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1話目

 とある国のとあるお姫様達の事。五人姉妹の内長女は隣国の王子様と、次女は貴族の跡取り息子と結婚が決まりました。三女は騎士団の有能な若者と、四女は商家を継いだ青年と、婚約を交わしました。

 そして五女。姉妹の中でも少々変わり者だった彼女は、幸せそうな姉達を見てこう言ったのです。


「おめでとう。じゃあ私は死神くんと結婚してくるよ」


 東の森の奥深くに住居を構えているという死神の噂は、人々の間を飛び交いお姫様達の耳にも届いていました。死期を迎えた者の魂を引き取りに、時折街へとやってくるらしいのです。街の住民は不気味がり、彼を忌み嫌っていました。四人の姉達もぶるっと震え上がって必死に妹を説得しようと試みましたが、五女は頑として言う事を聞きません。

 それどころか、目を輝かせて逆に姉を言いくるめようとします。


「死神だなんて興味深いじゃないか。普通の男性よりも退屈しないで済みそうな人材だもの、必ずゲットして帰ってくるから楽しみに待ってて」


 そんな返事を残して、五女は最低限の着替えだけを持って城を出てしまいました。向かうはもちろん、東の森です。

 未だ見ぬ死神に会える事を心待ちにし、意気揚々と出掛けていきました。


*****


 街で買ったカップケーキを頬張りながら、ひとりの少女が森の中を行く。鬱蒼と生い茂る木々のせいで昼間だというのに辺りは暗く、薄気味悪い事この上ない雰囲気を醸し出していた。

 少女の名はエミネーラ。クリーム色の単色ワンピースで下には踝丈のズボンを穿いているという地味めな出で立ちだが、れっきとした姫君である。長い髪は低い位置で二つに束ね、彼女が歩く度にサラサラ揺れた。

 森の奥に住むという死神を探して歩いているのだが、地図もなく場所の見当さえもついていない。とりあえず真っ直ぐ歩いていけば何処かには着くだろうと楽観的に考えていた。


「ふう、さすがに疲れたかな」


 昼を過ぎたくらいだろうか? 太陽が見えないのでわからないが、朝からずっと歩き通しでエミネーラは足が棒のようになっていた。一旦立ち止まり腿からふくらはぎにかけて揉んでみると、むくんでパンパンだった。


「……うーん、この状態で会うのはやめた方がいいかな……。足が太い女の子を好きだと良いんだけど」


 その前にそもそも辿り着けるかどうかを心配した方がいいだろう。しっかり者の姉達がこの場にいたら口を揃えてツッこんだに違いない。

 幸せそうに笑っていた姉達を思い出し、エミネーラも自然と笑顔になる。


「……よし、私も私の幸せを探して行こうか」


 カップケーキの最後の一口を飲み込むと、エミネーラは腕を振り回しながら再び森の奥へと歩いていった。


*****


 どれくらい歩いただろうか。少し前から森の中は闇が深くなり始め、太陽が沈んだのだとわかった。明かりになるものなどエミネーラは持っていない。月の光も届かないこの場所では、不用意に歩くのは危険だった。

 手探りでそろりそろりと歩を進めてみたが、ほどなくして剥き出しになった木の根に足をとられて顔面から倒れ込む事態に陥った。擦りむいた鼻の頭がひりひり痛む。


「ちぇ。……朝までおとなしくしとくか……」


 根を伝って木の幹までたどり着き、背を預けて座る。なにもかもが闇に飲み込まれて、目には黒の世界しか映らない。少しくらい月明かりが木々の隙間から漏れていてもいいだろうに、この森はそれすら拒む漆黒の森だった。

