契約精霊って?
「さて、それじゃあ帰ろうか」
「帰るってどこに?」
フレイの突然の発言に聞き返す。
「お前の家に決まってるだろう」
フレイは俺の方を指さしながら答える。
「いやいやいやいや。どうしてそうなるんだ?」
「どうしてって、それは私がお前の契約精霊になったからだろう」
「ちょっと待ってくれ。契約精霊っていうのはそもそも何なんだ?」
「なんだ、お前はそんなことも知らずに私と契約したのか。仕方ないな、今から説明してやるから良く聞けよ。二度は言わないからな」
フレイはそう言うと説明を始める。
「まず契約精霊の位置づけについて説明しよう。精霊っていうのは流石に知っているだろう?」
「聞いたことくらいは」
「まあ簡単にいえば精霊は超高純度の魔法的生物だ。作りで言えば契約召喚獣とお前らが呼んでいるものと変わらない。ただし魔力純度は比べ物にならない。契約召喚獣は術者の魔力からできているが精霊は世界そのものに溢れている魔力の根源から出来ているからな。人間が使役するためのものが召喚獣であり、世界がその秩序を守るために使役するためのものが精霊だ」
「世界が?」
「そうだ。と言っても世界に自我はない。ただ今ある形を維持しようとするシステムのようなものだ。そのシステムのためのインターフェースとでも呼ぶべきものが精霊だ。そしてその中には契約精霊と呼ばれるものがある。それが私のような精霊だ。契約精霊はそれ以外の精霊には劣る存在だ。なぜならそれらの精霊から生み出された魔力の欠片が契約精霊だからだ。精霊は基本的に世界の危機が訪れない限りは秩序を保つために働いたりはしない。自由気ままな精霊が多いからな。だから自身の魔力の欠片から契約精霊を作り人間に預けるんだ。人間は精霊が何も言わなくても世界の秩序を守ろうとするからな」
「えっと、つまりは精霊と人間の利害関係から生まれたのが契約精霊ということ?」
「そういうことになるな。そして人間と契約精霊の契約には二つの触媒が必要となる」
「二つ?」
「そう、二つだ。一つはその精霊が契約するまでの寄り代だ」
おそらくはあの本のことだろう。
「そしてもう一つは術者の魂だ」
魂。確かに詠唱の中にはそういう単語も入っていた。
「魂ってどういう事なんだ?俺の体に異変はないんだが」
「お前の体には異変は起きないさ。ただお前の魂は常に私と繋がっているようになっただけだ。変わったことといえば一つだけだ。お前の魂は私と共有されるようになったんだ。つまり私が死ねばお前も死ぬしお前が死ねば私も死ぬ、完全な運命共同体だ。だからこれからは常の近くにいてもらう。私の預かり知らぬところで死なれては困るからな」
術者が死ねば契約召喚獣が消えるのは当たり前だが契約精霊の場合その逆もあるということらしい。俄かに信じられないようなことばかりだが俺には否定する材料など一つもなかった。
「ということでこれからはおまえの家で寝泊りすることになるからよろしく頼むぞ」
「・・・わかったよ」
一瞬迷ったが幸い我が家にはたくさんの空室がある。別々の部屋でなら初対面の異性とでも共同生活をすることも問題ないだろう。
「では今度こそ帰るぞ、紫縁」
「あれ、いつの間に名前を?」
「契約の時の詠唱で自分の名前を詠むところがあっただろう」
「ああ、なるほどね。でも少し待って。さっき襲われてた生徒の方も気になるから」
俺はそう言うと急いで先ほどの場所へ向かう。たった今まで失念していたが彼の契約召喚獣はかなり危険な状態になっているはずだ。
戻ると先ほどの生徒がハリネズミを抱きかかえうずくまっていた。ハリネズミを魔力に還元していないところを見ると核が崩壊しかけていて実体を保っていなければ霧散してしまう状態なのだろう。
「おい、大丈夫か?」
尋ねると生徒は黙って首を横に振った。見たところ生徒には身体的な傷は無いようだった。このままじゃ自分の契約召喚獣が死んでしまうと思い途方にくれているのだろう。残念だが俺にできることはない。
「ふむ、少し見せてみろ」
あとから来たフレイはハリネズミを生徒から抱き上げると魔力を注ぎ始める。その魔力は人間のものとは違うものだった。おそらく精霊の力なのだろう。光がハリネズミを包むとその傷を治していく。そしてしばらくするとハリネズミは魔力に変わりフレイの中に入っていった。
「な、何をするんだ!?返せよ!」
生徒は狼狽してフレイに掴みかかる。誰だって自分の契約召喚獣を魔力にされて他人の中に入れられたらこうなるだろう。
「安心しろ、あの子は無事だ。ただ核の欠損がひどすぎるからな。私の魔力の中で一時的に預からせてもらうぞ。なに、一週間もすれば元気になるさ」
「ど、どうしていきなり現れたおまえの言葉が信用できると思うんだよ!」
「信じられないというなら今すぐ返してやってもいいが・・・」
少し間を空けてフレイは真剣な声で言う。
「高確率でお前の契約召喚獣は死ぬぞ?私の魔力は人間の魔力より遥かに高濃度だからこの子の命も繋ぎとめられるし治療もできる。しかしただの人間の魔力だとおそらくこの子は・・・」
生徒は少し間を開けると暗い声で言う。
「もし返ってこなかったらお前を一生恨むからな」
「安心しろ。必ず救ってみせるさ。わかったら帰ったほうがいい。今日はもう遅いし今のお前には自分を守ってくれる契約召喚獣がいないんだ」
生徒は頷くとすぐに去っていった。もしかしたら泣きそうだったのかもしれない。
「あ、名前・・・」
俺は聞き忘れたと少し後悔した。名前がわからないとフレイの言うとおりに治療が終わっても返しに行けないと思ったからだ。しかし少し考えれば向こうは俺のことを知ってるはずだ。なんと言っても学年1の落ちこぼれなのだ。知名度はそれなりである。
「って全然嬉しくねぇ」
「どうかしたのか?」
「いや、なんでもないよ」
「ならいいが。それじゃあ私たちも今度こそ帰ろうか」
俺はフレイに頷き二人で帰路についた。