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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

この感情は言葉にできない ~お嬢様と皇子の婚約が決まってしまいましたがメイドの私はどうしたらいいのでしょうか~


「一曲お付き合いいただけるかしら、私の一番の友人として」

「……はい、喜んで」


私は差し出された手を敬々しく取りました。


――――――――――――――――――――――――


 私はコートリン公爵家に仕えるメイドの中のメイド、カレンです。


 ちょっと背は小さいですけど胸を張って毎日お嬢様のお世話をしています。朝は日が昇る前に起きお嬢様の支度を準備して、昼間はお嬢様のお傍に仕え、夜はお嬢様が寝息を立てるのを確認してから就寝します。


 おっと、お嬢様の説明をしてませんでしたね。コートリン家の長女ミリア・コートリン様は絹のような白髪、切れ長の凛とした青い目、しなやかですらりとした体形、目を奪う蠱惑的な微笑み。何をとってもお嬢様の中のお嬢様、そんな方です。


 私は今なんともいえない複雑な気持ちです。本当に複雑なんです。なんと明日にはミリア様とこの国の第三皇子であるレオン殿下との婚約を祝う夜会が控えているのです。



 私がミリア様と出会ったのは十年前、私が十二歳、お嬢様が八歳のときでした。


 一目見て何と美しい方なのかと息を呑みました。本を読む姿は子供ながらに完成されていて、触ってはいけないような雰囲気を放っていました。


「きょ、今日より身の回りのお世話をさせていただきます。カレンです!よろしくお願いします!」

「……そう、よろしく」


気合を入れた私の挨拶を一瞥して、すぐに手元の本に目を戻してしまう。従者の私からここで話しかけることははできないので少し身の置き場のない感じを味わいました。そんな初対面でした。



「お召し物はどうしましょうか?」

「適当に見繕ってちょうだい」


「明日は朝から家庭教師の方がいらっしゃいます」

「そう。あとは自分でできるからもうあなたも自室に戻っていいわよ」


昔のお嬢様は話しかければ返してくれるし、メイドの私にも傲慢になることもない。しかし、一歩を踏みこませまいというか、周りに興味がないというか、よく言えばクールなお方でした。


「今日の紅茶は何にいたしますか?」

「……隣領の茶葉を強めに。それにミルクをスプーン二杯」


紅茶には少しこだわりがあるみたいだけれども。



 それが変わったのは二年ほど経ったある日のことでした。


「今日は珍しく料理長が作ったフィナンシェになります。今回のは今までで一番美味しいんですよ! 外はカリッと中はしっとりしていて、アーモンドも香ばしくて……。あ、その」


私は美味しさに自分を忘れて失言してしまったのでした。


「えっと、味見していいぞって料理長に言われた、じゃなくて毒見です! お嬢様に美味しくないものを食べさせるわけにはいかないので、その毒見です! 盗み食いとかじゃないんです。ほんとですよ!」


矢継ぎ早に言ったことで逆に本当に盗み食いしたかのようになってしまいました。


「ふふっ、何よそれ。というか今までで一番って、今までも食べてたんじゃない」


お嬢様はそう言って顔を綻ばせました。お嬢様が笑っているところを見たのは初めてのことでした。小さな微笑みが目に焼き付いて離れませんでした。今になってもその幼くも蠱惑的な笑みは鮮明に思い出せます。


私は積極的にミリア様に話しかけるようにしました。その笑顔が見たかったからです。


そうしてしばらく、ミリア様は私にいろいろな表情を見せてくれるようになりました。


私がミリア様にお願いして、街にでかけることもありました。


「お嬢様、ここの菓子メイドの中でも話題なんですよ。少し入ってみませんか」

「たまにはそういうのもいいわね。美味しい紅茶があるといいのだけれど」


席につきメニューを眺めるお嬢様は絵画のようでした。売りにしている焼き菓子と紅茶を注文しました。


「ここの紅茶……。いつも飲んでいるものの方が美味しいわね」

「私が淹れるのが上手いからじゃないですか?」

「うーん、うちでは最高級の茶葉を使っているからじゃないかしら」

「ひどいです。お嬢様」


そんな軽口も叩き合えるようになりました。


「ふふっ、冗談よ。……その、あのね。お嬢様じゃなくって名前で呼んでくれないかしら。だってもう私たち友達じゃない?」

「……! お嬢様! いえ、ミリア様!」


肌が白いせいで頬が赤いのが丸わかりなのがとても愛らしい。


 その姿を目で追ってしまうようになったのは、私だけに見せる微笑みに鼓動が早くなったのは、いつからのことでしょう。


 ミリア様は十二歳となり貴族学院に入学する歳となりました。そのころにはお嬢様と私の背丈は同じくらいになっていました。

 

