7.サシ二次会はノンアルで
室長に連れられたのは、駅の近くのカフェだった。
なんとなく察してはいたが、アルコール抜きでお話をしよう、ということだろう。
お酒を飲んだ後だったので、とりあえずオレンジジュースを注文する。
室長が頼んだホットのカフェオレと一緒にトレイに載せ、室長の待つ席へ向かう。
「紬ちゃん、ありがとね~。今日の歓迎会はどうだった?」
「最高でした、ありがとうございました!実はあのお店ずっと行きたかった所だったので、それもあって嬉しかったです。あのお店、ご存知だったんですね。」
「ふふ。実はね、私知ってたのよ。紬ちゃんがあのお店気になってるっていうの。」
「……え?」
首を傾げる。あのお店が気になっているというのは誰にも話していない。
(そもそもそんな話するほど仲良い人が……うぅ……。)
「うふふ。ごめんなさい。何で知ったかお話しないといけないわね。実はね、紬ちゃん、あなたを副社長専属に決めたきっかけにも関わる話なの。聞いてくれる?」
「え……はい、お願いします。」
室長は、カフェオレを一口啜ると話し始めた。
――副社長の専属だった秘書がまた外された。
(またか……。)
今まで、秘書として30年近く働いているが、こんなことは初めてだ。
室長として、今までも良さそうな人材を見繕ってきたが、ことごとく外されてしまう。
理由は分かる。副社長がモテすぎるからだ。
黙っていてくれればいいのに、好意を何かしらの言動に出し、副社長の仕事に支障をきたす。そして担当を外す。その繰り返し……。
秘書室所属のベテランを自負していたが、まさかこんなことに悩まされる日が来るとは。
人材のアテもなく、代わりが見つかるまでの間自分が担当することになった。
そんなある日、外出から帰った副社長とエレベーターに乗った時のこと。
エレベーターには女子社員が数人乗っており、副社長との遭遇に色めき立つ。
それはもう日常茶飯事であり、特に気にすることでもなかったのだが――。
視線を感じ顔を上げると、副社長がこちらにアイコンタクトを送ってくるではないか。
(ん……?)
何事かと彼の視線を追うと、もう一人女子社員が居るのに気付いた。
彼女は副社長の登場にも、女子社員たちの盛り上がりにも動じず、真剣な表情でスマホに釘付けだった。
もしかして盗撮でもされたのかと、こっそり副社長の近くに立ちスマホを覗くと……。
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(あ、ブックマークした。ふふ、嬉しそう……。)
その後エレベーターが止まり、私たち以外が降りた。
そしてドアが閉まった瞬間、
「ボクの担当、今の子は?」
「うふふ。私も同じことを考えておりました。」
「――で、今日に至るってわけ。今更だけど、勝手に覗いちゃってごめんなさいね。」
「い、いえ……。」
……理解はした。でも恥ずかしすぎる……!
「でも、私の人選は間違ってないと思うわ。秘書室のみんなともうまくやっていけそうだし。」
思わず顔を上げる。そういえば、ひとつ気になっていたことが――。
「あ、あの、橘さん……のことなんですけど……。」
「橘さんね……。副社長がね~。"ボクを敬愛する心がけは素晴らしい。でもあのレベルの子と一緒におったらボクが気遣うわ。"ってね。」
「確かに、もはや信仰レベルですもんね……。」
「良い子なんだけどね。本当に。"次こそは自分が専属に"って思ってたはずだから、しばらく落ち込むと思う。でも、紬ちゃんを見て、自分に足りないものに気付いてほしいなって思うの。」
「そう、ですか……。」
「お手本になれるよう、頑張らないといけないですね……。」
「うふふ、そうこなくっちゃ!明日からみっちり教えていくから、よろしくね。」
「はいっ!」
今度こそ解散して、帰りの電車に揺られる。
正直、あの室長の代わりが私にできるとは思えない。でも、私が辞めてしまったらまた室長が大変だし……。
(……もうしばらくは、頑張ってみようかな。)