつ睨み付けてくるヒサヤの言に、シオンは顔からそれまで浮かべていた笑みを消し去る。


 何事かと思ったヒサヤであったが、次の瞬間には、砲筒を構えたシオンの右手に禍々しき漆黒の光が灯りはじめる。



「な、なんだ……?」


「くくく……、殺してやるつもりであったが、気が変わった。母親同様に、俺の駒となって、無残死んでもらう方が貴様にはちょうどいい」


「なっ!?」




 灯った光と“母親”という言葉に目を見開いたヒサヤ。そんな彼に対し、シオンは口元にのみ笑みを浮かべてそう告げると、途端に周囲は漆黒の闇に包まれはじめる。


 何事かを周囲に目を向けるヒサヤであったが、闇の中に一条の光――雲間を波うつように走る雷光にも似たそれが走ったかと思うと、ヒサヤの視界は歪み、先ほどまで立っていた飛空艇の格納庫の感覚が消え、虚空へと投げ出されたかのような浮遊感に全身が支配されていく。



 そして、周囲の状況に困惑するヒサヤに対し、闇の中から無数の白き腕が伸び、彼を捕らえようと襲いかかってきていた。



「なんだっ!? このっ!!」



 すぐに剣を握り直し、襲いかかってくる腕を次々に切り伏せるヒサヤ。


 だが、斬り伏せた腕は、そのままに霧散すると再びどこからともなく生み出されて、ヒサヤに対して襲いかかってくる。


 捕らえられれば何が起こるのか? そんな事は分からなかったが、彼の本能がそれが危険であることを無意識のうちに告げている。




(くくくく……いつまで頑張れるかな?)



