第42話 小鬼の巣穴の主
第10階層はボス部屋のみのフロアとなっていた。
第5階層も通路が存在しないワンフロア仕様ではあったが、それよりもかなり広い。たぶん野球場くらいの面積はありそうだ。
「グルァァァァァ!!」
この広いフロアに響き渡る程の咆哮。声が聞こえて来た方を見ると、俺たちの眼前このフロアのちょうど反対側に小さく何かがいるのが見えた。
「早く来いって言ってるんじゃない?」
「バトルシステムがあるから奇襲とかは出来ないし、わざわざこっちまで歩いて来るのがメンドイんじゃね?」
向こうからしたら侵入者は俺たちな訳で、その家主にご足労願うのは確かに失礼かもしれん。
「何があるか分かりません。油断せず行きましょう」
「ちょ、ウッザ!」
「このダンジョン作った奴、絶対性格悪いわ!」
「でも実際、似たような編成を組んでるマスターはいると思いますよ?」
だろうね。ウザいこと山の如しだけど!
【小鬼の巣穴】の第10階層ボスは3人パーティだった。第5階層がホブゴブリン1人だったから、ボス戦はそーゆーもんなのかと思い込んでいた。
でも前世のゲームでは、ボスがお供を連れてるなんて普通にあることだったわ。
R:下級夢魔(♀) レベル10 HP:29
R:妖精(♀) レベル10 HP:19
VS
R:ゴブリンキング(♂) レベル10 HP:90
HN:ゴブリンプリースト(♀) レベル10 HP:36
HN:ゴブリンプリースト(♀) レベル10 HP:36
ボスはゴブリンキングだが、お供にプリーストが2体も居る上、どちらもHPが2倍の補正を受けてやがるっぽい。
近付きながらある程度は作戦会議をしてあるが、当然イレギュラーな自体も起こり得る。
その時はマスターであるアーニャの指示が重要になって来るだろう。
「ピーちゃん【アローレイン】でキングに集中攻撃です」
「いっけー!」
ピー助が魔法の矢をゴブリンキングの頭上へと射掛けると、次第に放たれた矢が分裂して行き、都合10本の小さな矢となってキングへと降り注いだ。
「グォォォ!」
ゴブリンキングも黙って立ち尽くしている筈もなく当然逃げようとするが、範囲指定された直径10mのサークルには半球状のバリアが張られており、外に出ることは出来ない。
キングは矢の雨を避けることは不可能と判断したのか、せめてクリティカルヒットだけは避けようと防御を固めていたが、それでも魔法の矢による雨は大ダメージであった。
「アローレイン、ヤバいな。単体相手に集中するとここまで火力出るのかよ?」
2pt×10本×MENのステータス差による補正込みで40ptくらいのダメージを叩き出しやがった。
「さっちゃん【セクシービーム】でキングに追撃して下さい!」
「ピー助にだけ美味しいとこ持って行かれてたまるかよ!」
尻尾の先端からハート型のビームを撃ち出す。
キングは俺が何かしようとしていることには気付いたものの、アローレインによる大ダメージの影響で身体が思うように動かず、真正面から撃たれるセクシービームに対して何も出来なかった。
「ゴァァァァ!?」
5pt×男特攻1.5倍×クリティカルヒット1.5倍×MENのステータス差で20ptくらいのダメージを与えることに成功した。
ピー助の与ダメの半分ほどではあるが、俺のセクシービームの本領はここからだ。
キングの残りHPは既に半分を切っているが、生きてさえいれば攻撃出来る。
俺もピー助も物理属性攻撃には強くないので、キングの一撃でやられてしまう可能性もゼロではない。
失敗だった時に備えて、いつでも逃げられるように身構えていたのだが、どうやらキングが攻撃して来る気配がない。
俺の方をボーッと見つめている。試しに横に歩いてみると、それを追うように首が動いて俺から目を離さない。
「ボスには状態異常攻撃が効かない可能性も考えてたけど、無事『魅了』されてくれたようだな?」
キングは現在、俺に見惚れて棒立ち状態だ。
ピー助には火力で劣っていたとはいえ、大ダメージを与えた俺に見惚れるとか、ドMかな?
キングは木偶の坊と化しているが、ここからが奴らのターンだ。
「ギャギャー(ローヒール)」
「ギャギャー(ローヒール)」
相変わらず回復量がおかしい。
ゴブリンプリーストの特性に『ゴブリン族に対する回復魔法の効果が5倍になる代わりに、他種族への効果が半分になる』ってやつがあるらしいんだが、それの所為で本来は微小回復(2pt)の筈の【ローヒール】で10pt回復している。それが2発だ。
お陰で俺のセクシービームで与えたダメージ分がほぼ帳消しにされてしまったが、既に結果は見えた。
回復したとはいえ、キングの残りHPは約50pt。
アローレインとセクシービームの合計与ダメは約60ptなので、もはやキングのターンが回って来ることはないだろう。
なんらかの理由によりキングが生き残ったとしても、第3ターンの初手でピー助がアローレインをキングに撃てば確実に撃破出来る。
プリーストには攻撃スキルは一切存在しないので、残りのMPを振り絞っても倒し切れなかった場合、ミシン針でチクチク刺すことになるだろう。
ピー助が空中に逃げればプリーストにはなす術がないので、長い泥試合の果てに勝つことは出来る。
非常に微妙な勝ち方なので出来れば避けたいが、こればかりは運次第だ。でも、俺のLUKってSTRとVITに次いで低いんだよなぁ。
「おりゃー!」
ピー助がアローレインを放つ直前、プリーストたちがキングに近寄り、自らの身体を盾にしようと覆い被さった。
「あーもー、何発か防がれたー!」
キングの身体はデカいので、プリースト2人掛かりといえど隙間は沢山ある。狙いを定めて撃てば良いだけだ。
「セクシービーム!」
別にスキル名を叫ばなくても問題なく発動出来るんだが、何となく気合いを入れてみた。
「ギギャー!?」
キングが「またかよ!?」って言ってる気がする。すまんな、またなんだわ。
トドメを刺すことは出来なかったが、神様的な存在がダイスロールを行なった結果、再び魅了成功。
ドMなゴブリンキングくんは俺に魅了され、もはや木偶の坊と化している。
「ギィー!(あんな♀のどこが良いのよ!)」
「ギィー?(ダンジョンボスとして恥ずかしくないの?)」
身を挺してまで守ったというのに、2度も魅了されて木偶の坊と化したキングに愛想を尽かしたのか、プリーストはダンジョンボスの取り巻きの回復係という職務を放棄して、持っていた杖でキングに殴り掛かった。
「えぇー!?」
イレギュラーな事態が起こるかもとは覚悟していたけど、こんな状況は流石に想像すらしてなかったわ。
もしかして、プリーストたちって両方♀だし、キングのオンナだったりするんだろうか?
自分のオトコが、異種族の♀に魅了されて骨抜きになってる姿なんて見せられたら、職務放棄して殴り掛かっても許されるかもしれんな。
もちろんプリーストたちの心の叫びは俺の想像だ。でも、そう間違ってはいないと思う。
プリーストたちが自分のターンが終わり、既にノーダメ判定になっているにも拘らずキングを殴り続けている姿を見て、俺はそう確信した。