1.しりとりの幕開け
「なあ後輩」
「どうしました先輩」
「雨だな」
「そうですね」
「風情を感じるな」
「……仕事中に風情を感じる余裕があるのは、先輩くらいですよ」
「余暇というものは、人生に必要だぞ」
「それはわかりますが今はアルバイト中ですからね」
「なるほど確かにその通り。だがしかし――暇だ」
「話聞いてました?」
「よし、しりとりをしよう!」
「聞いてないな、絶対」
「暇だからこそできることだ。どうだ、名案だろう?」
「先輩、発想が自由すぎます」
「お題は……そうだな、コンビニに置いてあるもの!」
「つまり、目の前にあるものを片っ端から言えばいいわけですね」
「そうだ!後輩は時間潰しの天才だな」
「誉められている気がしないんですが……」
「じゃあ先手を頂こう。――コンビニ」
「はいストップ。いきなり反則です」
「なに?どういうことだ後輩」
「“コンビニに置いてあるもの”ってルールですよ?コンビニ自体は置いてません」
「む……。しかし、物とは天地間にある有形無形の一切のものである。ならばコンビニも物に違いないのではないか?」
「急に哲学持ち出すのやめてください」
「よって、“コンビニ”はルール違反ではないとする」
「異議ありです裁判長。ただいま先輩がルールをねじ曲げました」
「異議却下!」
「被告が裁判長になりやがった」
「細かいことは気にするな。――さあ、次は“に”からだぞ、後輩!」
「……にんじん」
「流石だ!潔いな後輩!」
「もうツッコむ気力もなくしましたよ……」
雨音が一定のリズムで窓ガラスを叩く。
客のいない静かな店内で、賑やかに2人の声が響く。
レジ前での、くだらないやり取り。思わずため息の漏れるような、とってもくだらない会話。
だけどボクは、こんな時間が――嫌いじゃない。
後輩として、ただ隣にいられる内は。
ボクは、この時間が愛おしい。
背が高くて、格好良くて、みんなに「王子様」と呼ばれて。
舞台に立てば誰もが見惚れる、完璧な先輩。
けれど、こうして隣に立っているときの先輩は、少し子どもみたいで、無邪気で。
その横顔を見るたびに、胸の奥がぎゅっと熱くなる。
どうしようもなく、好きになってしまった。
……だけど、この気持ちを先輩が知ることはない。
だってボクは――背も低くて、頼りなくて、どこからどう見ても先輩には不釣り合いだ。
恋人として先輩の隣に立つには、分不相応な――女の子にしか見えないから。