花嫁様のご不満
本編は以前にも投稿させていただいた事がありますが、この話は初投稿になります。終了後の番外編です。
真剣な顔で先程から睨むように見つめてくるエミネーラ。その視線に耐えきれなくなったイリヤは恐る恐る口を開いた。
「あ、あの、エミさん? 何か、お、怒ってる?」
「ん? んん……怒っているというか」
「えと、な、何でも言って? 駄目な所があったら直」
「君は私を本当に好きなんだろうか」
イリヤの言葉を遮って発せられた衝撃的な発言に、空気が一瞬で凍り付く。しばし茫然としていたイリヤはハッと我に返って椅子から立ち上がった。
「な、なな、何言って……」
「だって君、私達は一応男女の付き合いをしているというのに、何もないじゃないか」
不満そうな声が静かな部屋の中に嵐を呼び込む。詳しく聞かなくともエミネーラが何の事を言っているかなんて、鈍いイリヤにもわかった。
何もない。エミネーラが想いを告げ、それにイリヤも応えた日から始まった「恋人生活」。けれどそれらしい雰囲気もないままにダラダラと一緒にいるだけの日々が続き、さすがにエミネーラもじれったくなったのだろう。
「あ、あの、それは」
「不安になるんだ。君が私に触れてくれないのは……やっぱり色気が足りないからか?」
「や、やっぱりって」
「姉様達がそう言うから。私はこんな言葉遣いだし、体型も……その、貧相だし。なあ、やっぱりそうなのか? 直した方がいい? 体型は難しいけど、とりあえず口調と態度は努力するし」
「あえええあああ」
落ち込み暴走を始めようとするエミネーラに、イリヤは慌てて頭を振る。
「エミさんはそのままでいいよ。か、可愛い、よ。そのままが、いい」
「そ、そうかな? でも……」
「だ、だって恥ずかしい、し」
もごもごと口の中で消えていく言葉。表情を曇らせたままのエミネーラを前にして、イリヤはグッと息を詰まらせる。今彼女にこんな顔をさせているのは自分なのだと思うと、堪らなく切ない。
「ぼ、僕の人生にエミさんを巻き込むの、やっぱりまだ怖いっていうか、エミさんをすっ、すす好きなのは本当に本当だけど、でも、あの……ご、ごめん、上手く言えなくて」
つくづく情けない男だと、イリヤは自己嫌悪に陥る。好きな人が不安がっているなら、きっと抱き締めてやるのが正解なのかもしれない。けれど嘘はどうしてもつけなくて、自らの情けなさに項垂れる。
「あの、ご、ごめん」
「……いや、いいんだ」
「……エミさん?」
そっと顔を上げると、穏やかに微笑むエミネーラと目が合った。
「そうだよね。君はずっとひとりで辛い思いをしてきたものね。うん、ありがとう。嘘つかないでくれて」
ああどうして。今無性に彼女を抱き締めたくて堪らないというのに、この臆病な性格が邪魔をする。躊躇させる。
「でも覚えていてほしい。私はいつだって、君に触れてほしいと思ってる事」
ぴくりと動く指先。羞恥心も臆病な心もすべて捨てて、ただ感じるままにエミネーラと接する事が出来たらどんなに幸せだろうと。
ほんの少しでいいから勇気が欲しい。欲しいだなんて他力本願。自分が、出さなければ。ありったけでなけなしの勇気を。
「あ、う、あの」
「ん?」
「……手、握って、も」
一瞬キョトンと目を丸くしたエミネーラは、すぐに嬉しそうに目を細めた。子供みたいに無邪気な笑顔で両手を出すその仕草に、堪らない気持ちは膨らんでいく。
それでも今はこれだけで十分だと、高望みはしないと震える手で細い指先に触れた。少し冷たくて柔らかい指。思いきってギュッと握れば、体温が混ざりあっていく感覚の気持ちよさに心臓が弾んだ。
静寂が妙に緊張感を煽る。これ以上触れていたらわけがわからなくなりそうで怖くなり、握っていた手をフッと緩めた。次の瞬間握っていた手に握り返され、強い力で腕を引かれる。驚く間も抵抗する隙もなく、鼻孔を花の香りが掠めた。
唇に触れた熱はあっという間に離れていき、目の前には頬を赤く染めてペロリと小さく舌を出したエミネーラ。
「隙有りだ、イリヤ」
真っ赤になったイリヤが悲鳴を挙げ、「そういうのは女性の特権じゃないのか」とエミネーラが首を傾げるのを、窓の外で鳥達が眺めていた。