王様のプロポーズ大作戦*3
「ーー思ったんですが、陛下に足りないのは色気ですね。」
王宮の執務室。
昨日の求婚作戦も失敗に終わって仕事もあまり手がつかず、休憩がてらお茶を飲んでいたイリアは、ふと呟いた侍従の言葉に顔を上げた。
「………………………………は?」
見ると、一緒に休憩していたはずのユリウスが、思案顔をしながら此方を向いている。
「色気ですよ。知りませんか?異性を惹き付ける魅力と申しますかーー」
「ばば馬鹿にするな!そのくらい分かる!」
「そうですか、それは失礼しました。陛下は頭が大分残念な方なので、是非とも説明して差し上げようと、うきうきしてしまいました。」
「そんな事にうきうきするな!ていうかお前いつも俺を馬鹿にしすぎじゃないかっ?」
ばん、と勢い良く立ち上がれば、机の上に積み重なっていた書類がばさばさと床に落ちた。
それを、またこの人は、と呆れながら拾いながら、ユリウスは言葉をつなぐ。
「まあそれは置いといて、とりあえず陛下は顔だけはいいのですから、色気さえ身につければ、フィーナ様もイチコロだと思います。」
結構失礼な事を言われているのだけど、最後の言葉に少年はぴくりと反応した。
「い、イチコロ?本当か?」
「はい。私の言う通りにすれば、陛下も色気ぷんぷん達人の称号を手に入れる事が出来るでしょう。」
「い、色気ぷんぷん達人……!?」
なんて素晴らしい響きなんだ!と目を輝かせる少年に、ユリウスはこっそり少年には見えないところでガッツポーズをした。無表情で。
「お、俺は何をすればいい?」
侍従に遊ばれているとは露知らず、イリアは目をキラキラさせながら青年に顔を向けた。
それを内心にやにやしながら、ユリウスは見た目だけは真面目に考える素振りを見せる。
「そうですね………それではまず…。」
言うなりイリアはユリウスに手をぐいっと引かれた。
えっと驚いているうちに、そばにある長椅子に倒される。
ついでにユリウスが覆い被さってきて、少年は情けないほどに狼狽えた。
「……………っ!?え、えええええ、おい、ユ…ユリウス!?」
「ーーまずはこうです。」
顔をひきつらせていた少年は、自分の顎を持ち上げられて、咄嗟に身を引くが、それに気付いたユリウスに更に追い詰められてしまった。
「わああああ」
「陛下………。」
「ひ、ひいいいっ!?」
いつも無表情の青年が、いつもと違って艶っぽ………いややっぱり無表情だった。
そのままの表情で顔を近づけてくる。
「うわああああああ止めてくれーーー!」
「陛下、愛してます……。」
「ぎゃああああああ」
なんで侍従に愛の告白をされなくちゃいけないんだっ?しかも無表情で!と青ざめていると、顔をぎりぎりまで近づけていたユリウスが、ふと体を離した。
「ふむーーまあこのくらいで良いでしょう。」
「……………………は?」
「色気ですよ、色気。今と同じ事をフィーナ様にすれば、きっと求婚を受けてくださります。ばっちりですね。」
そこまで言われて少年は、今のはまさか色気の出し方を教えてくれていたのかと気が付いた。
「………口で言ってくれれば良かったじゃないか!?ももものすごく気持ち悪かったぞ!」
「実際にした方が身に付くでしょう。それに気持ち悪かったのはお互い様です。」
「…………あ、そ、そっか………。」
そりゃそうだ、と思いながらも気持ち悪いと言われて少ししょぼんとする。
いや、本気で口説かれてもものすごく困るけど。
「まずフィーナ様の瞳をじっくりと見つめながら、体をじわじわと押し倒します。」
「……………えっ?」
「そして名前を愛を込めて何度も呼び、顔を引き寄せ…そうですね、唇でも奪ってしまってもいいかもしれません。…そして、」
「そそそそんなこと出来るわけないだろっ?フィーナをおおお押し倒すなんて、」
「……どこまでヘタレなんですか貴方は。好きな異性に迫ることも出来ないのですか。それでも男ですか?あ、まさか陛下は……?」
「だだだだまれユリウス!」
あまりにもひどい言われようにイリアは長椅子に置いてあるサンヒューダ王国最高級クッションを青年に投げつけようかとした。
