26 【番外編 5】 誤解と気づき
「……どんな子」
「うーん、サチよりちょっと年下くらいかなあ」
「かわいかった?」
小さく笑いながら彼はうなずいた。
「嘘でしょ。それは有罪! 洗いざらいすっかり白状しろ!」
「何だよ有罪って。判決出してから白状しろとか、手続きひっくり返しすぎだろ」
「何て言われたの」
にやにやしているリョウトに無性に腹が立って、私は問い詰めた。
「ええと、顔をのぞきこまれて『お兄さんは、ホーンテッド・マナーハウスから逃げてきたの?』って」
「え、お化け屋敷で怖がってたってこと? ダメだよ、ずるい! お化け屋敷上がりだなんてそういうかわいいところを見せるのは私限定にしておいてくれないと」
彼は、どうどう、と私のほうに両手のひらを向けた。
「お化け屋敷上がりって。風呂上がりみたいに言うなよ。そんなんじゃなくて、単なる乗り物酔いだろ。ちなみに、その子の思ってたことも違ったよ」
確かに、私も逆上しておかしなことを口走ってしまったかもしれない。深呼吸して気持ちを落ち着けつつ、改めて問い直した。
「……どういうこと」
地を這うような暗い声になったのは、しょうがないと思う。
「そうやって唐突に、全然違うこと聞かれたから、そうじゃないって答えたら、すごく心配そうに言われたんだ。『嘘つかなくてもいいんだよ。お客さんを上手に怖がらせられなくて、オバケの親分さんに怒られちゃったんでしょ。本物のオバケさんなんだから、ちゃんとごめんなさいしたら許してくれると思うから、一緒に行ってあやまろう?』って」
「待って、オバケの親分さんって何? 本物のオバケさんって何? リョウト、誰に何だと思われたの?」
「七歳くらいのお嬢さんに、仕事をしくじって逃げ出した、貴族の館の地縛霊だと思われた」
「ええーっ」
こらえきれずに笑いながら言うリョウトに、私もふきだしてしまった。確かに、もともと色白で端正な顔だちが、血色を失って青ざめて見えたし、目の下にはちょっとクマまで浮いていたかもしれないけれど。
「何それ。その勘違い、かわいすぎる!」
「な。サチよりちょっと若くて、かわいいお嬢さんの話」
「ちょっとじゃないですから。大分若いでしょ、その子。でも、その後どうしたの?」
「オバケじゃないって言っても信じてくれなかったから、これを見せた」
リョウトは、肩に引っかけていたワンショルダーのリュックサックを私のほうに向けて、その取っ手の部分に取りつけていた大ぶりの飾りを見せた。
「ユニッキーくんのしっぽ?」
ベルト通しやバッグにつけるチャームだ。商品名が『ユニッキーくんのしっぽ』である。私が、買ってもらったカチューシャのかわりに、噴水広場のワゴンで買って彼に渡したものだった。
タッセル飾り、というのだろうか。
キラキラしたオーロラ色のフィルムに遊園地のロゴが印字されたものや、偏向パールっぽい色の層が蒸着された半透明の色とりどりのテープ、ラメ糸が織り込まれた淡いブルーのリボンなど、細い帯状のさまざまな素材を取り揃えて束ね、端をワニの口のような頑丈な金具でぎゅっと押さえて大きな房にまとめたものだ。ワンタッチで好きなところにぶら下げられるよう、端押さえの金具には、カニの爪のような形の大きな留め具も取り付けてある。
耳のついた野球帽や、ユニッキーカラーのニット帽では、さすがに受け取ってくれないだろうと思って選んだ。それでも、即その場でパッケージを開けてリュックサックにつけてくれた時はびっくりしたし嬉しかった。十中八九、そのリュックの中にしまい込まれるだろうと思っていたのだ。
「そのしっぽで、どうやってその窮地をしのいだの?」
「僕は、遊園地に来たみんなと噴水の横でごあいさつした後で、お仕事の休憩時間をもらったユニッキーなんだ。このしっぽが証拠なんだけど、休憩時間でくつろいでる姿でみんなをびっくりさせないように、できるだけユニッキーとは違う姿に化けたんだよ、って」
リョウトは少し高めの声色を作ってみせた。
「それで、今はカノジョのユニーちゃんが来るのを待ってるところなんだけど、ユニーちゃんも普通の女の子に化けたところだから、みんなとユニーちゃんを心配させないように、僕が秘密を君に話しちゃったことはナイショにしてくれる? って」
そんなお子様対応機能、搭載されていたのか、と一瞬驚いた。けれど、よく考えてみたら私の小さい頃にはずいぶん面倒を見てくれたのだから、このくらいの機転は、彼にとっては昔取った杵柄なのかもしれない。
「信じてくれた?」
「ものすごく下手くそなウインクをして、『デート楽しんでね!』って言ってくれたから、大丈夫なんじゃないか」
「おませさんだなあ。かわいい」
「だろ」
リョウトは小さく笑った。
「で、その子がちゃんとご家族のところに帰れるか気になって、目で追ってたから、気が付いたんだ」
「何に?」
「そのお嬢さんも、ご両親らしい人と合流して、あのスピニングボートに並んだ。でも、お母さんらしき人は、はた目からみても分かるくらいお腹が大きくなった妊婦さんだった」
「妊婦さんにあのアトラクションは無理じゃない?」
「うん。でも、三人で並んでたんだよ。それで、最後、アトラクションの入り口ぎりぎりのところで、お母さんがすっと動いたんだ。ほら、見ててみ」
リョウトは、たった今私たちが並んでいる列の、少し先を指さした。抱っこ紐で、眠ってしまった小さな子どもを抱えた父親らしき男性が、小学校高学年くらいの男の子と母親らしき女性に何か話しかけている。
その男性は次に、アトラクションのエントランスゲートでワンデイパスポートと身長を確認していた係員に声を掛けた。その係員は笑顔でうなずくと、プラットホームに続くのとは別の方向に向かって伸びている小道をふさいでいたチェーンを取り外して、男性を手招きした。
「ああやって、乗れないけど一緒に並んでた人が、ギリギリのところで列を抜けて、別ルートで出口に向かってるんだよ」
「へえ! あんなシステムあるんだ!」
私もびっくりして声をあげた。
「やっぱり、サチも知らなかったか。俺も、物心ついてからまともにこういうテーマパークに来たことなかったから、初めて見たんだよ。ちゃんと来てたら気が付いてたんだろうけど。並ぶためだけに並んで、結局アトラクションに乗らなかったとしても、その時間ってあのお父さんやさっきのお母さんにとって、無駄なんかじゃ全然なくてきっと大切なんだなって、見ていて実感できたというか」
だから、と彼は繋いでいた手をぎゅっと握りしめた。そっと私の耳元でささやく。
「最後乗るところだけ一人にして悪いけど、あのエントランスゲートまで列が進んだら、俺はあっちに抜けさせてもらっていいか」
「もちろん。このまま無理して乗るって言ったら、全力で引きずってでも抜けなきゃいけないかと思って心配してたんだよ」
ほっとして私が言うと、ぽんぽんと頭を撫でて彼は言った。
「さっきネットで調べたら、出たところのちょっと先が、ちょうど写真のベストスポットになっているらしいんだ。三連続の宙がえりが終わったところで、正面、観覧車の方向に歩道橋が見えたら、手を振って。ちゃんとスマホのカメラ構えて待ってる」














