これまでのことと新学期
空気を裂きながら何度も何度も木刀が振り下ろす。
「198、199、200!」
200回の素振りを終えた俺はそのまま地面に座り込んだ。今日は些か集中し過ぎたようだ。200回の素振りなど大したことはないと思うかもしれない。しかし深く集中しその一振り一振りに全力であればその限りではないのだ。俺は立ち上がると木刀を玄関に立てかけ家の中に入る。家の中には誰もいなかった。当たり前だ。母を物心つく頃には出て行っていたし父は数年前に他界した。
そして去年、高校に上がるという時に俺は自分のルーツを知ることになった。
去年の2月。私立高校の入試を翌日に控えた日の夜。俺宛の、一通の手紙が我が家に届いた。
「更間 紫縁 殿
貴殿の日本国立魔法学園への入学を認める。」
手紙に書かれていた文章はそれだけでその下には赤いインクで魔法陣の様なものが印されていた。随分手の込んだイタズラだなと思い手紙をリビングのテーブルの上に放り投げて自室に向かう。
「やぁ、久しぶりだね紫縁君」
自室の扉を開けるとそこには叔父に当たる更間 明久が椅子に腰掛けていた。30代も後半に差し掛かっている叔父さんは見た目は10は若く見えるが雰囲気は年相応の落ち着きを持っている。それにしてと相変わらずイケメンな叔父だと思う。
「確かに久しぶりですね、叔父さん。いつの間に来てたんですか?」
「たった今だよ。手紙は受け取ったかい?」
「手紙?ああ、アレは叔父さんのイタズラだったんですか。通りで手の込んだ」
叔父さんは昔からイタズラや人を驚かすのが好きな人だった。
「いや、今回はイタズラじゃない」
「イタズラじゃない?何を言ってるんですか?」
俺は少し笑いながら聞き返す。
「俺たち、更間の家系は昔から続く魔法使いだ。お前の父親は事故死になっているが実際は戦いで命を落としたんだ」
「何を言ってるんですか?それにうちの家系が魔法使いって。叔父さんも魔法使いだっていうんですか?」
「そうだ」
叔父さんは手のひらから火球を出して見せながら肯定した。
「たしかにすごいけど、いつものマジックと何が違うんです?」
「タネも仕掛けもない、と言ったところで信じてもらえないだろうからな。分かりやすく今から透明になってやろう」
そう言うと叔父さんは目を瞑って集中し始める。何をするつもりなのだろうか。
「なっ!?」
驚きのあまり声をあげてしまう。叔父さんの身体は足元から透け始めていた。それからは一瞬のこと。広がるように全身が透明になりどこにいるのかも分からなくなる。
「こっちだよ」
後ろから肩を叩かれ振り返るがそこには誰もいない。しかしすぐに何もなかったところに叔父さんが現れる。
「これでわかっただろう?流石にトリックじゃ説明がつかないようなことだ。まあお前くらいの年じゃ信じられないのも分からなくもないが」
信じられる訳がなかった。しかし目の前で実際にこんな事が起こってしまえば話は別だった。
「分かりました。分かりましたよ。まだ理解は追いついてませんけど、それでもとりあえず信じることにします」
「そうしてもらえると助かるよ。ここに来たのは進学に関する話をするためだ。もう手紙は本物だと信じてもらえただろう?」
「本物だっていうのは分かりましたけど。でも何の試験も受けてない俺がどうしてあの高校に?」
「魔法使いは専門の学校に一度は入らなくてはならないんだ。魔力を制御する訓練を積むためにね。だから何処かの魔法学校から必ず入学許可通知が届くんだ」
「それがさっきの手紙というわけですか」
「そうだ。魔法学校には様々な学科があるわけだが、それについては入学式で説明されるだろうからここでは省く。聞きたいことは?」
聞きたいことは山ほどあった。しかしそのどれもがこれからの生活でわかってくることだと思った。一つを除いては。
「聞きたいことですか?そんなの山ほどありますよ。でも今は一つだけ聞きたいです」
俺は少し間を開けた。
「父さんが死んだ理由を詳しく教えてください」
叔父さんはしばらく黙り込んだ後思い口を開く。
「それについてはお前が自分の身を守れるようになってから話す。だがこれだけは覚えておいて欲しい。お前の身にも危険が迫っているんだ。だから決して油断はするな」
「・・・分かりました」
危険とはなんなのか、どう油断しないようにすればいいのか、聞きたいことは山ほどあったが有無を言わせぬ雰囲気に押されて頷いてしまった。
「俺はこれから行くところがある。入学とかについては追って書類が届くだろうからそれに従うようにしてくれ。それじゃあまた遠くないうちにな」
それだけ言うと叔父さんは逃げるように消えた。
「なんだったんだろうな・・・」
夢だったのかもしれないなと思いながらその日は眠った。
それから1年とちょっとが過ぎ俺は今日から2年生だ。学科は召喚術学科となった。この学科選択は適性から自動的に判断されるものであり、そこに個人の意思が介在することはなかった。そのせいもあってか俺はこの学科に不満を持っている。別に召喚術が嫌だと言うわけではない。そうではなく、ただ単純に俺には召喚の才能がないのだ。今まで丸一年召喚術を学んで来たが未だに成功したことは一度もない。
召喚術で召喚出来るものには3種類ある。一つ目が契約召喚獣。これは召喚者の魔力を元に創られた分身とも言える存在で相棒だ。決して他の人は呼び出したり使役することはできない。二つ目が簡易召喚獣。これは一時的に力を持った召喚獣を召喚する力で呼び出せるものは決まっている。術者の技量によっては世界滅ぼせる規模の召喚獣も呼び出せるらしい。そして三つ目は召喚呪文だ。呪文の術式そのものを呼び出すことができるこの召喚術はどんな規模のどんな種類の呪文でも触媒を使わず、魔力のみで呼び出せる。ある意味では反則的な魔法なのだがこれを自由に使える人はかなり高位の召喚術師だけだ。制限的になら学生でも使える生徒はいるのだが。
これらの3つのうち俺が成功したものは今のところ一つもない。俺とあと一人を除いて全員が相棒たる自分の契約召喚獣を既に持っているにも関わらず俺は契約召喚獣呼び出せていないのだ。おかげで1学年末が毎日補習だったのは良い思い出だ。
そんな訳で俺は召喚学科に在籍することに対して前向きではない。むしろ早々に他の学科へと移動したいと思っている。しかし相当なことがない限り転科を認めてもらうことはないらしい。聞いた話によると転科できた生徒はここ20年間で1人だけらしい。
半ば諦めるように新学期を迎えようと汗を流すためにシャワーを浴び着慣れた制服を着て家を出た。