1.「秘書」って、聞いてませんけど!?
――これは夢だ。絶対に夢。現実なわけない。
目の前の異動通知を前に、私は立ち尽くしていた。
「――はらさん、春原さん!」
「っあ!?ああ、室長……。」
慌てて顔を上げると、小田室長から、段ボールを渡された。
「あの、室長、これは……?」
「ふふ、緊張するのは分かるけど、大丈夫よ!ほら、早く荷物まとめて!」
4月。新年度が始まり、出勤すると、何故か辞令が出ていた。
もちろん、会社に所属している以上辞令が出るのは珍しいことではない。
しかし、普通は事前に何かしらの通達があるはずなのだ。
――それなのに。
新年度1日目の今朝まで何の知らせもなく、出勤すると異動先の部署からお迎えが来ていたのだ。
それもわざわざ室長自ら。
段ボールに自分の荷物を詰め、異動先に室長と向かう。
「あの、室長……。」
「なぁに春原さん。あ、紬ちゃんって呼んでもいい?」
「ご自由にどうぞ……じゃなくて!あの!なんで私が秘書室に異動なんですか!?」
そう。当日にいきなり告げられた異動先は「秘書室」だった。
「あら、通達行ってなかったの?ごめんなさいね……。」
「あ……いえ……。」
うう……そんな申し訳なさそうな顔されたら文句言えないよ……。
「紬ちゃんならきっと出来るわ、大丈夫。」
……小田室長、良い人なんだよなあ。
自称"秘書室のオカン"として、彼女は社内で有名なのだ。
気遣い、優しさが本当にすばらしく、まさに秘書の鑑というべきか。
今年で27歳。ごくごく普通の両親。結婚の予定はなし。
まだまだ働かないといけないし、頑張って入ったこの会社を辞めたくない。
諦めて受け入れよう。それに、秘書なんて私は向いてないし、すぐ戻されるだろう。
「……ありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします!」
段ボールを抱えたまま、室長にぺこりと頭を下げる。
「紬ちゃん……!こちらこそよろしくね。……さて、やっと着いたわね。ようこそ!秘書室へ!」
とうとう着いてしまった。未知の部署「秘書室」へのドアが、ゆっくりと開けられていく――。