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第三十四話

更新が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。

 放たれた火球が鮮やかな彩りを虚空に描きながら炸裂していた。


 ヒサヤとハヤトは、その光景に目を向けつつ、眼前の飛空艇へと向かって吹きつける風の中を疾走していく。


 そんな時、操縦室の置かれている船体部より、一人の男が顔を出す。



「シオンっ」



 思わず口を着いたその男の名。


 ヒサヤにとっても、ハヤトにとっても、仇であり、共通する大切な少女を連れ去った男。ここで逃がしてやるほどお人好しになるつもりは二人にはない。



「っ!?」



 だが、一気呵成にその場へと飛び込もうとした二人の眼前にて、何かをこちらへ向けて構えるシオン。


 即座に反応したのは、ヒサヤを連れたハヤトであり、空気を切りながらも、彼らの耳にまで届いた乾いた音と同時に、それまで二人がいた場所を、複数の弾丸が空気を切りながら通り過ぎていく。


 その後も、続けざまに砲筒を撃ち続けてくるシオン。


 ヒサヤやミナギにその使役を教え込んだ師という立場もあった男なだけに、その腕前はたしかなものであった。


 今だ航空機の類が、ヒサヤ等の眼前の例外を除いて存在せぬこの時代、戦場において空を制することは、約束された勝利を意味する。


 少数種族であるフィア族が、五大国の一つフィランス共和国を討ち倒して、フィランシイル帝国を建国したのは、彼らが持つ民族的特性。


 すなわち、“空を駆る力”を持っていたことが圧倒的な軍事的優位を生み出しが故。


 だが、そんなそれを駆る者達に対抗するべく、弓術や弩などの進化や改良が続けられ、そして、今では少数ではあるが、砲筒の運用が奨められている。


 シオンのような名手は、空を駆る者達にとっては最大の難敵として存在しているのだった。



「ちっ、一筋縄ではいかんか」


「殿下。ヤツを撃ったところで無駄です。なれば……」



 一方、ミオからミナギの砲筒を託されていたヒサヤもまた、懐からそれを取り出して信を狙おうとするも、続けざまに撃ち出される弾丸の雨に、ヒサヤを連れるハヤトは回避を優先せざるを得ず、狙いは定まらない。


 それ故に、ハヤトが指し示したのは、シオンのいる操縦室ではなく、その後背。そこは、今もまた、色とりどりの光を放っている動力部であった。



「まて。下手を打てば、ミナギまで……」


「とはいえ、この速度では……くっ!!」



 ヒサヤにもハヤトの狙いは読み取れる。


 現状の速度を見れば、ほどなく飛空艇は島の影響下を離れてしまい、ハヤトはともかく、ヒサヤが追撃することは困難になってしまう。


 そのため、動力部を完全とは言えずとも破壊し、速度を落とさせる必要はたしかにあった。


 だが、動力部の根幹は、炎や雷の力を宿す刻印。それを破壊しようものならば、最悪ミナギもろとも飛空艇を爆破してしまいかねない。


 そして、そんな状況下でも、攻撃は続き、ハヤトはヒサヤを連れている分だけ、回避が鈍りかねない中を必死に銃弾を躱す。


 すでに残された時間はほとんどないのだ。



「くそっ、やるしかな……ないなっ!!」



 そして、意を決して砲筒を構えたヒサヤは、声とともに躊躇うことなく砲筒の引き金を引く。


 鮮やかな音を奏でながら、吐き出された弾丸は、一直線に動力部へと突き進んで行き、やがて、眩い光が動力部から漏れはじめる。



「っ!?」



 刹那、激しく揺れる飛空艇。


 よろめいたシオンが忌々しげに後背の動力部へと視線を向け、再びヒサヤ等へと苛立ちのこもった視線を向けてくる。



「成功したか?」


「ええ。速度は落ちています。行きましょうっ!!」



 そして、速度の低下とともに高度を下げていく飛空艇。とはいえ、シオンが顔を引っ込めると急速に下がっていた高度は保たれ、ゆっくりとではあるが、島から離れはじめていることは見てとれる。


 とはいえ、時間は十分に稼げたことになる。



「後部より飛び込むのは危険だろう。おそらく、上部のどこかに進入口があるはずだ」



 ハヤトに対してそう告げたヒサヤは、速度を上げて飛空艇上部へとハヤトに向かわせる。現状、彼に連れて行ってもらう以外にヒサヤに手段はない。


 それ故に、両腕を塞がれた形になっているハヤト。出来るだけ早く、空での戦闘は回避したいところであるのだった。



「よし、あそこだ。もう良いぞハヤト」


「ですが」



 そして、飛空艇を上空より見下ろせる位置にまで来た二人。まるで夜の海に浮かぶ浮き袋のように見えるそれの最上部に、中へと続くと思われる蓋を目にしたヒサヤは、そう言うと手を離すようハヤトに対して促す。


