第1話 あなたが私のマスターか?
「美少女キター!」
天使かあるいは妖精かというような美少女の姿が目に入った瞬間、あまりの嬉しさについ全力で叫んでしまった。
「あっ、はい。☆1マスターのアーニャといいます」
突然俺が叫んだもんだから、ちょっと引いている気がする。
「アーニャ様。不束者ですが、よろしくお願いします」
「いえいえ。私こそ駆け出しの木端マスターですが、よろしくお願いします」
最初の醜態は無かった事にし三つ指付いて深々とお辞儀をする俺と、それを真似をするかのように座り込んで頭を下げる少女。
この世界には正座とか土下座の文化はないらしく、お尻がぺたんと地面に付いてる所謂女の子座りになっちゃってるけど気にしない。
彼女にとっては見知らぬ動作だろうに、律儀に俺の真似をしようとする辺り、目の前の少女の性格は悪くなさそうだ。
どんだけ見た目が良くても、高飛車だったりサーヴァントを奴隷とか物扱いするマスターだったら契約解消待った無しだからな。
この子が相手なら口調を崩しても良いかもしれん。ずっとこのままは疲れるし。
「駆け出しってことは、アーニャ様は今年デビューの新人マスターだよね?他の手持ちサーヴァントはどんな感じ?」
「いえ、今のところサキュバスさん以外にはいません」
「新人マスターが単発ガチャ引いたの?勇者かよ…」
ガチャの排出率はN60%、HN30%、R9%、それ以上1%だ。
単発ガチャを10回引いた場合、運が悪いとR以上のレアリティのカードが1枚も出ないという結果も十分にあり得る。
しかし10連ガチャならR以上のサーヴァントが一体は確定で召喚出来るから、てっきりそれで俺を引き当てたんだと思ったが、人生初の単発ガチャでRサーヴァントの俺を引き当てるとは中々運が良い子だな。
とはいえ上記の理由により、新人マスターは10連ガチャを引いてから活動を始めるのが一般的なんだが、もしかして訳ありなのかな?
サーヴァントガチャは一回1,000G必要だ。
専門職ではない一般人の初任給が2,000Gくらいなので、10連ガチャを引くとしたら給料5ヶ月分に相当する。余程の金持ちじゃなければポンと出せる額ではないだろう。
当然義務教育を卒業したばかりの新人がそんな大金を持っている訳がないので、普通は親が出してくれたり、出世払いで貸してくれたりするもんだ。
にも拘らずわざわざ単発ガチャを引いたってことは、何らかの理由によりアーニャには親からの援助がないってことになる。
「両親にはマスターになるのを反対されてまして、金銭的な援助は一切ないんです。マスターをやるなら親に頼らず一人で生活しろって、家も追い出されちゃいました。サキュバスさんを引いたガチャ代は貯めてたお小遣いから出しました」
「なるほど」
☆1や☆2の下っ端マスターなんて食って行くだけで精一杯らしいから、反対する親がいるのも理解は出来る。
「お父さんとお母さんの言うことも分かるけど、折角マスター適性を持って生まれたんだから、自分がどこまでやれるか挑戦してみたいんです!」
サーヴァントを使役出来る資質を持つマスター適性は男は5人に1人は持っているのに、女は何故か1%にも満たないらしい。
トップクラスのマスターともなれば、年に1億G稼ぐ人もザラにいるらしいので、適性を持って生まれた女子は一攫千金を夢見て一度はマスター業に挑戦すると言われている。アーニャもその例に漏れず卒業後の進路を決めたのだろう。
「ちなみに、残りのお金はどんくらい?」
つい先日まで学生だったアーニャにとって1,000Gはかなりの大金だ。既に財布の中身はほぼ空だと言われても不思議ではない。
だが、もしあと1,2回ガチャを引けるだけの資金的余裕があるのなら、肉壁要員が欲しいのも事実だ。
「1,100Gくらいです。あと1回は引けます!」
「止めろ。手持ちが100Gとか下手すりゃ明日から野宿コース待った無しやぞ?そんなことしたら100パーチンピラに寝込みを襲われるわ」
初っ端からRの俺を引いたことで味を占めたのか、もう一度ガチャを引く気満々なアーニャを思い止まらせようと、つい素の口調でツッコミを入れてしまった。
「サキュバスさんって一人称も『俺』だし、なんだか男子みたいな喋り方ですね。あっ別に嫌とかではないので、普通に喋ってくれて良いですよ。それと私のことも『様』とか付けなくて良いです」
