16.幕が上がる
「なあ、後輩」
「はい、先輩」
「……いよいよだな」
「はい……そうですね。でも、見て下さい。手が震えて止まらなくて」
「ふむ……。普段冷静な後輩がここまで緊張しているのを見るのは、初めてだな」
「そりゃあ緊張しますよ。今回の舞台は色々ありましたから」
「うむ。まあ直接舞台に関係ないが、色々あったな」
「ええ…まあ、そうですけどね」
「はっはっは、これまた珍しいな。後輩が私にツッコミをさせるだなんて」
「うぐっ……はい、それだけ緊張してるってことですよーだ」
「大丈夫だ。緊張しているのは皆同じさ」
「先輩は……緊張してないんですか?」
「している。だが、それも舞台の一部だ」
「……そんな風に言えるの、やっぱり凄いです」
「後輩、君もだ。ここまでやって来たのだから」
「……」
「怖いか?」
「……はい」
「失敗しても構わない。君となら乗り越えられる」
「……先輩」
「うむ、手の震えも収まったな」
「え……あ、本当だ」
「行こう、幕が上がるぞ」
「はい、行きましょう。先輩」
「あ〜らららららぁ……見せつけてくれちゃって。部長さんはもう泣いちゃいそう」
「頑張んなよね〜、お二人さん」
「――『姫よ、必ずや私が守ろう』」
先輩の声が、いつも以上に力強く響く。
先輩のこの何処までも響き渡るような強い声と、会場を丸ごと飲み込むような存在感にこの劇を見ている皆が、固唾を飲んで注目する。
観客席のざわめきは一瞬で消えていた。
そう、この姿だ。
ボクが、先輩を初めて見た姿だ。
約二年前。強くて熱烈なこの先輩に、憧れた。
絶対にこの人の隣に立ちたいと、どうしようもなく思う程に、強く。
――思えば、ボクは。
その頃から先輩のことが、好きだったのだろう。
一目惚れ……ってやつだったんだ。
それから、ずっと、今も、そしてこれからも。
ボクは、先輩のことが好きだ。
「……『王子様、私……本当は……』」
そう思ったボクの口から、ふと、台本には無い台詞が口から零れた。
心臓が早鐘を打つ。何をしているんだろうか。これはよくない。ちゃんと、台本通りに話さなきゃ。
しかし、そう思っていても、ボクの唇は動き続ける。喉が、声を発する。もう止められない。
――止めたく、ない。
「『王子様のことを、心から……愛しています』」
会場が、息を呑んだ。
視界の端で、全ての観客が、先輩からボクに注目を移したことを、認識していた。
それでも、ボクの意識は、先輩から離れない。
離さない。
「……っ」
先輩の瞳が揺れる。動揺しているのだろう。いきなりアドリブを挟んだのだから、当然だ。
ごめんなさい。申し訳ない気持ちで、胸がチクリと痛み出す。
しかし、先輩はすぐにこの痛みを取り払ってくれるかのように、力強く、そして真っ直ぐに見返してきた。
「『姫よ。私は、お前を失いたくない。誰よりも大切だ。……愛している』」
台詞――いや、違う。
同じだ。今さっきのボクと。
これは先輩のアドリブ。先輩の本当の声だ。
ボクは、しばし固まった後に、はっとして台詞の続きを口にする。
舞台の上、観客のどよめきが広がっていく。
そうして、舞台はもう直ぐに幕を下ろす。
スポットライトが、少しずつ光量を小さくしていく。
少しずつ薄暗くなる中、先輩は観客に見えない角度で……ボクにだけ見える角度で、微笑んだ。
「悪い子だな。後輩」
「すみません……でも、先輩もアドリブしてましたよね」
「……そうだな。だが、嘘は言っていない」
「……っ」
「幕が下りてからも……答えを聞かせてくれるか?」
「……はい」
照明が落ち、幕が閉じる。
けれど、ボクの胸の中では――幕なんて、もう下りていなかった。
「……いや、あいつらイチャイチャし過ぎじゃない?何あの甘ったる〜い空気。……うわ、二人の演技力と合わさってメチャクチャエモくなったせいで、観客が大号泣しとる……。これ、ただの高校の文化祭なの、分かってんのかな?」




