とある正規兵のおはなし
戦車についていくのは正解か。
素人はマルをつける。ちょっと知識のある連中はバツをつける。では、傭兵は?
「知るか」
「ええ……教えてくれてもいいじゃないですか」
新兵が教本を片手に訊いてきたので返した。教本と言っても、基礎中の基礎が書かれた実に微妙な内容で、俺たち現役傭兵が読んでも「へぇ、そうだったのか。だが俺には関係ない」という内容が丁寧に記されている。
「いやいや、それが正解なんだよ。戦車についていくのが正しい時もあれば、近寄っちゃいけない時もあるからねー」
相棒がやさしく解説してくれる。俺にはどうにも教えるということには向かないようで、俺が何かして、それに関して相棒が講釈を垂れるのが最近の座学……座学のようなものだ。「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」という格言があるようだが、俺と相棒で綺麗に分担ができている。
相棒の行動はあまり参考にならない。天才肌であり、普通の人間がおいそれと真似できるものではない。絵描きがホイホイと絵を描いて「ね、簡単でしょう?」と言うようなものだ。だが、知識は豊富でわかりやすく説明してくれる。褒めるのも相棒の仕事になっている。相棒が頭で、俺が躯という分担である。それがわかっているだろうに、なぜ俺に訊くのだろうか。
「降下5分前。いいか傭兵、ここまでは文句は言わんかったが、下でそんな緩みきった面をするんじゃないぞ!」
若い、いや、幼いと言ったほうがいい正規兵が実に威張りくさって文句を言う。階級を見れば少尉。なるほど、道理で誰も止めないわけだ。並ぶ正規兵の皆様方を見れば、ニヤニヤと意地の悪い顔をしている。
「わかりましたよ少尉殿。せいぜい足を引っ張らないよう奮励努力いたしますとも」
時折、正規兵の部隊に数合わせで組み込まれる。文字通り正規兵に雇われるわけだ。正規軍はなかなかに美食家で、過去のリザルト統計や傾向から「自分の部隊についてこれるか」「自分の方針に沿っているか」「自分の命令に従うか」などを判断して雇い入れる。そもそもリザルトが一定以上なければ選考に上がることすらないので、俺達はこの面倒なシステムに引っかからないよう頑張ってやりくりしていたのだが、ついに白羽の矢が立ってしまった。知り合いの軍人の、直接指名で、だ。光栄すぎてヘドが出る。しかもそいつが指揮する部隊でなく、縁者か弟子か、とにかくご本人様ではない。
やる気は当然地の底を這う。役立たずでいると報酬は期待できず、活躍すれば次回も選ばれる。
「大惨事だな」
「見事に全滅だねー」
新兵は脱落しはるか後方で身動きがとれず、正規兵の過半は死ぬか新兵と同じ場所で足止めを食らっている。本来の作戦では敵の真後ろに降下して強襲、その先で友軍を支援するはずだったのが、何故か敵が後ろを向いていた。つまり敵の真正面に降りてしまったわけだ。
「少尉殿。どうしますかね」
「え? ああ、そうだな……」
想定外の事態に呆けた少尉殿を引きずってここまで来たが、ビル群に逃げ込みある程度安全になったからとしっかりとお気を抜きになられている。ふらふらと窓辺に向かうので蹴り倒して部屋の奥まで引きずり戻す。
「なにをすっ」
「黙ってろ、こちとらあんたと心中する気はないんだ」
叫ぼうとする口をふさぐ。音、熱、動体、多種多様様々な変異を敵のセンサは見逃さない。窓辺に立って狙撃されるならまだいい方で、最悪は野砲の雨や爆撃を食らう。
「大丈夫、外に敵はいないよ」
ちょっと高価な観測機器を、少し離れた場所に設置してある。偽装はしてあるが、見つかるときは見つかる。しかし少なくとも、より見つかりにくい場所でコソコソとしている俺達が先に撃たれる可能性は低い。正規軍はこの近辺にちゃんと潜伏しており、警戒はしているはずだ。
「クソ、周囲に敵はいない。幸い、はぐれた部隊に集中してくれている。我々はこのまま予定地点まで進み、友軍の支援を行う」
ナノマシンによる量子通信で、情報共有は一瞬で終わる。ナノマシンの性能やアプリケーション次第では、頭の中に仮想司令部を作ることだって可能だ。
「見落としはないか、少尉殿?」
「あァ?」
「部下の皆様方にちょっと話を聞いてみてはいかがかな?」
できるだけ嫌味ったらしく、神経を逆なでするように言ってみる。
「……支援用機材と、砲兵隊があっちの部隊にいる。クソが、なぜ報告しない!?」
驚いた。怒って強行すると思ったら素直に従った。
「我々をA中隊、はぐれた部隊をB中隊とする。包囲されたB中隊を救出する。B中隊が全滅した場合は野砲だけでも回収する。わかったな!?」
「了解」
「了解です」
