9.おキャワ文具は誰のもの?
私が秘書になってもう1ヵ月が経とうとしていた。
副社長には「から揚げ」ネタでしばらくイジられたものの、それ以外は特に問題もなく。
(相変わらずひどい傍若無人っぷりだけど……!)
最近は室長に質問することも減り、秘書室メンバーたちとも雑談できるほど余裕が出てきた。
この前なんて、資料整理をしていたら、女子三人組が私のデスクにやってきて、"推し文具談義"をしたくらいだ。
と言っても、私は文具に思い入れはなく備品のものを使っている。
最近は文具にまで"推し"という概念があるのかと、びっくりしたのをよく覚えている。
ちなみに私以外全員、何かしらのこだわりがあるようで、
橘さんはくすみカラーが好きらしい。意外と大人っぽい。
そして羽田さんは可愛いクマのゆるキャラの文具で、早乙女さんはハートやピンクの派手デザインが好き。この二人はイメージ通りだな。
なので、私が文具にこだわっていないと分かると、「この良さをお伝えしなきゃ!」と各々メモや付箋、ボールペンなどを次々と私の机に置いて行ってしまった。
なんとなくそれらを片付けるのも申し訳ないので、それ以来私の机の上は色々な系統の文具であふれている。
そんなある日、朝一に副社長が出席する会議があった。もちろん、前日から資料も用意できていたし場所も予約済だった。
しかし当日の開始10分前に、資料の用意をした部署から電話が鳴る。
「す、すみません、資料の間のページが古いものでした……!差し替えをお願いします……!」
(やばいやばいやばい、もう資料副社長に渡しちゃってるよ!?)
急いで正しい方のページを印刷する。プリンターはいつも通りに動いているはずなのに、遅く感じる。
やっと印刷された紙をもぎとり、中身をチェックする。
(とりあえず、古い方と間違わないように区別しないと……!付箋貼っとけば分かるかな!?)
手近な付箋を叩きつけるように貼り、副社長の待つ会議室へ走った。
走るヒールの音が大きくやたら大きく聞こえるが、今は気にしていられない。
会議まであと3分。ほぼぶつかる勢いで会議室のドアをノックする。
「ど、どうぞ~。」
「し、失礼、します。資料の、差し替え、です……。」
私の勢いが良すぎて副社長が引いている。でもそれも気にしていられない。
資料を渡して、会議の邪魔にならないようまた部屋から出る。
「……ふう~。間に合ったあ……。」
達成感に満たされながら、私は自席へ戻った――。
のだが。
自席でメールの確認をしていると、副社長室から呼び出しのブザーが鳴った。
いつの間にか会議が終わっていたらしい。
(呼ばれる用事なんてあったっけ?飲み物かな?)
とりあえず急ぎで向かい、ノックして部屋に入る。
「お呼びでしょうか。」
「……今朝の会議の資料やねんけどさあ。」
「!な、なにか不手際がありましたでしょうか……!?」
急いではいたが、確認はしっかりしたはずだったのに……。
副社長は今朝渡した資料をピラっとこちらに向けた。
印刷は……問題なさそうだし、ページ数も合っている。
それに分かりやすいように付箋まで……。
「あ!?」
そこには、ハートマークと「LOVE♡」のロゴまで入ったギャルギャルしいピンクの付箋がしっかり貼られていた。
「あ、あ、えーと……えー……」
(早乙女さんが置いてったやつじゃん!!!)
副社長の爆笑を聞きながら、私は頭を抱えた。
「す、すみませんでした……。」
「いや~びっくりしたわあ。まさかキミからこんな熱烈な愛のメッセージが届くとはなあ。」
「……。」
「顔怖っ!」
「そう、そうなんですよー。愛のメッセージです。……なので、もう秘書とか無理ですねー。」
「……キミさあ。」
「……はい。」
「嘘つくの、下手くそってよく言われへん?」
「うっ……。」