けれど、こいつにはきっと簡単によけられてしまうと判断し、クッションを掴むだけに終わる。
「言っときますが陛下。これが出来なければフィーナ様を妃に迎える事なんて……あ、ひとつありますがこれは置いといて、一生無いと思ってください。」
「え、途中何て言ったんだ?」
「気になさらないでください。陛下は色気ぷんぷん達人になることだけを考えれば良いのですよ。」
「そ、そうだな…!でも、俺に出来るのか………?」
「そりゃあ本気を出せば、というか本気を出さなくてもそこら辺の令嬢方はばたばた倒れてますが……。」
顔だけ良いと言ったのは少し、ではなく大きな嘘で、この少年は意中の幼馴染みの少女以外の事には頭の回転もものすごく早く、天然色気も放出しまくりである。
というか今教えたのは色気の出し方でも何でもなく、少年がやったらとっても楽しそうなだけのことなのだけど、それにもまったく気が付く様子がない。
「陛下だってフィーナ様の唇に触れたいと思う事なんか、しょっちゅうあるでしょう。」
「ふ、触れたい………!?そ、そ、そりゃあ、考えたこと無いと言えば嘘になるけど………。」
「ああそこで顔を赤らめるのが信じられません。どこの学生ですか。キスくらいで。」
「しょ、しょうがないだろ!今までそ、そういうのはしたことが無いんだ俺は…!」
「………………………ああ原因が見つかりましたね。何故あんなに選り取りみどりなのに…………え、本当に一度も?」
耳まで真っ赤にさせる少年に、これが本当に前王を失脚させ、みるみるうちに国を建て直した張本人なのかと呆れていた青年は、少年の最後の言葉に眉を寄せた。
いくらなんでもそれは…あんなうじゃうじゃと女性が寄ってたかって来ている身で、いや17歳の男子としてどうなのか。
「当たり前だろっ?おおお俺はフィーナ以外の女性に触れるつもりは無いんだから……!」
「ああもういいです。陛下に聞いた私が悪かったです。我が国の王様はショウジョマンガの主人公だったと新しく手記に加えておきます。……しかし陛下、一人の女性に一途なのも良い事ですが、事実も受け入れてくださいね。」
「……事実?何の事だ。」
「我等が国王が一般国民に足蹴にされたということは、国の一大事だという事です。」
青年の言葉にイリアは、今度こそクッションを投げつけた。
けれどやっぱり、この侍従はあっさりと避けてしまうのだ。
壁にぶつかってぽとりと床に落ちてしまったクッションを眺めた後、イリアはきっ、と青年を睨んだ。
「あっ……足蹴になどされてない!」
「でも実際そうでしょう。これだけ一途に想っていながら、花学者になるからと求婚を断られたのですから。」
「そ、れは……でも、」
青年の言うことには一理ある。
宝石もドレスも花も贈ってもぴくりともなびかないのは、本人はそう思っていなくても、他人から見るとそうなのだろう。
「でもではありません。そして陛下に朗報です。ーー今この城に、続々と陛下のお妃候補が集まりつつあります。」
「…………は?なんだって!?」
「今回の事を聞き付けた令嬢達が、今こそと、妃の座を狙いにやって来ております。」
「……どこから漏れた!」
他人から見るとまるで国王が無下にされていると思われるとしても、それを知るのは本当に数少ないはずだった。
「それは……まあアルノー卿くらいからでしょう。」
「……あのくそジジイ、野放しにしとけば調子に乗りやがって。」
「陛下がさっさとフィーナ様を物にしないのも原因です。令嬢達は、どうされます?」
「今はそんなものに構っている暇なんてない!」
「………ああ、そうでしょうとも。だからこそ、そのくそジジイが何かする前にこの作戦を実行しなければなりません。」
そう言いながらキラリと目を光らせる侍従に、イリアはぎくりとした。
こいつがこんな顔をする時はあんまり良くない事が起きる。
「え…それは、すぐに?」
恐る恐る聞いてみると、気持ち悪いくらいにっこりしながら、とんでもないことを言い放った。
「そりゃそうです。早ければ早い方が良い。そうですね、ーー早速今夜にでもしてもらいましょうか。」