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春風のゆく先へ、文字を飛ばせたら

作者: 花トカゲ
掲載日:2026/03/14

 



 物書きにとって、誰のために書くかとか何のために書くかとかいうのは、大きな執筆理由になりうる。


 例えば、

 昔に夢みた・考えると胸が熱くなった、人類の調和と可能性。悪のなかにある正義。それらに立ち向かう正義の対立と答。

 

 他にも、生きるとは何かとか、息を吸える奇跡とはどういったことであるかとか……。


 昔は、書く題材がたくさんあった。

 書きたいと思える心が、どこかから湧いてきた。


 人の持つ、底力のため。

 人の命の持つ、可能性のため。

 人の心が持つ、豊かさのため。


 そんな賢ぶった理由だ。


 しかしながら、今という時代を生きていて、それらの軸がぶれている。

 

 人は案外脆く愚かで救いようのない者だ。大切なものを多く失いながら、なんとか生きるために椅子取りゲームをして過ごしている。ルールなんて有ってないようなもので。


 約束も、果たされぬまま言葉だけが消えてゆく。正しさも、自分の頭で考えることができない。


 何が文殊の知恵だ。

 そう言う私だってそうだろ……と。


 もし作品で描くのならこの気持ちであるのか? と考えもするが、あまりにもリアリティに満ち溢れていて、気持ちが悪くなる。


 だからといって、強引にハリボテのファンタジーをくっつけたところで、鼻で笑われるだけだ。


 その証拠に、私自身が私の作品に介入(感情移入)できなくなってしまったのだから。


 これはきっと、作者としての心が死んでしまっているのだろう。


 しかしながら、まだ物語を描く希望はある。それは決してこの世の風刺などではない。


 とても自然なカタチで『ちいさな美しさを知る者』を描くことだ。


 ただ、これはわざとらしくても興ざめする。


 正義も悪も、疲れた。

 もう関わることさえしたくない。


 現実とはなんとも滑稽で醜いものなのだ。

 被害者面をするようで悪いが。そう考えている私にも、少なからず『見えている美しさ』がある。


 それは、仕事の帰り道の梅の花。

 私が最近見つけた、ちいさな美しさだ。


 誰かが手入れをしていたのだろう。支柱のおかげで真っ直ぐきれいに伸びている。


 花は季節と大地と風のことしか知らないように見える。ただ咲くことに一生懸命で、もしかしたら自分が美しい花で「梅の花」と呼ばれ親しまれていることも知らない。


 影だってそうだ。

 姿あるものに必ずつきまとい、命絶えて無くなるまで、ずっとずっと、懸命についてくる。


 影のない世界は、きっと不安定で目に悪い。それに、確実にその者が存在していることを知らせてくれる。


 この世でハッキリと醜いと言えるものは『私が醜いと思える範囲の人の悪意』であって自然そのものではない。これはどんな時代になっても変わらない普遍のことである。そう思う。


 何のために書くのか。誰のために書くのか。その答は、決して人にだけ向けるべきものではなかったのだ、と。


 心情を吐露する芸術に疲れてしまったのなら、自然を謳えばいい。自然は、常に人の側にあり、常に人に問い掛けている。


「そこにいるんだね」

「私もね、ここに居るんだよ」

「不思議だね、またあえたらいいね」


 どこまでも純粋で、当然のように或る自然。それは、人の想像力を回復するよりも先に、人の心を深く癒すことだろう。


 ──風が吹く。


 揺れる梅の花。

 振り返れば影が動く。


 春風の辿った道のゆく先を、私は描きたいなぁ。




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