第25話 童貞を殺す文字列
ほぼアーニャの予想した通りの展開になったな。ピクシーがバフを掛けるところまで完璧だった。
唯一読めなかったのはスライムが大ジャンプしたことくらいだが、流石にあの巨体が跳ぶとは誰も予想出来んよ。
「さっちゃん、600Gくらい儲かったよ!」
「すげぇな!昨日と合わせて800Gかよ?」
正に濡れ手に粟。
ダンジョン探索では丸一日掛けても100Gも稼げないのに、たった2試合の勝敗予想をしただけで、800Gも稼いでしまった。
…もうこれで食って行けんじゃね?ってあぶねぇ!完全にパチンカスの思考に陥ってたわ。ギャンブルで生計を立てようとかダメ人間の思考回路だよ。
リピートアフターミー。
ギャンブルは悪い文明。
よし、正気に戻った。
「とりあえず、あの兄ちゃんの動向は注意しておこう。俺らじゃあのスライムは倒せねぇし、なるべく近寄らないようにして、万が一バトル申請されたら金払って逃げるぞ」
罰金を支払っての不戦敗は公式戦を行ったとは見做されないので、連勝数がリセットされる心配はない。500Gは痛いが、背に腹は変えられん。
「さっちゃん、あの人と戦おう」
「アーニャさん?俺の話聞いてました?」
「もちろん聞いてたよ。でも大丈夫!作戦を思い付いたの」
またもや耳元でこしょこしょ内緒話をするアーニャ。
「むむむ?確かに、行ける…か?」
「あの人は自分の知識とそれに基づいた戦略に自信を持ってると思う。だからこそ、私たちならきっと上手く行くよ」
「分かった。あいつと戦うって方針は認めよう。でもどうやって公式戦を成立させるんだ?俺は賭けないんだろ?」
「さっちゃんを賭ける訳ないでしょ?それもちゃんと考えてあるよ。大丈夫だから私を信じて」
アーニャは意外と頭が良いし、勝つ為にどうすれば良いのか色々考えてるのも理解してる。
にも拘らずいまいち信用出来ないのは、たまにポンコツだからだろうか?
「まぁ、そこまで言うなら信じてやるよ」
自信満々な様子のアーニャの勢いに負けた俺は「上手く行きますように」と自称GRのアレに祈りを捧げた。
「こんにちは。勝利おめでとうございます」
「えっ?アー、皇さん?」
「はい。お久しぶりです。卒業式以来でしょうか?」
これも作戦の一環なのか、今はおすましアーニャさんだ。
それと今更だけど、アーニャのフルネームは『アーニャ皇』だ。
この世界ってハーフっぽい名前の人が多いんだよね。
「皇さんも、さっきの僕のバトルを見ていてくれたのかい?」
「はい。鮮やかな勝利でしたね」
バフを貼って味方のAGIを上げ、速攻で相手の唯一の攻撃手段を撃破する。確かに見事と言う他ないだろう。
「いや、運が良かっただけだよ」
アレックス少年は謙遜しているが本心の訳がない。アーニャに褒められて口の端が僅かにニヤけている。
「実はお願いがあるのですが、聞いて貰えませんか?」
「何だい?僕に叶えられることなら協力するよ?」
アーニャのお世辞に気を良くしたのか、好意的な返答だ。
「明日私と、その子を懸けて公式戦をしてくれませんか?」
アーニャはアレックス少年の肩に座っているピクシーを指差した。
「アーニャを?」
「…?私ですか?」
アーニャは首を傾げているが、俺は全てを察した。彼はアーニャと同じ学校出身で思春期の性少年(誤字ではない)なのだ。女キャラの名前を考える時、ついノリでやっちゃうことってあるよね?
「いや、何でもないよ。ピクシーを賭けて公式戦ということは、皇さんもRカードを賭けるということだよね?横にいるサキュバスを賭けるのかい?」
「いえ、Rカードはこの子しか持っていないので賭けられません。代わりにお金を賭けます」
「…いくら持っているんだい?」
さっきまでアーニャにデレデレだったアレックス少年だが、流石に訝しげだ。
「あんまり余裕がないので、600Gなら何とか」
それさっきアレックス少年のお陰で儲けた泡銭じゃん。万が一読みが外れて負けてしまったとしても、決して損はしないように動いてやがる。
「相場の最低価格と殆ど変わらないじゃないか。流石にそれでは釣り合わないよ」
「もちろんそれだけじゃありません。私が負けたら『何でも言うことを聞きます』それでもダメなら、残念ですが諦めます」
「…皇さんが、何でも?」
ゴクリと生唾を飲むアレックス少年。こいつ完全にエロいこと考えてやがる。サキュバスだからハッキリ分かるんだよね。
「そ、そうだなぁ。オーガなら受けてあげても良いよ?」
「いえ、オーガでは意味がないんです。さっきの公式戦を見てて、ピクシーちゃんに一目惚れしたんです!」
「いや、しかしこの子は…」
「お願いします『何でもします』から!」
アーニャはここが勝負所と判断し、童貞を殺す文字列を叩き付ける。
「わ、分かった。勝負を受けるよ」
「本当ですか?ありがとうございます!」
「申請はどちらから送る?分からなければ僕から送ろうか?」
「いえ、大丈夫です。私から送ります」
アーニャがホロウィンドウを操作して対戦申請を送った。
このホロウィンドウは、マスターのみが使用出来るVRゲームのステータス画面みたいな物だ。見た目だけは。
実際は、闘技場エリア限定で視界内にいるマスターに対戦申請を送ったり、メッセージ機能でアンティの交渉をするくらいしか出来ない。
なお戦う気がない日は対戦申請受付を拒否設定にしておくことで、のんびり観戦することが出来る。
公式戦対戦申込申請
送信者:アーニャ スメラギ
受信者:アレックス シンジョウ
公式戦希望日時:4/4 10:00(申請者多数の場合、前後する可能性があります)
アーニャ スメラギ
アンティ:600G、アレックス シンジョウの希望を何でも一つだけ叶える(カードに関連する事象及び回数増加の願いは不可)
アンティ希望:R妖精
アレックス シンジョウにより申込申請が受諾されました。
アレックス シンジョウ
アンティ:R妖精
4/4 09:50までに☆1闘技場第1控え室にて待機して下さい。
選手の到着が確認出来なかった場合、理由の如何に拘らず不戦敗となり、アンティの強制執行が実施されます。
不明点がある方はGR:( ^ω^ )までお願い致します。
相変わらず名前からして巫山戯てやがる。
そもそもこの世界の住人に顔文字って読めるのか?毎回顔文字が違うらしいし、名前がバグってると思われて、読み方も分かんねぇから『アレ』とか呼ばれてるんじゃね?