第17話 死者へと捧ぐ
「要約すると『ハイエナが旨そうな獲物を探してるから負けたら骨までしゃぶり尽くされるぞ』ってことか。んじゃ次だ。アリバイ作りってのは何よ?」
「アリバイ作りってのは物の例えよ。あえて他の表現をするなら青田買いってことになるんだが、別に奴らは利益になる話を持って来る訳じゃない。一種のタカリみてぇなもんだな」
「アリバイ作りに青田買いにタカリって、共通点が一切見当たらねぇんだが?」
「まぁまぁ最後まで聞けって。結論から言うとだな、奴らの最終目的は酒だ」
「は?」
酒をたかる?新人マスターに?何で?
「たかる相手は『今のお前ら』じゃねぇ『未来の成り上がったお前ら』だ」
「何で知らねぇおっさんに酒を奢らにゃならんのよ?」
「そんな真っ正面から酒奢ってくれだなんて言って来ねぇよ。奴らは『成り上がったお前ら』にこう言うのさ『俺はずっと前からアンタは上に行くと思ってたぜ』ってな」
「はぁ?そんな見え透いたゴマすり野郎に一々酒奢れってのか?」
「更に続けて『アンタのデビュー戦は今でも覚えてるよ!相手の名前は忘れちまったが、キザでいけすかねぇ野郎だった。ぶちのめしてくれてスカッとしたぜ!』って言うのさ。もちろん後半はデブだったり根暗野郎だったり、その都度変えるがな」
「お、おぅ?」
どーゆーこと?
「まだピンと来ねぇかもしれんが、デビュー戦ってのは意外と覚えてるもんなんだぜ?何十何百と戦って行く内に記憶は薄れて行くから、昔蹴散らした雑魚の顔や名前なんかは忘れちまうが、特徴的な印象は意外と覚えてるもんだ。俺の相手は犬獣人(♀)を連れた同期のデブだった。上手く煽てて公式戦でそいつを賭けさせて容赦なく分捕ってやった。☆2で負けて取られるまで、毎日可愛がってやったもんよ」
アーニャの前だからかマイルドに言っているが、要するに毎日ヤりまくってたってことだ。つーか、お前が覚えてるのはそっちが理由だろ!
「目の前にいるのは、当の本人ですら殆ど覚えてねぇようなことまで言い当てる自分の古参ファンを名乗るおっさんだ。そしてその時のお前らは使い切れねぇほどの大金を稼げるくらい成り上がってる。それをサイン一筆描いてやって終わりじゃー小さい奴だと思われちまう『近くに行きつけのバーがあるんだ。ここで会ったのも何かの縁だ。一杯奢るぜ』って流れになるだろう。当然安酒じゃ締まらねぇ。それなりに良い酒を奢ることになるわな」
「…やべぇ想像出来るわ。確かに酒の1杯や2杯くらい奢っちまうかもしれねぇ」
「まぁ嬢ちゃんは女だからな。流石におっさんとバーには行かんだろうが名刺くらいは貰っとけ。そんで後日○○さんへって書いたサイン色紙と一緒にそこそこの酒の一本でも送ってやれば、自称古参へのファンサービスとしちゃ十分だ。無視してネガキャンされてもウザいだろ?酒一本で済むなら安いもんだ」
流石に来る奴全員に同じ対応をする必要はないだろう。酒をやるのは最初の数人だけで、それ以降はサインだけで十分だ。何なら「その話するのアンタで10人目だよ」とでも言ってやれば、タカリの手口を見抜かれたと気付いて黙るしかない。
「面白い話を聞かせてくれて、ありがとう」
お?アーニャが初めて口を開いたぞ。
「嬢ちゃん喋れたのか。このままサーヴァントの後ろに隠れて震えてるだけかと思ったぜ?」
おっさんのことを警戒はしていたが、別に震えてはいなかったぞ?まぁ向こうからしたらサーヴァントの陰に隠れてたようにしか見えなかったかもしれんが。
「おじさんは」
「俺はまだ20代なんだが…」
「…おじさんは何で私たちに色々教えてくれたの?」
アーニャはスルーした。20代も30代も俺らからしたらおっさんだよ。諦めろ。
「さぁな?何でだと思う?」
おっさんはニヤリと笑みを浮かべてアーニャを見つめる。
俺たちとおっさんは初対面だ。対価を受け取っている訳でもないのだから、本来おっさんが色々と話す理由はない。
「死んで行く人への餞でしょ?」
「…ほぉ」
アーニャの答えに、おっさんの目が鋭くなる。
「貸しを作るのが目的かとも思ったけど、新人に貸しを作ってもあんまり意味はないし。ならあとは、近々骨までしゃぶり尽くす予定の新人たちに自分たちの運命を事前に教えてあげて、抗うチャンスをあげようってことじゃない?☆1で燻ってる割にずいぶんと余裕があるんだね?」
ア、アーニャさんが覚醒している。普段のちょっとポヤポヤしたアーニャちゃんは何処に行ってしまったんだい?
「こいつは驚いたぜ。他のヒヨッコにも同じ話をしたが、どいつもこいつも生温い奴しかいなかったらしい。挙げ句の果てに『ご親切にありがとうございます』だとよ『面倒見の良い先輩マスター』とでも思ったのかねぇ?」
「そうやって貴方の話術で警戒を解いちゃった人に喰らい付くつもりなんでしょ?騙されてたことに気付いた時には『時既に遅し』ってやつだね」
「初対面の奴から聞いた話を鵜呑みにする方が馬鹿なのさ。そんな奴はどうせ上には行けやしねぇ。なら俺らが有効活用してやろうって訳さ」
「私は見抜いちゃったけど、それじゃー私とは戦らないの?別に今からおじさんと戦っても良いよ?」
ちょっと、アーニャさん?俺MP残ってないんですが?そもそも先月まで☆2だった奴相手にレベル3の俺一人じゃ勝ち目ねぇよ?
「…いや、辞めておこう。お前の牙は特に鋭そうだ。仮に今日勝ったとしても、後日特大のしっぺ返しを喰らったんじゃ割に合わねぇ」
アーニャに対する呼び方が『嬢ちゃん』から『お前』に変わった。ただの獲物から、侮ってはならない相手に繰り上げられたようだ。
「そぉ?残念」
「…サキュバスを連れた女マスターに手を出すのは止めておけと、知り合いにも忠告しておくぜ」
アーニャさん、その辺にしときなさい。おっさんの顔が引き攣ってっから。