14.見とれてないってば、たぶん。
(最悪だ……。)
副社長との外出の予定が、先方の都合で急に前倒しになってしまった。
……あと30分で出発しないといけない。
慌ててタクシーを予約しなおし、資料の最終確認を急いだ。
確認が終わった資料を副社長に渡し、予定変更を伝える。
「すみません副社長、あと30分で出発しないといけなくなりました。」
「了解。準備、忘れてたら……躾するからなあ。」
副社長はおもむろにペンを取り、反対の手の平に――まるで鞭のように叩きながら、にっこり言った。
「は、はい……。」
(怖っ!……もう一回、準備見直そ……。)
時間が迫り、副社長と会社の外に出る。
何も知らない社員たちはうっとりと彼を見つめている。
(さっきのやり取り、聞かせてやりたいよ……。)
「……タクシー、間もなく着きます。」
「了解。お、来た来た。」
副社長が後部座席へ乗り込み、私も続いて助手席に座った。
――タクシーが動き出した瞬間、私は大事なことを思い出した。
(……あ!一番大事なやつ!)
急いで鞄からそれとペットボトルを取り出そうとしたそのとき、後部座席から副社長の声が飛んだ。
「ん?それ何?」
(見られた……。)
「……あー、酔い止め……です。」
いつもならもっと前もってこっそり飲んでおくのに、今日は急に予定が早まったせいで飲み損ねてしまった。
「え、酔うん?子供か!いや……子犬?」
「犬でも子供でもないです!」
後ろは振り向けないけど、絶対いつものニヤニヤ顔をしているに決まってる。
腹は立つけど、デコボコした道に差し掛かるとそれどころじゃなくなる。
なるべく視線を動かさず、必要最低限の道案内に集中した。
静かな車内、聞こえるのは、カーナビと私の声だけ。
ちらっとルームミラーを見ると、副社長は静かにスマホを見ていた。
意外と静かだ。
(もしかして、気を遣ってくれてる……?)
もう一度、こっそりルームミラーを覗こうとすると――
目が合ってしまった。
副社長は少し眉を上げ、口パクで言う。
『み・と・れ・た・?』
最後に小さく首を傾げ、にやりと笑った。
私は音が出そうなほど急いで視線を逸らし、窓の外を見る。
(くそっ、なんか負けた気がする……!)
顔が熱い。――でもこれは、気まずさからであって、決して本当に見とれてたわけではない。本当に。たぶん。
頭の中で、誰にも言えない言い訳がぐるぐると渦巻いた。
「到着しましたー。」
運転手の声で我に返る。……考え事をしすぎたおかげか、酔わなかった。
ふぅ、と肩の力を抜いて車を降りると、副社長がすぐそばに。
「大丈夫~?酔うてない?」
心配からの声かけじゃないのは、その顔を見れば一発で分かる。
「ええ、大丈夫です。ありがとうございます。」
恥ずかしくて顔を見ることができずに、鞄を持ち直すフリをしながら返した。
すると副社長がおもむろにスマホを見せてくる。
「これ、現地入るまでに目通しといて。さっき室長から連絡来てたから。」
室長から連絡がきた時刻を見ると、タクシーが出発してすぐの時刻だった。
(……もし、車内で見せられてたらきっと気持ち悪くなってた。)
やっぱり……気を遣ってくれたのかな。なんて。
「ありがとうございます。」
今度はちゃんと彼の顔を見て、お礼が言えた。




