王様のプロポーズ大作戦*2
「ああ、フィーナは喜んでくれるかなあ。」
ガタガタと揺れる馬車の中、イリアは窓の外の街並みを、頬杖をついてにやけながら眺めていた。
昨日宝石やドレスはいらないと言われてしまったけれど、そうだ彼女は花が大好きなのだ。
それならありったけの花束を贈ればいいじゃないかと、少年は美しさで有名なアーランタの花畑に馬を走らせた。
ちなみに昨日フィーナに贈り物が家に入らないと断られたので、今日は荷馬車一台分である。
それでも多いとは思われるが、生き生きと花を摘む王には誰も突っ込めなかった。
「はい、大変喜ばれるかと。…フィーナ様の植物への愛情は尋常ではありませんので。」
淡々とした低い声に斜め前を見れば、侍従である青年が読んでいた書類を畳みながらこちらを見ていた。
またまたちなみに何故か王様と一緒に図々しく馬車に乗っているユリウスだが、それも誰も突っこまない。
「そうか?そうか!?これなら俺からのプロポーズも、きっと受けてくれるよなあ!」
花を贈り、喜び飛び上がって抱きついてくる少女を想像して顔が緩みまくっていたイリアは、頷いてくれると思っていた青年の答えがすぐに返って来ないのに気付いて、首を傾げる。
対する青年は、拳を口元に当てて考えるような体勢をしていた。
「ユリウス?」
「ふむ……大変恐縮ですが、それは肯定しかねます。あの方は植物への愛情が強い余り、陛下への愛情はまったくといっても良いほど無いと見受けられます。」
ーー聞かなければよかった。
「ああ………………お前はいちいち一言多いんだ。」
「申し訳ありません。しかし陛下、これは強ち否定出来ないと思いますが。」
「…………………もう黙っていてくれ、ユリウス。」
「はあ…、陛下から話しかけられましたのに。」
そう言うなり外を眺めだした青年に、イリアは大きなため息を吐き出した。
まったくこいつは、どうして国王である俺に遠慮というものがないんだろう……。
幼い頃からずっと一緒だったというのもあるけれど、他の者達は素直で良い奴らばかりなのに。
どこでこんなにひん曲がってしまったのかと今までを振り返っていると、窓の外を見ていたユリウスが陛下、と呼び掛けてきた。
「何だ、ついたか?」
王宮からフィーナの家へはそれほど遠くはないので、いつも少年は徒歩で歩いて行くのだけれど、今日は贈り物がある為馬車である。
馬車が停まったのを確認してから、ユリウスが扉を開けて先に降りたので、やっぱりついたのかと続いて外へ出る。
少年が降りたのを確認したユリウスが、少女の家の扉の右下にちょこんと置いてある植木ばちを指差した。
「………本日は黄色になっております。」
「なんだと?」
普段、色とりどりの花が咲いている少女の玄関先。
しかし黄色の花に至っては、フィーナが家を留守にしている時なのである。
さすがにいつも家にいるわけでもない少女が、予告なくやって来る少年の為に考えた合図なのだ。
なんとも少女らしいやり方に微笑みながら、こんな時いつも少女が向かう行き先を思い浮かべた。
「ああ、研究所か…………。」
******
サンヒューダ王国の誇りである花学者達の働く花学研究所は、深い深い森の奥にひっそりと建っている。
その場所を探すのに一苦労、そしてその場所に行くまでがとてつもなく苦労を要するのだ。
研究所には泊まれる設備がないので、毎回自宅から通わなければならない。
ちなみに研究自体も、爆発などは日常茶飯事である。
故に花学者の志願者の八割が男性だというとこにも納得がいく。
普通女性はこんな処で働きたくないだろう。
そんな異例である女性が、男性の中でどう見られているかーーどうして今まで考えなったのだろう。
加えて見た目も美しい少女とくると、皆考えることは一緒のはずなのに。
「そういえば視察の時も、男が多かった……。」
言いながら少年は一度だけ入ったことがある研究所内を思い出した。
その時も、女性に比べると圧倒的に男性の数が多かった。
しかし少年は何も焦りもしなかった。
結局イリアは、一番側にいれるこの関係に満足していたのだ。
