5.ようこそ秘書室へ
秘書室にふらふらと戻ってくると、朝礼の片付けを終えた面々と鉢合わせた。
(そういえば、自己紹介すらまだだった……。)
「お疲れ様です!挨拶が遅れてしまいすみません。春原紬です。よろしくお願いいたします!」
こういう時はまとめて言っておくに限る。緊張も一回で済むからね。
「じゃあ改めて私も自己紹介させていただくわね。室長の小田です。よろしくね紬ちゃん。」
室長がにこりと微笑み、近くの女子社員にバトンを渡す。
「はいっ!早乙女でっす!春原先輩、よろしくお願いしますっ!」
(明るい髪色のギャルっぽい子が、早乙女さん、ね。)
「あ、えーと……、羽田、です。よろしくお願いします……!」
(もじもじしたボブカットの子が羽田さん、と。)
「橘沙耶と申します。先輩、どうぞよろしくお願いいたします。」
(内巻きロングヘアのきっちりした子が橘さんね……。)
打ち合わせでもしていたかのように、テンポ良く女子三人の自己紹介が終わる。
三人とも私より身長が低いし、ちょっと緊張感が伝わってすごく可愛らしい。
(……っていうか……)
「あ、あの、私ここでは新人ですし、"先輩"って呼んでいただかなくて大丈夫ですよ……!?」
今から仕事を教わるような身分なのに、先輩なんて呼ばれるのは何とも恥ずかしい。
すると一番背の低い子、橘さんがよく通る声で言った。
「いえ、秘書としては新人でも、職歴は先輩の方が長いですし、先輩って呼ばせてくださいね!」
小さくて可愛らしい子だけど、キリっとした表情と声で、なんだか圧倒される。
「わ、わかりました……!呼び名だけじゃなくて中身も伴うように、頑張りますね!」
(ちがーーう!秘書は嫌なのに!なんか雰囲気にのまれてしまった……!)
また頭を抱えそうになった時、橘さんに急に手を取られ、胸の前でぎゅっと握られた。
「え……?」
「新しいメンバーも入ってきましたし、今年度も全員で、全力で、湊様をサポートしましょうねっ!」
「「おー!!」」
早乙女さん、羽田さんも後ろで手を上げている。室長は"やれやれ"という顔でほほ笑んでいるだけだ。
「み、みなとさま……?」
「はいっっ!先輩はもうお気づきかもしれませんが、秘書室は全員はもっとメンバーがいるんです。ただそれぞれが社長・副社長・専務・常務……といったように担当が分かれているわけです。そして私たちは、ほかの誰でもない、湊様の担当……!完璧で、秀逸で、天才で、そして――」
急にめっちゃ早口で喋りだした!途中からはこちらが聞いているかも気にしていないようだ。
(――あ、思い出した!朝礼で副社長に歓声上げてたの、この子たちだ……!)
手を握られ、熱弁されたままぼんやりとしていると、急に上から影が差した。
(ん?)
振り向くと、一人の男性が立っていた。この人は確か――。
「あっ、朝礼で司会されていましたよね!春原です、よろしくお願いします!」
そっと手を外し、挨拶する。
「あ、どうも。黒川です。俺は社長担当メインだから、一緒に仕事することは少ないかもしれないけど、よろしくね。」
朝礼の時とは打って変わって、静かな人だなー。それに、近くで見ると、めっちゃガタイが良いな。
立ってるだけで威圧感がある。しかし、優しそうな顔がバランスを取っている感じだ。
いつの間にか黒川さんにおびえたのか、橘さんもしゅんと静かになっている。
なんとなく停滞した空気を、室長が変えた。
「さ!自己紹介も済んだことだし、今夜は春原さんの歓迎会、しましょっか!」