実にまずい。稼ぎを無視してでも無能を演じる必要があるかもしれない。新兵を抱えているので、出費が以前よりでかいから最後の手段にしたかったのだが。
包囲と奇襲、そして相手のケツを狙う。ここまでされて無事な部隊があれば、それは統率されたバーサーカーとか、サイボーグの群れだ。敵も正規兵と傭兵の混成部隊のようだったが、A中隊の追撃をしなかったのが運の尽き。いや、追撃しようにも兵力が足りずにできなかったようだ。なるほど降下時にこっちを向いていたのは、想定よりも少数ゆえの機動性だったということだ。全部隊で中央突撃されるとは思っていなかったか、あるいは砲兵だけでも進ませたくなかったか。
憶測はいくらでもできる。重要なのは敵を潰走させることに成功し、B中隊の救助に成功したことだ。
「新兵、よく無事だったな」
「狙撃して、逃げて、どうにか耐えてたんですけど……」
「いやぁ、包囲されて無事だったんだから偉いよー」
撃っては移動する、を繰り返していたようだが、何発か被弾している。アドレナリンで麻痺しているようで、あまり痛そうではない。
「傭兵! 移動するぞ! トロトロするな!」
MINIMIで弾をとにかくバラ撒いていた少尉殿が叫ぶ。数合わせの余計者から、完全に戦力としてカウントされてしまった。
「おーい、傭兵ー。戦死した連中のPLTDを持ってってくれー」
少尉殿の部下にも目をつけられたようだ。
正規兵のうち、重装サイボーグは非常に忙しい。普段は機動性の高い重機として野砲や物資の運搬、戦闘となれば敵に切り込んだり銃火器での支援射撃をしたり、場合により歩兵部隊の盾となったりと、非常に潰しのきく戦力だ。その分維持費と手間は凄まじいもので、出撃のたびに整備はいるわ、任務が長引くなら整備機材付き整備班は随伴しなければならないわ、一回戦死すれば目玉の飛び出るくらいの損失となるわ。当然、税金で働く正規軍でもあまり使いたがらない金食い虫である。歩兵の損失がなく、訓練にかかる費用が安上がりである現代において、一人の歩兵の命ほど安いものはない。ゆえに高価な兵器は温存される。
「……でなぁ、俺はいつか故郷を取り戻したくってなぁ」
「でっかい夢だねー」
そんな重装サイボーグと意気投合して、惹かれる野砲に乗って楽をしている相棒。指揮官たる少尉殿も同乗しているが、馴れ合うものかという頑なな気概が感じられ、必要なことだけしか口を開かなくなった。
態度に問題はあれど、無能ではない。恐らくは新米少尉なのだろうが、ベテランの士官下士官からも嘲るような視線はなくなり始めた。七光かコネで得た立場、と思われていたのかもしれない。俺には無関係だが。無関係でありたいが。
訓練された正規兵に囲まれ、いつもより行軍中の警戒を緩められる。余裕があると、人というものは余計なことを考えるものだ。
無事に目標地点にたどり着き、PLTD持ちの歩兵が更に先に展開して、野砲の弾を誘導する。ドカンドカンと精密に降ってくる砲弾の前に敵はなすすべもなく文字通り散り、その後野砲の射程に敵は現れることなく、この契約が終わるまではずっと暇だった。
こういう時ばかり作戦がうまくいくのは何故だろう。
「傭兵」
帰路。正規軍部隊は装備の返却や整備で最寄りの基地へ、少尉殿は報告やらで単身福岡へ、俺達はついでにと少尉殿のハインドに同乗させてもらっている。相棒と新兵はどうやったらそんなに幸せそうに眠れるのか判らないくらい安らかに眠っている。
「なんでしょう」
「畏まらなくていい。ここには部下もいない」
今までの態度から一変、非常に不気味だ。
「今回の件は……私が望んであなたを部隊に組み込んだ。一度、あなたに会ってみたかった」
「はぁ」
こいつもプロパガンダを信じたクチだったのか。げんなりとする。
「ここまで長かった。どんなに最低な人間なんだろうかとずっと考えていた」
「は?」
どうも違うようだ。さすがに人間性を疑われるような宣伝をされたことはなかったはずだ。
「…………」
「…………」
次の言葉を待つが、少尉殿は何も言わない。俺を見て、口を開き、目を逸らし、を繰り返す。
「福岡空港まで20マイル。着陸に備えてください」
パイロットが大声で告げる。時間切れだ。
「……福岡で別れたら、もう二度と会うことはない。少なくとも、私があなたを選ぶことはない」
「そいつはありがたい限りだな」
「そろそろ空港だ。二人を起こせ」
ヘリを降りてすぐ、少尉殿は迎えに来ていた車でさっさとどこかへ行ってしまった。
俺達は割のいい仕事を終え、博多か天神で美味いものを食いに行く。そのはずだったが、俺は気が向かずにそのまま宿へ向かった。
常温のハートランドを空きっ腹に流し込んで寝る。悩んだってどうしようもない。
PLTD:携帯型レーザー目標指示装置