今のままでまだ大丈夫、少女は全く異性に興味がないから(自分も含めて)と。
ーー実際は全然大丈夫じゃなかったのに。
「イリア!」
自分を呼ぶ声に顔を上げると、研究所からぱたぱたと出てくる愛しい少女が見えた。
国の誇りでもある花学の研究知識の塊であるこの場所は、いくらイリアが国王だからといって気軽に立ち入れる場所ではない。
王の権力を使えば入れない事はないけど、そこまでする気はまったく無かった。
取り次ぎをしてから、研究所の近くでそよそよと風に吹かれる草花たちを眺めながら少女を待っていたイリアは、出てきた少女の格好にぎょっとした。
「わああああ、な、なんだその格好はーー!?」
「えっ?……あ、実はさっきカーリ花薬を爆発させちゃって、」
そう言う少女の格好は、花学者のトレードマークである白衣ではあったけれど、半分以上が焦げて破けていた。
普段は見えてはいけないはずの脚も露になっている。
「スカートも少し破れちゃった。」
えへへと笑う少女に呆然としながら、この綺麗な脚が他の奴らにさらされていたのかと思うと堪らなくなって、イリアは自分のマントを少女に被せた。
「え、いいよいいよ汚れちゃうーー」
「いいから黙って被っ……いや、お願いだから被っててくれ。」
少年の気迫に圧されて、少女は首を傾げた。
何かあまり怒ることが無いこの少年の気にさわる事があっただろうか?
「うん?ありがとう、洗って返すね。」
「ああ…………家に帰るまで絶対脱ぐなよ。」
「…?わかった。」
不思議に思いながらもフィーナが承諾すると、少年ははあああああと盛大なため息をついた。
そしてぽつりを呟く。
「…………怪我は?」
「え?」
「怪我は無かったのか?そんなに服が焦げる程の爆発だったんだろう。」
少年の言わんとする事に気が付いて、フィーナはああと声を漏らす。
「大丈夫だよ。こんなに大きな爆発は初めてでびっくりしたけど、火傷も少しだけだったし、すぐに手当てをしてもらったから。」
ほらここ、と見せてくる少女の腕には、確かに包帯が巻いてあった。
それを見たイリアは、自分の顔が陰るのが分かった。
そして、ずっと口に出来なかったことを、ぽろりと言ってしまった。
「……………なあフィーナ、花学者を諦める事は出来ないのか?…おまえは、女の子なのに。」
少女が驚いたように見返してくる。
イリアが少女の花学者希望をあまり応援出来ていなかったのは、少女に花学者としての素質が見られないからだけではなく、こんな風に、爆発などに巻き込まれることが多いからなのだ。
「……………イリア。」
けれど少女の怒ったような、けれど少し悲しそうな声にはっとした。
駄目だった。この言葉だけは言ってはいけなかったのに。
「ごめん!もう言わない。」
イリアは少女が何故花学者になりたいと執着するかの理由を知っている。
そして男女比のせいで周りから少女が浴びせられてきた言葉たちも。
「フィーナは花学者になるんだもんな。ごめん、今のは気にしないでくれ。」
「……………うん。」
沈んでしまった少女の顔に、あああどうしようと情けなく手は空をさ迷う。
何か言葉をと探すけれど、こういう時は思い浮かばない。
手だけでは足りず今度は視線をきょろきょろと泳がせると、木々の隙間から、こちらから隠れるように停まっている荷馬車が見えた。
あっと声を上げて馬車へ駆け寄ると、花を何本か無造作に鷲掴みして、急いで少女の元へと戻った。
「なに、どうしたのイリア…」
顔を上げた少女の前に花をつきだす。
驚く少女には構わず、イリアはありったけの言葉をはいた。
「俺は、植物を何よりも大事に想っているフィーナが好きだ……!花学者になるなとはもう言わないけど、怪我だけは、あまりしないでほしい、だから…あんな言葉になったけど、ええと結局…俺が言いたいのは、」
あああ自分でも訳が分からなくなった。
いつものどんな相手でも言い負かす達者な口はどこいったと頭を抱えていると、ふと笑う気配がして、少年の手から花を抜かれた。
「…ありがとう。イリアは心配してくれたんだよね。」
見れば少女はいつもの表情に戻っていた。