 ここまで連れてきた以上、相応に疲弊はしているはず。


 それに、ヒサヤにとっては、ハヤトは大きな戦力であるのだ。出来る限りの回復の必要性は十分に理解できている。




「このくらいの高さならば、大丈夫だ。お前も少しは腕を……下がれっ!?」




 そんな時、ふとハヤトに対して振り返ったヒサヤは、上空より急降下してくる黒き影に気づくと、咄嗟に声を上げる。


 一瞬、何事かと思ったハヤトであったが、即座に感じた殺気に、ヒサヤを前方へと投げ出すようにして反動を付け、慌てて後方へと飛び退る。



 だが、わずかに遅れた反応のためか、肩口から胸元にかけ手を軽く斬られ、そこから血が滲みはじめる。



「殿下っ!!」


「俺は大丈夫だっ!! その馬鹿を頼むっ!!」


「……承知っ!!」




 そして、虚空へと投げ出される形になったヒサヤであったが、上手く身体を捻りつつ飛空兵へ向かって滑空している。


 その中でも声をかけてくる主君の姿に、ハヤトはゆっくりと頷くと、バサリと音を立てて自身の背後にあると思われるそれに対して鋭い視線を向けた。



「しぶといな……反逆者が」


「ふん、俺にも意地はある……」




 そして、振り返ったハヤトの視線の先にあったのは、全身を赤く染め、やや息を荒げながらも彼を睨み付けてくる一騎の竜騎士。



 黒き竜に跨がったその男は、スザク・カミヨ。



 組織の幹部にして、先ほどまでも聖堂騎士達とともに、ハヤト等と交戦していた組織最後の生き残りとも言える男であった。



◇◆◇◆◇



 吹きつける風を感じつつも、入口を目指すヒサヤ。


 ふと、そこに辿り着く前になって彼は腰に下げた剣を抜き、臨戦態勢を整える。


 神衛の修練に参加してきた日々、暗殺者として生きてきた日々。それぞれにて来た抜かれた勘が、この先も一筋縄ではいかぬ事を、彼の本能に告げていたのだ。


 そして、案の定開かれた入口からは、シオンが苦々しげな表情を浮かべて顔を出すと、手にした砲筒を躊躇うことなくはなっていく。


 虚空にあり、すでに一直線にそこに飛び込む以外の選択肢無きヒサヤ。


 当然、一直線に向かって来る弾丸ははっきりと目に映り、そのまま行けば、スメラギ皇国皇太子は、神皇への即位無く薨去を余儀なくされる。



「っ!!」



 だが、目の前に見えているものである。


 そして、すでに常人ではない身体が、彼の判断力を寄り鋭き研ぎ澄ませる。

 そして、意識の赴くままに、手にした剣を振るったヒサヤは、激しい衝撃を剣に感じつつも、身を貫く弾丸の感触を知らぬままに、入口にあったシオンの元へと飛び込んだ。



「ぐあっ!?」


「うぐおっ!?」



 激しく身体をぶつけ合い、そのまま揉みあうように落下していく両名。


 最後は階下の通路に激しく身を叩きつけあい、互いに絶息するも、すぐに立ち上がって睨みあう両者。


 すぐに砲筒をヒサヤへと突き付けたシオンであったが、そんなシオンに対し、ヒサヤは冷然と口を開く。



「良いのか? これ以上穴が開いたら、墜落しちまうぞ?」


「ちっ!! 小僧っ」



 そんなヒサヤの言に、シオンは口元を歪ませてそう言うと、砲筒から脇に指した剣に手を伸ばしてそれを手に取る。


 同時に、ヒサヤもまた地を蹴ってシオンへと迫る。


 人一人が通るには十分な広さであったが、それが交戦ともなれば正面からの激突を余儀なくされる広さしかない通路。

 それ故に、必中距離ともなれば周囲への影響を鑑みずに砲筒の使用も考えられたのだが、ヒサヤは先ほどの通路に叩きつけられた際に、階下へとそれを取り落としてしまっていたのだ。


 浮遊力を出すために、作りとしての隙間が多いため、探すことは簡単であるが、ミナギの分身とも言えるそれを取り落としたことは、ヒサヤにとっては痛恨でもあった。



 とはいえ、今のヒサヤにとっては眼前の憎き男を倒すことの方が先決である。


 そんな状況下で、振るった剣と剣がぶつかりあい、激しく火花を散らす。


 互いに力をこめた一撃。それは、最後の戦いに対する互いの礼儀のようなもの。全力を向けた一撃が互角に終わった以上、それから先は技量の勝負になる。


 当然、その場は正面から上下のみを使用した剣と剣のぶつかりあいの舞台となり、激しい剣戟の音が木霊し、火花が散って行く。


 狭き空間であるが上に、正確な剣伎と剣伎の応酬であったのだが、お互い歴戦の戦死であることもまた同様。


 いつまでも剣伎のみによる決着を望む事は無い。



「っ!!」



 そして、わずかな技量の差からか、ヒサヤは下方より振り上げられたシオンの剣に、自身の長剣が弾き飛ばされ、身体の正面をさらけ出してしまう。


 当然、そこを狙って振り下ろされるシオンの剣。だが、数年間で培った生存への欲求故か、それとも皇族としての責務からか、ヒサヤの肉体は瞬時にそれに反応し、迫り来るシオンに対して重い蹴りを叩き込む。



