7. お姫様に相応しいのは
「なあ後輩」
「な、何でしょう先輩」
「どうした?調子が悪いのか?」
「い、いや……すみません、ちょっと……」
「しかし、明らかに普段と様子が」
「いや、あの……えと、そうじゃなくて」
「あっはは〜。先輩くんそれを聞くのは野暮ってもんよ〜?」
「これはこれは、部長様。野暮とはどういうことだろうか?」
「本当に分かってなさそうな所があんたの良い所であり、悪い所よ〜」
「良いと悪いを同時に内包する面がある?正しく陰陽道の陰と陽のように!なんてことだ……私は陰陽師だったのか?」
「…………」
「……おや?後輩?」
「え、あ、はい、なんですか?」
「いや……心ここにあらず、といった様子だぞ?やはり調子が悪いんじゃないか?」
「いや、そんなことは……」
「そうね〜。別に調子は悪くないのよね〜?」
「何でにやにやしてるんですか部長。止めてください」
「あ〜ん、もう照れちゃって可愛い!」
「ち、違いますっ!止めてくださいよ!別に照れてるわけじゃ……」
「やだ〜耳まで真っ赤にしちゃって可愛い〜。お持ち帰りした〜い」
「え……それは、ちょっと……」
「え、やば。めっちゃ可愛い。ねえねえ先輩くん、うちらの後輩すごく可愛い」
「うん、そうだな。我が後輩はとても可愛い」
「〜〜〜っっっ!!!」
「あら、茹でダコ」
「部長よ、後輩が目を回してしまったぞ。今にも倒れそうだ。やはり調子がよろしくないのではないか?」
「コレはそんなんじゃないから大丈夫よ〜。はい、あんたは稽古の続き。後輩ちゃんは休憩挟みましょ〜」
「いや、しかし後輩が……」
「だいじょーぶだって〜。……私の言葉が信用できない?」
「いや……うむ、そうだな。では後輩は君に任せるとしよう。後輩よ、無理は禁物だぞ?」
「うぅ……は、はい……」
「部長よ、しっかり後輩を見てやってくれ」
「はいは〜い。じゃ、稽古頑張って〜」
「うむ。では後輩よ、落ち着いたらまた共に台本読みを再開しよう」
「わ…分かりました」
「はい、後輩ちゃんはここにお座りしてね〜」
「……はい」
「……」
「……」
「ふふ、後輩ちゃんは可愛いわねぇ」
「何ですか急に。ニヤニヤしないでもらっていいですか?」
「いや〜?だってねぇ?ただの演劇の台詞1つ読むのに、こんなに恥ずかしがっちゃって。初心で可愛いじゃない」
「……」
「王子様、私も貴方を愛しています〜」
「……何ですかそのわざとらしい演技」
「何って、あなたが読めなかった台詞よ?はい、やってみて」
「……おうじさまわたしもあなたをあいしています」
「あら、棒読み。ウチの期待の時期エースは、そんなに演技が下手だったかしら?」
「……部長」
「あ、からかい過ぎた?ごめんごめん」
「いえ……そうじゃなくて、あの、今回の配役なんですけど」
「ん?どしたの?」
「お姫様役は部長の方が相応しいと思うんです」
「……おっと?何で?私あんた達みたいな演技出来ないよ?」
「……あの、せん、いや……す、すみません。ちょっと演技が出来なかったせいで、不安になっちゃったみたいです」
「ああ、そうなの?大丈夫、出来るわよ。たったの二年で、部内でエースの先輩くんに並べるようになったあんたならね」
「……」
「はい、下を向かない!いい?大丈夫。絶対、あんたなら出来るの。…私の言葉が信用出来ない?」
「ぅ……わ、分かりました」
「ん!よろしい!じゃあ、落ち着いたらもう一回稽古の続きね」
「はい……あの、ちょっとお手洗いに行って来ます」
「は〜い、いってらっしゃい。ついでに顔でも洗って、気持ちを落ち着かせて来たら?」
「ええ、そうします。ありがとうございます」
トイレで鏡を見ながら、ボクは思う。
なんで、ボクがお姫様役だったんだろう?
先輩に似合うのは、きっと部長だ。
だって、先輩は凄く格好良くて、本当に王子様みたいな人で、身長も高くて……一番楽しそうにしているのは、ボクといる時じゃなくて、部長と居る時で。
いつもより柔らかい笑顔で、部長と話すんだ。
……多分、先輩が言っていた好きな人は、部長のことだ。
部長はいつも優しくて、凄く大人で、凄く魅力的で……。
こんなボクじゃ、敵うような人じゃない。
先輩の隣に立つ人は、ボクみたいな頼りないチビじゃなく、部長のような凄い人だろう。
あんな凄い人なら、先輩が好きになっても、おかしくないのかもしれない。
そんな考えが頭をかすめただけで、息が詰まる。
怖い。
もしそうだったら、ボクはどうすればいいんだ。
舞台の上じゃ隣に立つことが出来ても、現実では……ボクなんて、ただの小さな後輩。
幕が下りたら、隣に立っているのは部長なんだ。
可愛いってからかわれて、子供扱いされて。
本当は――そんな風に見られたいわけじゃないのに。
……情けないな。
今のボクじゃ、先輩に気持ちを伝えるなんて――。
……少し長く考え込み過ぎたかもしれない。
心配される前に部室に戻ろう。
そうして、そそくさと部室に戻ると、部長と先輩の話している姿を見つけた。
「でもさ、やっぱりあんたって王子様って感じだよね。立ち姿も堂々としてるし」
「……そうか? 私はただ立っているだけだが」
「うん。そういう“自然体のかっこよさ”って舞台に映えるんだよ」
「……む。褒められると、少し照れるな」
「……っ」
――どうしてだろう。
先輩と部長が話しているだけなのに、胸がざわつく。
あの柔らかい笑顔。
ボクには見せてくれない表情。
……やっぱり、先輩の「好きな人」って部長なんだ。