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2."はんなり王子"、降臨す。

私が秘書室に足を踏み入れた頃――。



秘書室から少し離れた所に、その部屋はあった。

豪華な装飾のついて扉には、「副社長室」のプレートがかかっている。

その部屋のPCに、1件のチャットが届いた。


『春原さん、間もなく到着しますよ~! 小田』


チャットに「イイネ!」アイコンで返事をし、その人物がゆらりと立ち上がる。

「……ついに来たな。春原紬(すのはらつむぎ)……。」

その口元は、三日月のように歪んでいた――。



「春原さん、よろしくね~!」

「デスクはこちらです!」

「ロッカーはこっちですよ~。」

(……秘書室、"陽"の人ばっかだ……!)


恐る恐る秘書室に入った私は、一瞬で秘書室の面々に取り囲まれた。

おまけに皆が優しく、歓迎ムードが伝わる。

(嬉しいけど、場違い感がすごい気がする……!)


「え、えーと、よろしくお願いいたします!」

「「「よろしく~!」」」


ああ、こんな良い人達だけど。でも。

(やっぱり秘書とか無理だよ~~~!!)


「紬ちゃん、そろそろ新年度の朝礼が始まるわ。こっち来て!」

不安な気持ちが顔に出ていたのか、室長に声を掛けられる。


「朝礼ですか?ビデオ会議アプリで視聴するんじゃないんですか?」

「ああ。朝礼の配信の準備って、実は私たち秘書室の仕事なのよね。」

「なるほど……。」

「次の下半期の朝礼のときは紬ちゃんにもお願いするわね~。」


秘書室の隣にある大きな部屋は、どうやら会議室だったらしい。

(直接見るのは新鮮かも。ちょっと面倒くさいけど……。)


室長、その他秘書室の面々と会議室に入り、朝礼の開始を待つ。

9時スタートだから……あと5分ってとこか。


時計を見上げていると、会議室のドアが開いた。

ドアを開けているのはさっき見た秘書室の人たち……ということは"お偉いさん"だ。

コツ、コツと足音が聞こえ、一人の男性が会議室に入ってきた――。


まず最初に思ったのは、でかい。でかすぎる。

(うーん、あれは180、いや、もっと高そう……。)

おまけにスタイルも良い。ネイビーのスーツをビシっと着こなし、シルバーに輝く眼鏡もよく似合っている。


ふーむ……と心の中で首を傾げる。あんな人、経営陣に居たっけ?

まあ、今まで居た部署で上層部(おえらいさん)と関わることなんて無かったし、知らない人だらけかも。

そうか、これからはそういう人達の名前とかも覚えなきゃいけないのか……。

頭の中がぐるぐると回り、嘆いていると、いつの間にか朝礼が始まったようだ。


朝礼の司会はさっきドアを開けていた秘書室の男性だった。

「みなさん、おはようございます。9時になりましたので、新年度の朝礼を始めます。例年通りであれば、社長にお言葉をいただくのですが、本日社長は海外へ出張に行かれていますので、副社長にご挨拶いただきます!副社長、よろしくお願いいたします!」


おお、あのでっかい人副社長だったのか。社長以外全然分かんないから、覚えていかなきゃ。

呼ばれた副社長が、長い足で優雅にカメラの前に歩いてくる。


「副社長、今日もかっこよすぎる……!」

「うーん、推しがまぶしい……!」

近くにいる秘書室の女子達が小声ではしゃいでいる。

(……いや推しって。アイドルか。)


「みなさん、おはようございます~。新年度を迎えましたね。今年もどうぞよろしくお願いいたします~。昨年度は、皆さんのおかげで――」

柔らかいけど、よく通る声。しかしイントネーションに癖があるな。語尾が伸びる感じがする。


「あぁ……"はんなり王子"……たまらん」

女子達(ファン)の声が聞こえる。

(……なるほど、京都弁か。)


周りの社員たちがうっとりと聞き入っているのを横目に、ぼんやりと物思いにふける。

(京都といえば、この前の物産展で買った生八つ橋!あれめっちゃ美味しかったんだよな~)

別に自分をグルメだとは思わないが(そもそも一人でお店に入れない)、物産展と言われるとついつい何か買ってしまう。

(それに、長芋のわさび漬け……あれビールが進みすぎて危険だった……いやでもまた食べたいな~。まだやってんのかな、物産展……)

20歳になりたての頃はお酒の美味しさも分からなかったが、25歳を過ぎた頃からだんだんとハマり、今では冷蔵庫に何かしらのアルコールは常備している。


「……っ!?」

まっすぐカメラに向かって挨拶をしていたはずの副社長と目が合った、気がする。

すぐにまたカメラ目線に戻ったが、なんでこんな端っこを向いたんだろう。

(食べ物のこと考えすぎて変な顔してたか!?やばいやばい、ちゃんと話聞かなきゃ)



「――副社長、ありがとうございました!それではみなさん、今年度も頑張っていきましょう!」

それからは特に問題もなく、朝礼が終了した。

撤収前に、副社長を全員で見送る。来た時と同じテンポで、コツ、コツと歩いていたのだが、

「小田室長、ちょっとええ?」

いきなりくるりと振り返り、室長を呼んだ。


副社長は二言三言、何か小声で話した後、すぐに会議室を出て行った。

会議室を占めていた緊張が解け、残った社員たちで片付けが始まる。

(よ、よし、私も何かしなきゃ……!)

私もブラウスの袖をまくり、社員たちの輪に近付こうとすると――。


「紬ちゃん。ちょっといい?」

室長に肩を掴まれた。

いきなりすぎて肩が跳ねてしまう。声が出なかっただけ褒めてほしい。

「片付けは大丈夫だから、ちょっと行ってほしいところがあるのよね。お願いできる?」

「はい、どこに向かえば良いですか……?」

「えぇと……副社長室よ。うふふ。」

「え?」

「だから、副社長室。行くわよ~!」


(お……終わった……。)

にこにこ笑顔の室長に腕を引かれ、副社長室の前で置いて行かれた。


(絶対さっきボーっとしてたのバレてんじゃん……。ってかさっき室長になんか言ってたのコレだよね……!?)

重厚な扉にかかっている「副社長室」の文字を見上げながら、私は頭を抱えた。

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