3.はんなり王子の裏の顔
副社長室の前でこっそりしゃがみこみ、深呼吸する。
(仕方ない、「緊張して変な顔になっただけ」ってことで謝ろう!)
脳内でイメージトレーニングをし、ぐっと立ち上がる。
そしてもう一度深く息を吸って、吐いて、ノックをした。
「……どうぞ~。」
朝礼の時と同じ、柔らかい声が返ってくる。
「……失礼いたします!」
視線を下げたまま、ゆっくりと扉を開け、部屋に入る――。
視界に入ってくるのは、分厚そうなダークグレーのカーペットと、ピカピカに磨かれた高そうな革靴。
(……ん?)
咄嗟に顔を上げると、この部屋の主がこちらを見下ろしていた。
「うわぁっ!?」
「ひどいなあ。人をお化けみたいに。」
頭の上から、くつくつと笑い声が聞こえた。
「し、失礼いたしました。その……こんな近くにいらっしゃると思わず……。」
「あははは。大丈夫ですよ。いきなり呼び出してしまってすみません。」
「い、いえいえ!とんでもございません!」
慌てて両手を振りながら、できる限り笑顔で返す。
……改めて近くで見ると、本当にでかい。
(というか、朝礼の時のイメージ通り、優しそうな人だな~。これは"はんなり王子"だわ。)
「今日から秘書室所属ですよね?朝礼の時にも会いましたけど、副社長室やらせてもろてます、神崎湊です。改めてよろしくお願いします。」
「はい!え、ええと、改めまして、春原紬です。よろしくお願いいたします!」
(もしかして、わざわざ新入りの自己紹介のために呼んでくれたのか?)
心の中で胸をなでおろす。ほんとに良い人じゃん。
応接用のソファに座るよう勧められ、副社長も向かいのソファに座る。
「ところで春原さん。秘書業務、やっていけそうですか?」
「……え、ええと……」
正直に言えば元の部署に戻してくれるのではないか、と一瞬頭に浮かぶ。
(でももし「やる気がない」とみなされて評価下げられたりしてもマズい……)
「あ、はい!初めてですけど、頑張ります!」
(私のバカ!アホ!チキン野郎~!)
――その瞬間、副社長の顔が真顔になった。
「……言うたな?」
「え?」
さきほどまでのほのぼのとした空気はどこへやら、副社長は冷たい目でこちらを見下ろしている。
(あれ?なんか失言した?)
一瞬で鼓動が早まる。膝に置いていた手のひらが汗ばんでくるのが分かる。
「秘書業務、頑張るんやろ?嘘やないな?」
ゆらり、と副社長が前のめりになった。
目の前のローテーブルに片手を付き、身を乗り出し、恐ろしく整った顔がすぐ目の前まで近付いてきた。
("圧"がすごい!怖い!)
「え、ええ、はい、が、がんばります……。」
「よし!言質とったで~。」
ぱっと身体を離し、さきほどのにこやかな笑顔に戻る。
「今日からキミ、ボクの秘書な」
「……は?」
(は?)
「……それは、どういう……えーと……」
「ボクの専属や。よろしゅうな?」
「……はあああああああああ???」