第21話 勝者と敗者と謀者
モブとモブとモブの話なので、今回は途中から第三者視点に切り替わります。
漸く自分が負けたことを理解出来たのか、膝から崩れ落ち泣き喚く狼獣人のマスター、もとい元マスターの少年(名前忘れたから負け犬で良いや)
対照的に鬼族デッキ使いの少年は、手に入れた狼獣人(♀)を負け犬に見せ付けるようにその場で召喚し、ほど良く括れた腰に手を回す…と見せ掛けて、あれはケツを揉んでると見た。
「言い様だな、シノザキ。この雌犬はてめぇみてぇな雑魚にゃ勿体ねぇ。今日からは俺が可愛がってやるよ。ヤり飽きたらオーガたちにもヤらせてやっても面白いかもな?」
「んだと!?カトウ、てめぇ!!」
どっちもガラ悪いなぁ。アーニャの学生生活は本当に平和だったのだろうか?
チンピラに挑発されてキレた負け犬が殴り掛かったが、すぐさま狼獣人(♀)が2人の間に割り込み、負け犬の手を捻り上げて地面に引き摺り倒してしまった。
「おいおい?マスターに危害を加えるのはご法度だぜ?散々ガッコで習ったじゃねーか?」
「放してくれジェシカ!俺はお前の為に!!」
「私の今の主はマイケル様です。またその真名は契約が解除された時点で無効になっております」
「ジェシカ?あー、そーいやお前のクラスにそんな名前の女がいたっけか?え、何お前?もしかして片思いしてた女の名前をサーヴァントに付けちゃったの?そんでジェシカ!ジェシカ!って昨日の夜腰振ったのか?」
チンピラがゲラゲラ笑っている。
「ぐっ…」
「ならコイツの真名は『ジェシカ』にしよう。雑魚のお前に代わって俺が『ジェシカ』を可愛いがってやるよ」
ゲスい、ゲス過ぎる。しかしチンピラは何も咎められるようなことはしていない。
むしろ負け犬の方がヤバい。チンピラの気分次第では殺されても文句言えない立場だ。
「その辺にしておけ。これ以上敗者に追い討ちを掛けるな」
おや?何か漫画の主人公みたいな少年が現れたぞ?
※第三者視点
「あーん?お前、確か3組の…」
「アレックス シンジョウだ」
「あー、そんな名前だったか。で?何か用か?」
「そいつを放してやれ」
「はぁ?コイツは俺に襲い掛かって来やがったんだぞ?殺されたって文句は言えねぇ。ただで解放するってのは割に合わねぇな?」
「なら明日、僕と公式戦をしよう」
「はぁ?俺の今週のノルマはさっき終わったんだ。んなもん受けるメリットがねぇよ」
「明日の公式戦で、僕はアンティにRカードを賭けると言っても?」
「本気か?コイツのザマを見たろ?Rカードを失ったら破滅だぜ?」
「心配には及ばないよ。僕もRカードを2枚持ってるんだ。万が一負けても立て直しは十分可能さ」
「へぇ。つまり、勝った方が『上』に行くってことか」
「そうだね。R3枚持ちともなれば、もはや☆1では無敵と言っても過言じゃない。昇格前にレベリングをキッチリしておけば、☆2で躓かず一気に☆3まで駆け上がれる筈さ」
非常に魅力的な話だった。万が一負けても立て直しは十分可能な上、勝てば一気に同世代で頭一つか二つ抜け出せる。
「良いだろう。但し俺が賭けるのはオーガだ。コイツは賭けねぇぞ?」
身長2mを超えるゴツい大鬼(♂)と毎晩ヤりまくれる獣人(♀)、万が一失っても惜しくないのは前者だ。今回は鬼族デッキで編成を組んでいたが、たまたまオーガのスキルとシナジーがあったからゴブリンを使っていただけで、別に拘りがある訳ではない。獣人を加える時点でそれも破綻するのだから尚更だ。
「僕も獣人の方が欲しいのだけど、それを言い出したら勝負が成立しなさそうだね。分かった。オーガで良いよ」
「そんで?てめぇが賭けるのは、そこのチビか?」
アレックスの肩に止まっている妖精らしきサーヴァントに目をやる。
「確かにこの子もRカードだけど、賭けるのはもう一枚の方さ」
「種族は?」
「それは当日までのお楽しみってことで。こちらも獣人を諦めて譲歩したのだから、それくらいは良いだろう?」
「ちっ、まぁ良い。時間は明日の夕方で良いな?昼まで起きられそうにねーからよ」
獣人の方を見つめてニヤニヤするチンピラ。
「良いよ。それと申請はそちらからどうぞ。あり得ないことだけど、当日になって僕が対戦拒否して逃げたら、君は不戦勝となり早くも2勝目を挙げられる。どう転んでも君に損はないだろう?」
当日ではなく翌日以降に公式戦の日時を設定して申請した場合、受けるか否かの返答は指定時刻の1時間前までは猶予がある。
この場で申請を承諾しなかったのは、自分が提示するアンティのRカードを期限ギリギリまで秘匿し、マイケルに対策の時間を与えない為だった。
公式戦の約束が得られた以上、この場に長居する意味はない。
アレックスはチラリと狼獣人(♀)の元マスターに目を向けた。既にサーヴァントの拘束からは解放されているが、意気消沈しており立ち上がる気配がない。
アレックスは彼に欠片も興味が無かった。弱い方が負けた。ただそれだけだ。
負け犬らしくすごすごとこの場を後にすれば良いものを、泣き喚いたり相手のマスターに殴り掛かったりと見苦しい事この上ない。
確かに今後マイケルに嬲られることになるだろう狼獣人(♀)は不憫だが、サーヴァントとはそういうものだ。
しかしその見苦しい彼の存在は、アレックスにはとても都合が良かった。別に助けるつもりで横から口を挟んだ訳ではない。マイケルに公式戦を挑むだけのそれらしい口実が欲しかったのだ。
普通にバトルをしようと言っても相手に警戒されてしまう。Rカードを賭けるバトルなら尚更だ。
しかし彼を助ける為という表向きの口実があれば別だ。同じ学校の同級生だったのも都合が良かった。マイケルは勝手にアレックスと彼が友人同士か何かだと判断し、敵討ちに来たとでも思ったことだろう。
アレックスの策略は思い描いた通りに推移し、見事Rカードを賭けたバトルを成立させることに成功した。
「君、悪いことは言わないから、今すぐこの場を離れた方が良いよ」
この先この男がどうなろうと興味はないが、ただ一方的に利用しただけとはいえ、この男の存在のお陰で公式戦が成立したのだから、一応借りがあると言えなくもない。
だがその借りも、アドバイスの一つもしてやれば返済としては十分だろう。
「えっ?何?」
余りにも愚鈍過ぎる。
アレックスは首を振って闘技場を後にすることにした。
しばらくすると背後から「な、何だこれ?対戦申請の通知が止まらねぇ。止め、止めてくれぇー」と叫び声が挙げられていたが、アレックスの耳には雑音としか認識されなかった。