イリアから受け取った花を愛しそうに嗅いでいる。
「あ、ああ………。」
今ので伝わったのかと、びっくりやらほっとしていると、花を嗅いでいた少女がかっと目を見開いた。
「あーーーーーーーっ!?」
「うわああ、なんだっ?」
「これ、アーランタの花でしょう!?何でこんなところにあるの!?」
「えっ」
よく分かったなと驚くが、とりあえず少女は何か怒っているらしい。
一難去ってまた一難だ。
うううなんで求婚をしようとしている時に。
「そ、それは実は、フィーナのために昨日…」
「イリアが持ってきたの?駄目じゃないこんなに摘んできちゃ!」
「えっ、えっ?」
「あああもったいないー!すっごく希少価値が高いのに!」
き、希少価値とかそんな言葉知ってたのかフィーナ、など失礼なことを考えながら、思っていたものと違う少女の反応に、イリアは慌てふためいた。
「ででも、いつもフィーナも色んな花摘んでるじゃないか…?」
「私(花学者)たちは、研究に必要な分しかとってないよ!必要以上にとったら、絶対だめなの、観賞用でも、少しだけ!」
「あ…………ああ……そっか……、ごめん……。」
「うむ!分かったならいいわ!」
こ、これは失敗だ。
フィーナにばれる前に残りの花は隠さなければと、イリアが回れ右をしようとしたところで、それまで隠れて見ていたらしいユリウスがひょっこりと顔を出した。
「ちなみにフィーナ様、こちらのお花ですがあと荷馬車一台分ございます。」
「なんですって!?」
「うわああユリウス余計なこと言うなよ!」
「しかし陛下、国王とあられる御方が民に隠し事をしてはいけません。」
「そ、それとこれとは」
変な汗だらだらで侍従を見る少年に、ユリウスはぽんと肩を叩いた。
「陛下、どんまい!」
「なんだどんまいって!?おまえがバラしたんだろ!」
「隠していても仕方がないでしょう。フィーナ様に渡さずに、あれをどうするおつもりですか、城にのこのこと持って帰りますか?」
「う……………。」
それもそうだ。あんな沢山の花を持って帰っても虚しいだけである。
ちらりとフィーナに視線をやると、まだ口を尖らせている。
「………フィーナ、貰ってくれないか…?こんなに摘んでしまったのは謝るよ…けど、俺が持っていてもどうしようもないから。」
少年の言葉に少女はむむーと考えるように腕を組んだ。
「………そうね、摘んできちゃったのは仕方ないよね。……わかった!ありがとう、こんなに沢山アーランタの花が手に入ることもないから、研究材料に使わせてもらうね!」
「け、研究材料…………………。」
求婚の贈り物がとてつもなく情けないものに変化した。
しかし少女にとっては素晴らしいものらしく、今まで怒っていたのが嘘のようにほくほくとしている。
い、今ならいけるかと妙な自身がでてしまったイリアは、さくっと言ってしまおうと口を開いた。
「フィーナ、それと結婚してくれないか!」
「それはないわね!お花ありがとう、イリア!」
じゃあねとまた研究所に戻っていく後ろ姿に、少年は立ち尽くした。
さくっと言ったらさくっと突き刺された。
「……………………………ああああ、だんだん自信がなくなってきた。」
「最初からそんなもの無かったでしょう。フィーナ様相手では。」
落ち込んでいるのにずかずかと突っ込んでくるユリウスを睨むと、にっこりと微笑まれた。
うっと顔をひきつらせる。
これ程気持ち悪い笑顔もそうそう無いだろう。
「それでは城に戻りましょうか。今日のフィーナ様タイムは終了です。」
「うあああ、いや、今日は短くないか……」
「けれど内容たっぷりです。良かったですね、陛下。」
「どこがだ!お前があそこで黙っていればまだ」
「良くはなかったですね。それ依然の問題でした。」
きっぱりと言われれば言い返せない。
「うううう……くそ……。」
「さあうじうじせずに、午後のお仕事頑張って下さい。さっさと帰りますよ。」
ぽんぽんと背中を叩いて、残りの花を研究所に預けたユリウスは、イリアを王宮への帰路につかせるべく、馬車までずるずると引きずっていったのだった。