6. 笑い声は窓から覗く
「ねえ先輩」
「どうした後輩」
「その台本、逆さまに読んでません?」
「む? ……。おお、よくぞ気付いた後輩。満点はなまるだ」
「今普通に間違えてましたよね?原稿読んでないんですか?」
「いや、これはあえて逆さに読むことで台詞の抑揚を客観的に捉えることが可能なとても素晴らしい読み方なのだ」
「先輩だからこれが真剣なのか言い訳なのかの判断が難しいです」
「私はいつでも真剣だぞ後輩」
「真面目そうな顔を作ってるってことは言い訳ですね。真面目にやりましょう」
「というかその台本、ボクのですね。勝手にページ折らないでくださいね」
「だがほら、これはここが山場という印だ。便利だろう?」
「ボクの台本ですから、先輩専用の便利機能いらないんですよ」
「そうか……ならば、このしおり代わりに折った紙を――」
「それボクのプリントですね。授業で回収するやつ」
「おっと、それはマズイ。……ではこれは?」
「またもやボクのノートですね。やめてくださいよ?書き込みが見えなくなっちゃうじゃないですか」
「……ふむ。演出小道具に困ったら、後輩の持ち物を利用すればよいと分かったな。これは良い気付きだ」
「そんな気付きいりませんから。ていうかいつのまにボクの鞄持ってるんですか?返してください」
「……賑やかだねぇ、あんたら」
「部長?いつからそこに?」
「最初から〜。二人とも盛大に気付いてなかっただけで」
「む、演技に没頭していた証拠だな」
「ふふ。そういうことにしておいてあげようか」
「にしてもさ、先輩。やっぱり芝居してる時の顔は違うね。頼もしい感じ」
「……そうか?」
「うん。少なくとも私にはそう見えるよ」
「……ならば、役者冥利に尽きるな」
「……」
「おや後輩、どうした。さっきから声が出ていないぞ」
「い、いや……別に」
「ふふ。図星って顔してる」
「つ、ついてません!からかうのは止めてください」
どうして……こんなに胸がざわつくんだ。
先輩が部長と笑ってるだけなのに。
その笑顔を見てると、僕なんて入る余地がない気がして――。
――僕は、やっぱりただの“後輩”なんだろうか。
先輩にとって特別なのは、僕じゃなくて部長なのかもしれない。
あり得ないことだと思う。けど、もしかしたらって……考えてしまう。
……なんて、考えすぎだよな。
舞台の上じゃ僕だってちゃんと隣に立ててるんだから。
せめて芝居の中だけでも。
そこだけは、譲りたくない。