「そぉ?それじゃ遠慮なくアーニャって呼ばせて貰うわ」
丁寧語でギリギリ、尊敬語謙譲語なんて何それ美味しいの?レベルなので正直助かる。
「で、話戻すけど。ガチャ引くのはマジで止めとけ。もう一回Rを引ける確率なんてかなり低いし、HNだったとしても、生活費を削ってまで今引くほどの価値はねーよ」
将来的には確実に戦力外通告することになるHNに取得経験値を分割するくらいなら、俺1人に集約して1つでもレベルを上げた方がナンボかマシだ。
「分かりました。それでは、これからどうしましょうか?他のマスターとバトルしますか?」
「いや、レベル上げと金策を兼ねてダンジョンに行こう」
☆1マスターは週に1回以上他のマスターと公式戦を行うことを義務付けられており、他のマスターとのバトルは遊○王みたいに賭けが発生する。
必ずサーヴァントカード1枚を賭ける必要があるのだ(マスターランクごとに最低レアリティが決められている)
☆1マスター同士のバトルはNを賭けるのが一般的だが、アーニャみたいにRを1枚しか持ってなくて、どうしてもカードを賭けたくない場合には、500Gで代用することも可能だ。
Nカード1枚と500Gでは全く釣り合っていないが、互いに同意していれば勝負は成立する。
そうやって勝者は敗者からカードを奪って戦力を強化したり、売却して活動資金にする。
それを繰り返してマスターランクを上げ、高ランクダンジョンを探索して更に稼げるようになることを目指すのだ。
アーニャと同じ新人マスターなら相性次第で勝てる可能性もあるが、もしもベテラン☆1マスターにバトルを挑まれたら100%負ける。
☆1ランクで燻ってる時点で実力はお察しだし、万年金欠な☆1マスターがRサーヴァントを持っているとは思えないが、その分NとHNのレベル上限まで育成している筈だ。レアリティは俺の方が上とはいえ、レベル1の現時点では万に一つも勝ち目はない。
対戦を拒否することも出来るが、罰金として相手マスターに100Gを払わなければならない。
しかも相手は不戦勝扱いで公式戦のノルマ達成になるが、こちらは不戦敗ではノルマ達成とは見做されないので、無駄に金を失うだけである。
今日がデビュー初日のアーニャは、タイムリミットまでまだ余裕がある。
負けたら一気に手持ちの資金が半減してしまうのだ。後悔しない為にも、アーニャの生活費稼ぎと俺のレベル上げを兼ねてしばらくはダンジョンに通うのが定石だろう。
折角念願の美少女マスターに巡り会えたのだ。どうせならマスターになることを反対した両親を見返してやれるくらいの大金を稼げるようにならせてやりたい。
「この町から行ける☆1ダンジョンは【小鬼の巣】か【餓狼草原】のどちらかですけど、どっちが良いですか?」
小鬼の巣は文字通り小鬼が出現する洞窟型のダンジョンで、餓狼草原は鬱蒼と生える草に隠れつつ獲物に接近し突然襲い掛かって来る狼が徘徊している草原型ダンジョンだ。
洞窟なら警戒する方向はある程度絞られるが、草原だと360度を常に警戒しながら探索しなければならない。
こちらは俺とアーニャの2人しかいないので、草原に行くのは自殺行為だろう。
「小鬼の巣一択だな。俺らと同じ事を考えたマスターが殺到する前にゲートに急ごう」
俺たちと他のマスターが同じダンジョンに入ったとしても、中で遭遇することはない。
ネトゲの別サーバーにあるダンジョンにそれぞれ割り振られると言えば分かりやすいかな?
つまり、新人狩りをする悪質なマスターにダンジョン内で襲われたり、他のマスターに獲物を狩り尽くされてしまって全然経験値を稼げないという心配はないってことだ。
とはいえ、多数のマスターが同じ場所に集まれば当然ダンジョンに入る為に順番待ちをすることになる。
仮に1人30秒掛かるとしたら、100人集まれば1時間近く無駄に待たされることになる。特に用事がないのなら、早く行動するに越した事はないだろう。
「分かりました。それでは行きましょう!」
アーニャは一旦俺をカードへと戻し、落とさないよう胸ポケットに仕舞ってからカードショップを出て行った。
カード状態だと触覚がないので、せっかくの美少女のおっぱいの感触を全然楽しめない。この世の理不尽を嘆きつつも、漸く俺の異世界転生ライフが本格的に始まるのだと、内心ワクワクしていた。