ある魔法都市にて
記録上は俺が魔王を倒したことになっている。
事実は違う。
途中から参加したヒーラーが回復魔法で破裂させた。
いや、本当に回復魔法で破裂させたのか?
まぁおそらく事実だろう。
マルコは幻覚と思い込み、精神科を受診したが、
結果正常と診断されたらしい。
もしその知らせがなければ、
俺も幻覚と思い、精神科を受診していたかもしれない。
記録では、俺が魔法を放ち、
魔王の急所に当たったため、破裂したとなっている。
間違った記録について、最初は良いと思っていた。
俺の知名度はとんでもないほど上がり、
どの街に行っても俺の名前を知らない者は殆どいなかった。
知らなければ異端者扱いされるほどだ。
もともと女には困らない方だったが、
倒してからは、もはや手に余るぐらい
女が周りにいるようになった。
とはいえ、好き勝手できるわけじゃない。
俺が魔王を倒してないとはいえ、ちやほやされるのも
悪く無いと思っていた。最初は。
「よう!魔王を倒した勇者様!俺に剣術指南してくれよ!」
こういった輩も出るようになった。非常に迷惑だ。
だが、変な対処をしたら最後、
週刊誌等に取り上げられ、有名さが悪い方向に働き
今度は石を投げられるようになる。
そういった流れは、過去の歴史が教えてくれる。
思い詰めた挙げ句、自ら命を経った勇者が過去何人もいる。
先代の魔王を倒した勇者も、死因はその勇者自身によるものだ。
そういう出来事があったのに、人はまるで変わらない。
「すまない。先約があるんだ」
「なんでえ。つまんねえの」
まだ倒して1ヶ月と経っていないが、
ずっとこの調子だ。そろそろこういった輩を弾くような、
用心棒を雇ったほうがいいのかもしれない。
後で大臣に相談してみよう。
「ねーえ。宿屋に連れて行ってよ」
見知らぬ女が腕を絡ませてきた。面倒だ。
冗談じゃない。これも週刊誌に何を書かれるか
分かったもんじゃない。
いつまでこのような生活が続くのだろう。
魔王を倒す前は丁度良かったのかもしれない。
正規の討伐隊はいくつもあり、
その頃でも有名とはいえ、今と比べればあまり目立たなかった。
いっそのこと、俺は魔王を倒していない。
と公表すればよいだろうか。
いや、何をされるか分かったもんじゃない。
石を投げられる程度では済まないかもしれないな。
世知辛い世の中だ。
多分大臣に頼めば、週刊誌やその他報道機関に圧力をかけることもできるだろう。
だが、そうしたところで俺が好き勝手できるわけではない。
勝手に憎しみを持って、こちらを隙あらば叩こうとする連中は腐る程いるのだ。
まぁ、そういう連中は無いことさえもでっち上げるのかもしれないが。
はあ。人のいない里でのんびりと暮らせるのなら良いのかもしれない。
マルコはフェンベディノン村に移住するらしい。かなり辺鄙なところだ。
だが、田舎は不便なことも知っている。
魔法都市の生活に慣れた俺では上手くやっていけないだろう。
あのヒーラーが羨ましい。
あれほどの力を持ち、なおかつ人に接する気苦労もないのだから。
そして、周りから石を投げられようものなら、
全てを敵にしたとしても排除できる能力を持っている。
あいつは今何をやっているのだろうか。
暗黒竜ガモスを討伐したのも、もしかしたらあいつかもしれないな。
あれほどの強大な力、国も間違いなく警戒しているだろう。
管理できない圧倒的な力は皆恐れる。
根も葉もない事件をでっち上げ、
ヒーラーを討伐しようとする軍関係者もいるだろうな。
だが、誰も討伐することは不可能だろう。
違うのだ。強さの次元が。
狡兎死して良狗烹らる。
狡猾ですばや兎がいなくなれば、賢い猟犬は必要とされず
煮られてしまう。
活躍した忠臣が、戦いが無くなった世の中では邪魔とされ、
消されてしまうことを指した言葉だ。
だが、あのヒーラーは猟犬じゃないな。どう考えても。
どちらかといえば、猟犬は俺かもしれない。
だが、俺は国を左右する強大な力は持っておらず、
また魔王も復活するかもしれない。
必要がある以上、まだ処分されることはないだろう。
そう思いたい。