 そして、そんなヒサヤを嬲るようなシオンの声。


 どこからかこの光景を見つめ、必死に抗うヒサヤの姿を嘲笑しているのであろう。だが、今はそんな事に意識を奪われている場合ではなかった。


 一瞬、苛立ちに支配されたヒサヤの背後から、瞬時に伸びてきたそれがついにヒサヤの頭部を捉えたのである。



「がっ!?」


「ふん、他愛の無いことだ」



 ヒサヤの頭部を掴みつつ、腕の主であるシオンは彼に対してそう告げると、先ほどのまでの嘲笑を消し去り、鋭い視線で彼を睨む。



「サヤは今少し従順であったぞ? あの小僧どものおかげで変わってしまったが」


「だ、黙れっ!!」


「ふん。黙ってやるさ、貴様もまた、同様であるがな」



 そして、母親の名を出されたヒサヤが声を荒げる中、冷然とそう言い放ったシオン。


 と同時に、ヒサヤの脳裏は、セピア色に染まった世界に支配されていく。





 そこにあったのは、硝煙や薬品混じりの匂いと何か、金属や何かが焼けるような匂いに包まれた。


 そして、その先にあったのは……。




 ――斬り裂かれて血を流し続ける人。


 ――業火の中で焼き尽くされ人。


 ――幾重もの槍や得物によって貫かれる人。


 ――鈍器のようなモノで身体を砕かれる人。


 ――細い金属糸に絡め取られ、電撃を加え続けられる人。


 ――薄暗い水の底に閉じ込めるられる人。



 それ以外にも、この世界に人が生まれていこう産みだされてきたあらゆる拷問の光景がヒサヤの脳内に直接的に送り込まれてきたのであった。




「な、なんだ……なんのだ、これはっ!?」


「お前は俺を化け物と呼んだであろう? その通り、化け物が生み出される過程をお前に教えてやっているのさ」


「な、なんだと??」


「貴様の母もまた、この光景を見た。そして……」




 次にヒサヤの脳裏に映し出されたのは、ミナギがサヤによって教えられた、件の凶行の時の映像。


 サヤがミオに刺されて崩れ落ち、リヒトやカザミが呆然とする中を、ミオは一人寂しく立ち去っていく光景。




「……所詮、愛などに溺れた小娘の末路はこんなモノよ」


「貴様っっ!!」


「ふふふ。いいぞ、そうやって憎しみに溺れるが良い」



 そう言うと、眼前の光景とともにシオンの姿は消え、ヒサヤの元には、向かう先のない怒りのみが残される。


 そうして、本能の赴くままに剣を振るうヒサヤ。先ほど見せられた拷問の光景に対する人というモノへの怒り。


 それが今、母親を侮辱したシオンに対する怒りと、それを討ち果たせぬ事への怒りと入り混じり、ヒサヤの中で何かが壊れはじめていたのであった。


 しかし、とうのヒサヤがそれに気づくこともなく、次第に彼の本能の中に植えつけられはじめる何か。


 サヤがシオンの命に基づき、神皇アキト、皇后ミナミ等を害した時と同じように、彼の中で対象に対する破壊衝動を誘発する術式。


 それが、ほどなく、ヒサヤの脳裏に埋め込まれようとしていた。




「くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」




 怒りとともに、咆哮するヒサヤ。怒りに我を忘れながらも、自身が他者によって支配されつつある感覚は残っていたのであろう。


 母親の末路を知らず、思わぬかたちでそれを知る事になったのが、この時ばかりは彼を救う事になったのかも知れない。


 怒りと悲しみ。


 ともに、人を支配しうる感情でありながらどこかで反発しうる感情。それが入り交じったことで、救いの声が彼の脳裏に届くことになったのである。




【お助けいたします。ヒサヤ様っ】


「っ!?」



 そして、どこからともなく、ヒサヤの耳に届いた聞き覚えのある少女の声。


 思わず目を見開き、はっと我に返ったヒサヤは、周囲から闇が消え去っていく光景を唖然としたまま見つめていた。



「な、なんだっ!? ど、どういう事だっ!?」



 そして、闇が完全に消え去ると、彼の眼前では砲筒を手にした右手が薄紫色の光によって絡め取られ、困惑しているシオンの姿。


 この男が、ここまで狼狽することなどあるのだろうかと、思ったヒサヤの眼前にて、右手を握りしめて狼狽していたシオンの右手。



 やがて、そこに絡みついていた光が眩く光り輝いた刹那。



 ヒサヤとシオンの間には、薄紫の光に包まれた、漆黒の禍々しき光を灯す刻印……。シオンをして、幾歳月の時を重ねても変わらぬ姿を保たせ続けた力の根源体が、行き場を失い力無く漂っている。


 そして、その人智を超越した存在の姿に呆然としていた両者。


 その刹那。



 前方へと繋がる扉が荒々しく開かれると同時に駆け込んできた白き影。



「シオンっ!!」



 それがそう叫ぶと同時に、格納庫内に響き渡った乾いた発射音。


 すぐに我に返ったシオンが、声の主に対してそれを向けると、ほんの数瞬遅れて、同様の音が響き渡る。



「ぐおっ!?」


「くっ!?」



 そして、白き影――ミナギ・ツクシロの放った銃弾はシオンの右肩を貫き、シオンの放った銃弾は、ミナギの砲筒を彼女の手元から弾き飛ばす。



「っ!?」



 即座に、転がった砲筒へと駆け、それを手に取ったヒサヤ。だが、苦痛に顔を歪めていたはずのシオンは、この時すでにヒサヤに対して砲筒を向けていたのであった。


 痛みに対する苛立ちから、勝利を確信した笑みへと表情を変えるシオン。


 相討ちを覚悟し、それでもなおシオンを睨みつつ、砲筒を向けるヒサヤ。


 両者がその引き金を引き絞ったのは、まさに同時のこと。


 そして、互いの額を狙って放たれた砲弾は、正確にそこへと向かって放たれ、ほんの数瞬、虚空にて激突する。


 光を放ってぶつかり合った銃弾は、一方はシオンの胸元を、そして……。



「殿下っ!!」



 状況を察して、ヒサヤの前に身体を投げ出したミナギの胸元を、それぞれ貫いたのであった。

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