 視覚が奪われていると、他の感覚が鋭くなる。昼間はたいして気にならなかった葉の揺れる音が、今はいちいち耳に痛い。遠くで水の流れる音もする。

 エミネーラは膝を抱えてじっと朝が来るのを待った。


「……退屈だな」


 ぼやきながらひたすら闇を眺めている内に、段々とまどろみの誘惑が襲ってくる。重くなる瞼に逆らえず、エミネーラは膝を抱えたまま眠りの世界へと旅立っていった。


*****


 匂いがする。湿った土の匂い。それから、生暖かく臭い何かの匂い。

 エミネーラはそっと目を開けた。眠る前と変わらぬ真っ黒な空間がどこまでも広がっていたが、先程までとは何かが違う。


「……?」


 気配だ。何かの気配をすぐそばに感じた。微かに息遣いも聞こえる。

 ぼーっとした頭で状況を考え始めた時、エミネーラの頬を濡れた柔らかい物が撫でた。直感的にそれは舌だと悟る。途端、寝ぼけていたエミネーラは覚醒した。


「うわっ!」


 素早く立ち上がり、その場から逃れる。今まで自分が座っていた辺りから、低い唸り声が聞こえてきた。それが何なのかを確かめている暇はない。エミネーラは何も見えない森の中を走って逃げ始めた。

 草に足が絡まり転倒、木にぶつかって尻餅、肌が剥き出しの部分は葉や枝先で恐らく細かい傷がたくさんついてしまっているだろう。それでも、得体の知れない生き物に追い付かれるよりはマシだと息を切らして走り続ける。


「はあっ、はあっ」


 ふと、視界の端に白いものが見えた。最初は夜が明けてきたのかと思ったが、そうではないようだ。

 ぽつんと見える白いもの。それが明かりだと気付くのに、それほど時間はかからなかった。何も考えずに、明かりの方へと懸命に走る。段々近付いていくと明かりに照らされて周辺が見えてきた。

 家だ。屋根も壁も木で出来ていて、こじんまりとした小屋のような建物だった。屋根から飛び出した煙突は煙を噴いている。


「すみません、誰かいませんか!」


 玄関の扉を拳で何度も叩く。生き物の鳴き声などは聞こえないし姿も辺りには見えないが、まだ近くに潜んでいるかもしれない。襲われて喰われる事になるのはまっぴらごめんだった。

 それにしても誰も出てこない。寝ているにしてもこれだけ騒げば起きそうなものだが、もしかすると面倒事が嫌で無視を決め込んでいるのかもしれない。


「う、うう、世の中には冷たい人間がいるものだ……」


 エミネーラは肩を落として扉から手を離した。かといって、これからどうすればいいのか具体的な考えがあるわけでもない。とりあえず迷惑を承知で朝までこの家の壁に寄り添って過ごそうかと体を方向転換させる。その瞬間、扉が外側に開け放たれた。


「いだっ!」


 扉アタックを喰らってエミネーラはぶざまに地面を転がる。痛みに俯せのまま動けないでいると、頭上から弱々しい声が降ってきた。


「あ……ご、ごめん……」


 小さくか細い声だけれど、それは男性の声だった。エミネーラは顔だけを上げて、声の主に目を向ける。

 相手とは目が合わなかった。というか、目が見えない。うねるようなくせっ毛に阻まれて、顔の上半分が隠れてしまっていた。パッと見凄く胡散臭い。

 歳はエミネーラと同じくらいに思えた。顔があまり見えないので雰囲気でしかわからないが。青年よりも少年といった印象なので多分間違いはないだろう。

 少年はキョロキョロと顔を左右に振った後、おっかなびっくりといった様子でエミネーラに手を差し延べてきた。


「……ありがたいけれど、私今泥だらけだし。君の手が汚れてしまうよ」

「え? あ、えと、べ、別に気にしない、よ」


 手を引っ込めようとしない少年を一瞥し、エミネーラは俯いて自らの手を重ねた。見た目からは想像出来ない、存外に強い力で引っ張られてエミネーラは驚く。


「あ、あの、どうぞ……」


 わたわたとジェスチャーを意味もなく繰り返して少年は家の中に入れと促してくる。先程まで何の反応もなかったのにどういう風のふきまわしだろうと訝しんでいると、少年がその疑問に偶然にも答えてくれた。