「ねえカレン、見なさい。入学試験の成績、次席だったのよ!」

「へー、おめでとうございます。勉強できたんですね」

「なによ。意外そうな顔して」

「いえ、いつも本読んでるだけあるんだなあと思っただけです」


得意げな顔をして自慢してくることもありました。ミリア様自ら話しかけてくれるようにもなりました。私はそんなからころと響く透き通った鈴のような声に蕩けてしまうようでした。



 そうして貴族学園に入学したミリア様は運命の出会いをしました。そう、レオン皇子殿下です。プラチナのくせっ毛に力強い大きな目、鍛えていることを思わせる引き締まった高い背格好。入学試験では首席で分け隔てなく優しさを振りまく。これぞ皇子様、といった理想のような人です。


 早くから皇子殿下とうちのお嬢様が婚約するのではという噂はありました。皇子に対して身分的にも年齢的にも適した相手が数人しかおらず、小さいころから美貌を我がものとしてきたミリア様が選ばれるのは至極当然のことでした。


「皇子殿下との顔合わせ、緊張してきましたね。はあ」

「私よりカレンの方が緊張してどうするのよ。はあ、……私まで緊張してきたじゃない。」


お互いため息を付きあっているとコンコンとドアをノックする音が聞こえます。はい、と返事を返すと皇子殿下一行が連れ立って入ってきました。


「は、初めまして、コートリン公爵令嬢。私は第三皇子のレオン・ライオネルです。あの、好きだと聞いた花だとか焼き菓子だとかを一応持ってきたのですが。えっと、まずは、その、どうしたらいいのだろうか……」


皇子様然とした見た目とは裏腹な、私たちよりも緊張しているたどたどしい姿、そんなギャップにうちのお嬢様はやられてしまったのです。ここまで目を見開いたミリア様を見たのはこれっきりです。


 二人は時間をかけて仲を育んでいきました。のろけ話を聞かされる私の身にもなってくださいよ。ミリア様はどんな気持ちでこの話をしているんでしょう、と何度思ったことか。


「皇子殿下がね。私の誕生日にネックレスをくれたの。でも無駄に装飾が大きいのよ。」

「はあ、それはそれは良かったですね」

「不格好って言ったのよ。贈り物のセンスはまだまだね」


つんけんとした物言いだがネックレスを見つめるまなざしはうっとりとしていた。



 そんなこんなでミリア様の六年間の貴族学院も卒業を迎えることとなり、その際に皇子殿下とミリア様の婚約を発表する夜会のお触れが出されました。なんだか夢うつつで日々の仕事をこなしました。


「なんか口数少なくないかしら。カレン体調でも悪いの?」

「……その、ですね。子供が結婚するときってこんな感じなのかな、と。あはは」

「私とカレン、四歳しか歳が離れてないじゃない。バカね」


そう言って私に呆れた目を向けながらふっと笑うミリア様。

こんなもの親心なんかではない。そんなこと私が一番わかっています。


「明日は早いんですから、もう寝ましょうか」

「そうですね。おやすみなさい、カレン。」

「はい。おやすみなさい」


私は色々と考えてしまって寝つけませんでした。


――――――――――――――――――――――――


 ついにこの日が来てしまった、などと感慨にふける時間もありません。朝から夜会の準備にてんやわんやで、ミリア様の衣服の最終確認や私自身の準備も大変でした。


残りの仕事は他のメイドに任せ、最後はミリア様の支度のみとなりました。


「今日だけは本気でお化粧させていただきますよ」

「今までは本気じゃなかったってこと?」

「い、いえ。言葉の綾ですよー。あはは。とりあえず目をつぶってくださーい」


いつ見ても透き通るような肌です。毎度のことながらちょっとキスを待っているみたいで緊張します。


「ねえ、早くしてくれない?」

「あ、えっと、その、どんな風にするか悩んでました。すみません」


誤魔化しつつも、気合を入れ化粧にとりかかる。二時間ほどかけて化粧を行い髪を整えました。自画自賛になりますが会心の出来だと思います。まあ素材がいいだけなんですが。



 いよいよ夜会が始まるときがやってきました。桃色の少しタイトなドレスに身を包んだミリア様。傍に控え入場の相図があるのを待つ私。なんだかそわそわしてしまいます。


 遂に扉が開きます。乱反射するシャンデリア、絢爛な装飾、壮麗な女神像、様々に着飾った貴族の方々。そんな光の中へ進んでゆくミリア様。ゆっくりと一つずつ歩みを進める艶やかな姿に誰もが息を呑んでいます。私は暗がりからその姿をぼんやりと眺めていました。


白いタキシードに身を包んだ皇子殿下は目を見開いて馬鹿のように呆けています。ふん、優男のくせにキザったらしい格好なのが悪いんですよ。


そんな皇子を見てドッキリが成功したかのように嬉しそうに笑みを見せるミリア様。私には見せてくれない、愛しいものを見るような柔らかい微笑みでした。私は胸が締め付けられるようでした。

