第55話 酒を奢れ。
かつて、何故☆1マスターがこんなに弱いのかを考えたことがある。
そして出た結論が、ダンジョン探索の際スキル攻撃しか使っていないのではないか?という物だった。
俺たちとは違い、普通のマスターは手持ちサーヴァントが10人いる状態でデビューする。
もちろん半分ほどはNカードだろうが、それでもレベル10まで育てれば、公式戦での戦力にはならなくても、第9階層までの雑魚狩りにはそれなりに使える様になる。
10人ものサーヴァントのスキルを駆使して雑魚狩りを行えば、何とか日々食べて行けるくらいには魔石を入手出来るので、赤字覚悟でボス補正を受けたボス&取り巻きと戦ってまでレベリングしようとは思わない。
その結果、何年続けてもサーヴァントのレベルは大して上がらず、素殴りを駆使してでもレベルを上げようとする意欲ある新人マスターに蹴落とされてしまうのではないかという結論に到った。
「貴方なりに努力は続けていたのでしょうけど、上ではなく下を見始めた時点で、貴方の成長は止まってしまったということです」
実際Rレベル28というのは、☆1マスターの中では1,2を争うレベルだろう。
第10階層のボス狩り周回をしていなかったのなら、☆2時代にそこまで上げたということになる。
だが、獣人はスピードに優れる代わりに魔法に弱い。☆1ではレベル差で勝てても☆2では通用せず、昇格と降格を繰り返していたのだろう。
「…俺の負けだ。ガルムよ、長い付き合いだったがここまでのようだ。次は俺のような情けないマスターに捕まるなよ?」
「さらばだ、グランよ。このような結果となったが、お前に仕えた日々はそう悪い物ではなかったぞ」
うーん。2人して何だか感動的な別れのシーンを演じてるんだけど、俺たち狼獣人のことを使うつもりないんだよね。このあと速攻でショップに売り飛ばして、引っ越し費用の足しにするつもりなんだわ。ちょっとだけ申し訳ない気分になって来るな。
「貴方はまだマスターを続けるのですか?」
「どーすっかな?デビュー以来の付き合いだったガルムも失っちまったし、もうHNしか残ってねぇ。☆2に上がっても、直ぐに落っこちるのが目に見えてるからなぁ。引退するか☆1でズルズル続けるか…」
まぁ負けた直後に進退は決められんわな。
「そうですか。あぁそうだ。私が☆4以上になったらいつでも会いに来て良いですよ?サインと一緒にお酒を奢ってあげましょう。ただし、お酒の値段はその時の私のランク次第です。出来るだけ高いお酒が欲しければ、私がどこまで行けるか見続けることですね」
「ハッハッハ!そいつは良いな。サキュバス使いの女マスターのアーニャ。アンタがどこまで行けるか見届けてやるよ。これ以上は無理だと判断したら、容赦なく酒をせびりに行ってやるからな?」
お?これは、おっさんが以前話した笑い話の引用だな。
「一応言っておきますが、引退後に来ても奢りませんからね?精々私たちの実力を見極めることです」
「大層な口は☆4に昇格してTVに出るようになってから叩きやがれ」
「合言葉は『☆1の10戦目でお前に負けた男だ。約束通り酒を奢れ』にしましょう。貴方の顔や名前は忘れても、それを聞けば今日の約束は思い出すでしょう」
それって『お前のことなんかすぐに忘れちまうけど、酒を奢る約束をした男がいたことだけは覚えておいてやるよ』という、アーニャ流のジョークだろうか?
「そーかい。なら精々高い酒奢って貰えるように、TVの前で応援くらいはしてやるよ」
今まで笑顔の中にもどこか暗い影があったのだが、そう言い捨てるおっさんの顔は、心なしかスッキリした様子にも見えた。




