11.隣に立ちたかっただけなのに(沙耶side)
朝。いつも通り秘書室に出社し、自席に座る。
大好きなくすみカラーの小物たちも、今は見ていると心もどんよりくすんできそうだ。
思わずため息をつきそうになり、慌てて顔を振った。
(だめだめ、こんな気持ちでは湊様をお支えできない……しっかりしないと……!)
こんな風に自分を鼓舞するのはもう何回目だろう。
結局、また視線を落として思考が沈んでいく――。
4月になり、副社長の専属が室長から代わるという知らせを聞いた時……私は、正直、期待してしまった。
室長を除いた副社長担当メンバーは3人だし、私が一番熱意を持って仕事をしている、と思う。
だからこそ、"人員補充"でやって来た春原先輩にも、自分が専属になったつもりで熱弁してしまった。
……なのに。まさかその春原先輩が、専属になってしまうなんて。
春原先輩――以前は第一開発部で、紅一点でエンジニアとして働いていたらしい。
サッパリした性格で、身長も高く、宝塚の男役みたいにかっこいい。
(何もかも、私と正反対だ……。)
ため息を漏れそうになったとき、副社長室からの呼び出しブザーが鳴る。
反射的に顔を上げると、春原先輩がすぐに席を立ち、副社長室へ歩いて行った。
……当たり前だ。彼女が専属なのだから。
(――あ、やばい。泣きそう。)
鼻の奥がツンと痛み、視界が歪む。
慌ててごまかすように立ち上がり、隣の総務部へ備品の補充へ向かった。
落ち着くまで適当に時間を潰すため、備品のある倉庫まで歩いた。
案の定人は居ない。
「モヤモヤするなぁ……。」
独り言も、やけに大きく聞こえる。
「じゃあドカ食いだね。」
ひょこ、っと棚の裏から大きな人影が現れた。
「ぎゃあああああ!!!!」
「く、黒川さん……。いらっしゃったんですね……。」
お化けかと思ったら社長担当の黒川さんだった。
まだ心臓がバクバクしているし、なんならちょっと涙が出た。
「あ、ごめん。気付いてると思った……。」
「い、いえ……。すみません叫んでしまって……。」
「……なんか、悩み?」
「えっ、あっ……はい……。」
流石にごまかせなかった。「モヤモヤする」って聞かれちゃったし。
気まずい沈黙が流れる。
「……よし、昼飯、行こう。俺、奢るから。」
「えっ?」
突然のお誘いに、思わず聞き返す。
「近くにさ、コスパ最高の定食屋があるんだよね。満腹になってもまだ悩むようなら、話せる人に話してみな?」
「黒川さん……ありがとうございます。……じゃあ、遠慮なく食べますよ!」
「うんうん。いいね。……あ、ってか、2人になっちゃうか、ごめん、そういうつもりじゃないんだけど、大丈夫……?」
私より遥かに大きい身体を縮めるように、オロオロしている。
ふふ、可愛い。
(……って、先輩にそんなこと思っちゃ失礼か!)
「もちろん、大丈夫ですよ!連れてってください!」
ちょうどお昼の時間になったので、2人で倉庫を出る。
身長差が大きいので、歩くスピードも当然違うはずなのに――黒川さんは、私に歩幅を合わせてくれていた。
その細やかな優しさにまた涙腺を緩ませながら、2人はお店に向かった。