29.推される側ってこんな気持ち?
副社長が室長にガン詰めされる十分前――。
「なんだったんだろう、あれ。」
副社長室から出ると、独り言が漏れた。
呼ばれたと思って行ったのに、何の用事もなかったらしい。
最近変だったけど、さっきに至っては挙動不審だったし。
とぼとぼと秘書室に戻ろうとすると、私は見覚えのある背中を見つけた。
「室長!お疲れ様です。」
「紬ちゃん!……さっき呼ばれてなかった?」
「あ……」
ざっくり、事情を説明した。
副社長の様子がおかしいというのはこの前相談してたから、ちょうどそれを裏付けるような感じになったかも。
「ちょっと、私からお話しようかしらね。」
声色に異変を感じてふと視線を上げる。
ニコニコしてるのに、目だけ明らかに怒ってる……!
(室長……絶対キレてる……!)
「えっ、いや、間違えて呼んじゃっただけかもしれませんし……!」
「紬ちゃん。大丈夫よ。任せて~。」
言うが早いか、いつもよりヒールの音を大きく鳴らしながら副社長室に歩いて行ってしまった。
ちょっと様子が見たい気もするけど、ぐっと我慢して秘書室へ戻った。
「沙耶~。ごめんねえ……!」
「だからもう泣かないの!」
「それ言う沙耶も泣いてんじゃん!」
(あー……。)
さっきの"プチ修羅場"の後始末がまだ終わってなかった。
ちょうど副社長室に呼ばれたので、うまく回避できたと思ってたのに。
思ったより早く戻る羽目になったので見事に鉢合わせてしまった。
「ぐすっ……。あっ、春原先輩……ずみばぜんん!!」
「あああ泣かないで……。」
なんとかしなければ。
自席に置いているボックスティッシュをひっつかみ、彼女たちの前に差し出す。
「ほら、3人とも泣かないで。終わった話なんだから。……ティッシュ、使って。」
「ありがとうございまずぅ……!」
ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、各々ぺこりと頭を下げる。
かわいすぎる。正直嫌がらせっぽいのを受けてたときは困ってたけど、全然許しちゃうよね。
3人が落ち着くのを見計らって、コーヒーを差し出す。
「はい、これ飲んで。」
「ありがとうございます!」
「……あの、春原先輩。」
「ん?」
両手に持ったカップを見つめながら、早乙女さんがおずおずと口を開く。
「その……湊様、副社長と、つ、付き合ってるんですか……?」
「えっ」
急に何?私が?え?
「付き合ってなんかないよ!?」
「そうなんですか!?」
「じゃ、じゃあ……。」
羽田さんが呟き、なぜか橘さんの方を見た。
つられて私も彼女を見る。
すると視線に気づいた橘さんが立ち上がり、演説のように語りだした。
「大丈夫。私ね、気付いたんです。……湊様のこと、好きなんじゃなくて、"推し"なんだって!」
(……へ?)
「だから、もし春原先輩が湊様とお付き合いなさっても問題なし!です!」
「い、いや、だから付き合ってないって……」
「私春原先輩も好きなので、むしろお二人がくっつけば推しと推しの相乗効果が生まれてしまうのでは……?」
「あ、ありがと……でも付き合ってないから……」
演説が止まらない。
何?この状況。
他の女子二人も、うんうんと頷きながら「確かに……」「カップリング……」とか呟いている。
「あの、橘さん?」
「応援してますよ!春原先輩!いえ、紬先輩!」
「うちも応援します!紬先輩っ!」
「わ、私も……紬先輩……!」
橘さん、いや沙耶ちゃんたちはまた何かに目覚めてしまったようだ。
ひとまず、3人が元気になったようでよかった、のかな?