「ご、ごめんね、お風呂入ってて……。今行くからって何度か言ったんだけど、ぼ、僕声が小さいから……」

「あ、いや、こちらこそ申し訳ない。こんな夜分に突然押しかけてしまって」


 つまり、少年の声は扉を叩く音で掻き消されていたというわけだ。よく見れば少年の頬はほんのり赤いし、髪も少し濡れている。風呂に入っていたというのは嘘ではないらしい。

 本来なら相手が男性という時点で警戒すべきだが、目の前にいるのはおどおどした気弱そうな少年。加えてエミネーラは自分が姉達のような華やかさを持った外見ではない事を自覚している。何もされないだろうと確信して少年に促されるままに家の中へと足を踏み入れた。


「……うわ」


 一歩入って自分の体を見下ろすと、思っていた以上に土で汚れていた。顔もきっと物凄い事になっているだろう。

 どうしようかと固まっているエミネーラを見て少年も事情を察したらしく、扉を閉めた後またジェスチャー混じりに奥の扉を指差した。


「あ、あの、お、お風呂、使って。あっち……」


 願ってもない話だと喜びかけた瞬間、エミネーラは顔を朱に染めて両手を頬に当てた。今さっき、少年が入っていたばかりだと教えられたではないか。

 少年とはいえ男性が入った後の風呂を使わせてもらうのはエミネーラも恥ずかしさを感じる。


「や、あの、君がさっきまで入っていたんだろう?」


 どぎまぎしながらそう言うと少年も気付いたようで、エミネーラ以上に頬を真っ赤にしてあわてふためく。


「あ、ああ、そそそそうか、ご、ごめん。い、今洗ってお湯替えてくるから」

「え。いいいいや、そんな、そんな申し訳ない! わ、私は大丈夫だから、その、転がり込んだ身で君の手を煩わせるわけには。風呂を使わせてもらえるだけでありがたいのに、我が儘を言うつもりはないから」


 真っ赤な顔でそう早口で言うと、「お言葉に甘える」と小走りで風呂へと続く扉へ移動して滑り込むように中へと入った。長く息をつき、跳ねる心臓を落ち着かせようと胸を押さえる。


「こ、これくらいで焦ってたら結婚なんか出来ないよな。馬鹿か私……」


 小さく呟き、ふと自分の目的を思い出す。この森に住む死神と結婚をするためにエミネーラは城を出たのだ。

 誰もが気味悪がって滅多に入らないこの森に住む死神と。


「……あれ? て事はさっきの人が死神くん……?」


 こんな場所に住み着く変わり者が二人もいるとは考えにくい。ならばあの少年こそが自分の探していた死神なのではとエミネーラは今更思い至る。


「そうか、そうだよな、私死神くんに会え……くしゅん!」


 感極まった直後くしゃみをして体を震わせた。


「……とりあえず、風呂に入ろう」

「あ、あの」


 服を脱ごうとして扉の外から話し掛けられ、再びエミネーラは赤面する。


「なっ、なにか!?」

「き、着替え……ご、ごめん、女の子が着るようなもの無くて……」

「い、いや、そんな……あ!!」


 何かを忘れているような気がしていたが、エミネーラは着替えが入った袋を持っていたはずだ。今は無い。眠ってしまう前までは手にしていた記憶がある。恐らくあの生き物に驚いて逃げ出した時に置いてきてしまったのだ。

 急に大声を上げたエミネーラに少年は向こう側で戸惑っている。個人的な事を彼に話しても仕方ないとエミネーラは肩を落とし、扉を開けた。


「な、何でもない。ありがとう」

「う、うん?」


 とにもかくにも今は体を洗い流して気持ちを落ち着かせるべきだと、エミネーラは着替えを受け取り扉を閉めて頬を叩いた。叩いた衝撃でぱらぱらと床に土が落ちるのを見てやるせない気持ちになる。思わず漏れた「うああああー」という声にまた少年が戸惑うという喜劇のような展開を繰り広げた後、なんとかエミネーラは風呂に入って体中の汚れを洗い落とした。

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