 

しばらくして宰相より皇子殿下と令嬢が婚約を結ばれました、との紹介がされる。お二方は誓いの言葉というやつを揃って読み上げ、サインをします。


それはとても現実味のない光景でした。いいえ、少し違いますね。――これが現実だと思いたくありませんでした。



 ふわふわとした気持ちのまま時間だけが過ぎていきました。つつがなくお二方の紹介に加え国王陛下や公爵様による一言も述べられ貴族様が自由に歓談をする時間となりました。


「カレン、何よそんなに呆けて。これから忙しくなるのよ。しゃんとしなさい」

「そうですね。その通りです。大変申し訳ないです」

「……いつもなら軽口を言うのに。素直に謝るなんて張り合いがないわね」

「あ、そのすみません」

「……まあ、いいわ」


覚悟は決めていたはずなのに、思っていたよりもショックだった自分に驚きます。


 そうしていると貴族様方がひっきりなしに挨拶に来ます。おめでとうございますやらお似合いですやら、覚えをよくするために頑張っているのが丸わかりです。


その手の輩と幾度会話をしたでしょうか。ミリア様もさすがにお疲れのようです。朗らかに会話しているように見えますが、笑みは張り付けたように固まっています。ここから連れ出すためのでっちあげる適当な理由を考えていると爽やかな声がかかりました。


「ミリア。一曲踊ってくれないかい?」

「あら、殿下から誘ってくれるなんて珍しいですわね。もちろんです」


 ミリア様は殿下に手を引かれホールへと向かってゆく。たまには殿下も気が利くじゃないですか。私が色々考えていたのは無駄になっちゃいましたけど。


 お二方はリズミカルにぶれることなくステップを踏み、ひらりと舞うように踊ります。誰もが目で追ってしまっています。ミリア様のピンクの服が皇子殿下の白い服と混じり合い蠱惑的でもありました。


 数曲に及ぶダンスが終わると誰からとなく拍手が起こりました。それにこたえるように一礼し、腕を絡ませ戻ってくるお二方。頬を上気させつつ幸福に身を包んで、他者が踏み込むのを躊躇わせるようでした。そう感じたのは私だけでしょうか。


 その後はミリア様は学院で仲の良かった令嬢らとリラックスした会話を楽しんでいました。



 夜会も終わりに近づいてきました。いつまでも夢の中のようで一瞬の出来事であったように感じます。


「ねえ、ちょっと」


ちらりとミリア様が手を招いています。内緒話があるときによくやるやつです。何かと思い耳を近づけます。


「少し外に出ない? お願いごとがあるの」

「わかりました。けどなんですかお願いごとって」

「秘密よ。そんな大層なことじゃないわ。早くいきましょ」


 お嬢様はすぐ戻るわと適当な理由を周囲に言いつつ私を連れて両開きの大窓に向かいます。そこには漏れ出た夜会の光が木製の床に反射してほのかに明るいテラスがありました。


「……カレンって踊れたりする?」

「メイドにダンスが出来るとお思いで?」

「そんな堅苦しいものじゃなくていいのよ、誰も見てないし。それにちゃんとリードしてあげるわよ」

「ならいいですけど……」


そう言って微笑みを見せるお嬢様の真意を測りかねて逡巡していると、お嬢様は真剣な顔をして私と視線をぶつけます。何秒そうしていたでしょうか。物憂げに静かに奏でられる音楽だけが響いていました。


 沈黙を破ったのはお嬢様の言葉でした。意を決したようにこう言いました。


「一曲お付き合いいただけるかしら、私の一番の友人として」

「……はい、喜んで」


私は差し出された手を敬々しく取りました。しっかりと足を踏みしめステップを踏みます。ぎこちないがそれでもリズムは取れているはず。


「――楽しいわね」

「――そうですね」


交わす言葉は少ない。躊躇うかのようなミリア様の顔が近くに来ます。


「ねえ」

「はい? どうかされましたか?」

「……いえ。なんでもないわ」


その後はどちらも口を開かずステップを踏み続けました。

 ややあって音楽も聞こえなくなり、夜の静けさが際立つ。ミリア様はいつもと変わらぬ微笑みを浮かべて口を開きます。


「また明日からもよろしくね。カレン」

「言われなくてもわかってますよ。ミリア様」


「そろそろ戻りましょうか」

「はい」


 斜め後ろから優雅に歩く姿を盗み見ます。ミリア様はそんな私の視線に気づきながらも歩みを止めることなく夜会へと戻っていきました。


 私は明日には普段のメイドの仕事に戻らなければいけません。それでも今日のことを胸に刻んで。いえ、感情とともに胸に秘めてミリア様と過ごすのでしょう。


この感情は言葉にはできません。言葉にしてはいけないのです。この関係を終わらせないためにも。




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