「ぐぼっ!?」



 思いがけぬ一撃に、後方へと弾き飛ばされたシオンに対し、ヒサヤは体勢を立て直すと続けざまに拳をふるい、シオンを次に次に殴打していく。


 次第に体勢を立て直しつつあるシオンであったが、それを許すことなく跳躍したヒサヤはそのままに身体を回転させつつ、シオンの顔面に蹴りを叩き込む。


 身体を不自然に捩らせながら吹き飛ばされるシオン。だが、これぐらいで死ぬようなたまではない。


 常人であれば、等に命を散らしているようなダメージを受けても直、受け身をとってヒサヤを睨むシオンに、ヒサヤは先ほど弾き飛ばされた剣が自然落下してくるのを受け取ると、再びシオンに対して剣を突き付ける。



 両者の戦いは、まだまだ始まったばかりであった。




◇◆◇◆◇



 ミオの身体からは、確実に生気が消えつつあった。


 サキは不慣れな回復法術を彼女に施しつつも、そんな現状を顔に出さぬよう必死に務めている。


 この期に及んでも直、ミオの目から生気は消えておらず、せめて最後ぐらい。と口にしたヒサヤ様の言を叶えるべくこの場に残っている。


 当然、傍らにある女神の檻……。“本物”のミナギが囚われている傍らから離れることはない。


 サキとしては、自分よりも優れた法術を使役できるアドリエル達の元へと向かいたかったのだが、口に出すことの無意味さは彼女もまた理解している。


 子どもながらに、ミオが抱えていた闇や悲しさは分かっていたし、サキ自身も自分の母親を否定し続けたことへの後ろめたさから、ミオの思いをなんとしても叶えてあげたいという気持ちが強かったのだ。



「ミオさん。殿下達はもうすぐ戻って来ますから」



 ただ、どうしても口に出さねばやりきれないという思いもある。


 サキ自身、ミオを、そして、自分を奮い立たせねばやりきれなかったのだ。別れの時以来、忘れる事の無かった友人は、今も目の前にて想像を絶する苦しみを味あわされ、もう一人は囚われの身になっている。


 そして、そんな友人を愛して止まなかった母親は、彼女を目の前にして死の縁にあるのだ。


 自分自身、幸福とは縁のない日々を過ごしていたのだが、目の前の母娘の不幸を考えると、やりきれない思いは強くなる一方であったのだ。



「大丈夫よ。それより、サキさん……今更だけど、ありがとうね」


「何がですか?」


「この子の……そして、あの子の友人でいてくれて」



 そんなサキの言に、ミオは力無く微笑みながらそれに応え、そんな言葉を口にする。


 ミオにとって、ミナギは自分の咎によって不幸にしてしまったという思いが強い。

 先ほどミナギの口から語られた事実は、さすがに荒唐無稽と思っているが、それでも自身の咎によってミナギが不幸になっていたという事実は代え難いことでもある。


 だが、見落としては、自分達を気遣うあまり、眼前の少女までもが不幸になりかねないことの方が辛いと言うことも事実であったのだ。


 少なくとも、皇太子の身を守るために一人の少女に身体を差し出させるような結果を生んでしまった責任が、ミオをはじめとする大人たちにはある。


 そして、ミオ自身、自分がそのことに報いる事はもうできないのだと言う事を悟っていた。


 だからこそ、娘のミナギの年来の友に対して、せめてもの感謝を口にする以外には無かったのだ。



「私が不幸にしてしまったこの子だったけど……、貴方たちがいてくれたおかげで、このこは救われた。感謝しても足りないくらいだわ」



 そう言って、力無く笑うミオ。


 そんな彼女の姿は、神衛総帥代行としての女性ではなく、一人の母親としてのそれであり、口調もまた、それまでの凛とした女傑のものから、一人の女性のそれへと変わっていることに、サキは気づいていた。



 つまりそれは、ミオがすでに自身の役目の終わりと自覚しているという事実がそこに存在することを意味しているのであった。






 そして、そんな両者が、背後にある囚われの少女の目に光が灯りはじめていることに気づくのは難しかったのであった……。

あと数話で完結となります、出来れば最後までお付きあいいただけると幸いです。

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