第31話 蜃気楼
俺のHPはまだ13ptも残っているが、ピクシーのHPはたった1ptしか残っていない。
もはや勝負は付いていると言っても過言ではない戦況だ。
「拙い、非常に拙いぞ。どうすればここから逆転出来る?」
どうやらアレックスは、まだ勝負を諦めてはいないようだ。
ピクシーが俺に与えられるダメージは4ptだから都合4発当てなければならない。仮にクリティカルヒットを2連続で出すミラクルを起こしたとしても、妖怪1タリナイさんが現れて、今度は俺が生き残る。
逆に俺は。何でも良いから一発ぶち込めば良いだけなので、むしろ負ける方が難しい。
「もう勝負は付いたと思うのですが、降参しないのですか?」
降参を進めて来るアーニャのセリフは、奇しくも昨日アレックスがマイケルに掛けたセリフと同じであった。
昨日は、忠告を無視してバトルを続行したマイケルを見下していたアレックスだったが、今日は自分がその立場に晒されていることに、アーニャのセリフで気が付いた。
「それは無理な相談という物だよ。学生時代ずっと恋焦がれ続けた貴女が僕の目の前に、手を伸ばせば届くかもしれない場所に立っているのだ。どれほどみっともなく滑稽な姿であろうとも、マスターとして、いや一人の男として、諦められる訳がないだろう!!」
これが少年漫画だったなら、バトルには善戦虚しく負けてしまうものの、その一途で真剣な想いに心打たれたヒロインが「お友達からで良ければ…」とか言ってフラグを立てるシーンかもしれないが、残念ながらこれって現実なのよね。
「ごめんなさい。男の子には興味ないんです。私の好きなタイプは、さっちゃんみたいな可愛い子なんです」
「ぐぼぁ〜!!」
可能性など最初から一欠片も無かった。手を伸ばせば届く場所に立っていると思ったら、それはただの蜃気楼でしかなかったのだと知ったアレックスは、見えない血を吐いて膝から崩れて落ちた。
しかしそうか。アーニャは男に興味なかったのか。そして好きなタイプは俺だと。あれ?これってもうフラグビンビンに立ってね?住んでる家一緒だけど、お持ち帰り出来んじゃね?
おや?アーニャお持ち帰り計画を練り始め矢先、何故か俺のターンが回って来たぞ?
あっそうか。アレックスが漫画の主人公ムーブしたり崩れ落ちてる間に、ピクシーの攻撃猶予時間が経過しちまったんだ。
サーヴァントがマスターの指示も無く勝手にスキル使ったりする訳がないので、ピクシーは貴重な1ターンをただ空中にホバリングしてるだけで終わってしまった。心なしか目のハイライトが消えている気がする。
まぁ無理もない。絶体絶命な状況でも最後まで諦めずに戦うかと思いきや、敵のマスターに告白して玉砕し、ショックで地面にぶっ倒れているのが自分のマスターなのだ。百年の恋も冷めるってもんだ。
あまりにも不憫過ぎる。もうトドメを刺してやろう。オーバーキルしていたぶる趣味はないし、素殴りで良いだろ。
フヨフヨと飛んで行き、ピクシーの前で止まる。
「よぉ。何つーか、ドンマイ」
「もうどうでも良いわ、あんな男。これからは貴女たちの仲間になるのね。マスターも貴女も可愛いし、楽しくなりそうだわ」
同僚が大鬼と不定形粘体生物だもんなぁ。
マスターだけが心の拠り所だったのかもしれんのに、今や地面との一体化を試みている始末である。
「ほれ」
ペチンと叩いてピクシーのHPを削り切り、アーニャと俺の初めての公式戦は終了した。