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町外れの花学者見習い*1


その日この国の王様は、城下の町外れにある、一軒の家にやって来ていた。


「フィーナ、いるか?」


コンコンと木製の扉をたたきながら、家の主の名前を呼ぶ。


今はお昼で、雲ひとつない空に太陽が昇っている。


少年は仕事をほっぽりだして、侍従の目を盗んでやっとのこと城を抜け出して来たのだけど……。


「…フィーナ?」


イリアは首を傾げながら、再び扉をたたいた。


コンコン、コンコン


やっぱり返事がないので、留守だったかと少しがっかりしながら踵を返そうとする。


ガッシャーン


しかし中から何か割れた音が聞こえて、少年は構わず扉を開いた。


「フィーナっ!?」


慌てて中に入ると、続いてまたボッカーンとものすごい爆発音が響く。


「ひゃああ〜」


それと幼馴染みの少女のなさけない声。


これは何かあったんだと少年は、ケムリがもくもくと出てくる隣の部屋に向かった。


「フィーナ!」


青ざめながら部屋に入った少年に、ケムリの中心にいた少女は、えっと顔を上げる。


「あれっ、イリア?来てたの?」


来てたの?じゃないだろ!と能天気な少女に内心怒りながらも、元気そうな声にほっとする。


「どうした?何があった……」


と言いながら、少女の足下に散乱しているガラスの破片や、液体を見て言葉を止めた。


「まさか…実験に失敗してたのか?」


顔をひきつらせながら少女を見ると、えへっと笑いながら立ち上がった。


「ミヨリマの花薬を混ぜてたら…爆発しちゃった。」


ごめんねびっくりした?と言いながら顔についた汚れを手で拭う少女に、少年は深いため息をつく。


「おまえ………、心臓とまるかと思ったのに……。」


きっ、と強く睨んだつもりだったけど、少女は気付かずに早くも片付けを始めていた。


「……………おい。」


「ごめんねえ、イリア。お茶煎れるから、ちょっと待ってて?」


そう言いながら破片を拾おうとする手を、少年はひょいと持ち上げて止める。


「なあに?」


きょとんとする少女の手を離して、今度は少年が破片を拾いだす。


「怪我するだろ、破片は俺が拾うから。」


「えっ?いいよイリア。私がこんなにしちゃったのに。」


再び拾おうとする少女を制してそのまま続ける。


「…このくらいやらせろよ。フィーナはお茶煎れといてくれるか?」


その白い肌に傷でもついたら堪らない。

俺がやりたいんだからやらせろと、言葉には出来ないので目で伝える……少女に伝わりはしないけど。


「うん、分かった!ありがとう。じゃあ私は、イリアの為にとっておきのお茶煎れてくるから!」


「ああ。」


にっこり微笑む少女に笑い返して、キッチンへ向かう粉まみれの後ろ姿を見送る。



……こいつ絶対花学者向いてないだろ。



そうこっそり心の中で毒づきながら。



***



ここサンヒューダ王国では、他国では類を見ない、花学者(かがくしゃ)という職業があった。


その名の通り、花の学者。

植物による薬の研究から、色素、香りの調合、さらには新種の発見や実験など、やる事は様々である。


特に才能のある花学者達の花薬(かやく)は、万能薬ともなるとも言われ、この職業はサンヒューダ国民の誇りでもあるのだが……。


「あああ〜っ」


ここにも一人、花学者見習いの少女がいた。


フィーナはボワンと立ち上る湯気に眉を下げながら、椅子に座って待っている少年を盗み見た。


「…分かってるよ。どうせ失敗したんだろ。」


少年はテーブルに肘をついて、苦笑しながらこちらを見ていた。


失敗するところもしっかり見られていたらしい。


「…………うえへへ。」


へらっ、と笑ってみせると、少年は優しい眼差しを向けてくれる。


「いいよ。フィーナが煎れたものなら何でも飲むから。」


さらりと甘いことを言われたのだけど、少女は気にもとめずに不気味な湯気が出るお茶をカップにつぐ。


「いつもごめんねえ……。」


この今ものすごくのんびりしている幼馴染みの少年は、なんとこの国の王様だ。


彼は若いながらも、前王によって崩れ堕ちていた政権を立て直した、国民期待の素晴らしい王なのだけれど…。


何故真っ昼間からこんな平民のフィーナの家にいるのかとか、仕事はどうしたんだとか、幼い頃からこの状況に慣れてしまっている少女には分からない。


少年はいつもふらりとお城を脱け出してきては、こんな風にくつろいでいく。


本当はこんな事している暇なんて無いはずだ。

しかもこんな臭いお茶なのかも分からないものを飲むなんて。


「はい。チィムムのハーブティー……になるはずだったもの、だよ。」


「うん。ありがとう。」


しかもいつも少年は少女にすっごく優しい。

さっきだって少女が爆発させたものを、変わって片付けてくれた。


どうしてこんな自分を気にかけてくれるのか。


それは少年が自分を溺愛しているからなど塵にも思わずに、フィーナは不思議な色の湯気が出ているお茶を飲む少年の向かいに座った。


「……………イリア。」


「ん?うまいよ。」


「え、本当っ?」


ぱっと嬉しそうな表情になった少女にふわりと笑いながら、少年は残りのお茶も飲み干す。


この少女がお茶を爆発させることなんて、日常茶飯事なのだ。


「フィーナのお茶、味だけはいいんだよなあ。」


「味だけって、ひどいよイリア。」


むむうとねめつけてくる少女に、少年は声をあげて笑った。


「ごめんごめん。でも実際そうだろ、成功したことなんて……」


ないだろ、と失礼だけど本当の事を言おうとすると、少女ははっと何か思い出したような顔になった。


「成功といえば、あのねイリア!私、ラーマの花の実験に成功したの!」


「ラーマの花?」


「うん!昨日混合液につけておいたんだけどね!」


「………………きのう?」


ぴくりとひきつる少年には気付かず、少女は経緯を嬉々として語る。


「そう、そしたら今日の朝、ちゃんと花薬が出来てたの!」


「…………へえ………。」


「初めてだよ、私が実験に成功したの!」


ちょっと取ってくるねと少女が隣の研究室に行ってからも、暫く目が据わっていた少年は、がばっとテーブルに突っ伏した。


…………これは、


「完全に無かった事にされている………。」


深いため息をつきながら、少年は昨日の夜の事を思い出す。


――そう。昨日は幼馴染みである少女に長年の想いを伝える為、時間をかけて作った王宮の四阿に呼び出した。


すべては完璧なはずだった。

場所も日程も考えて考えぬいたもので。


そして少年は意を決して、少女にプロポーズをしたのだけど。



その答えは散々なものだったのだ――。




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