庶民だと思っていた俺が実は王位継承者だったのですが、なんか継承順位の桁数がおかしいんですけど
「よおヴァン、今日は早いな」
「親方、おはようございます。なんか目が覚めてしまったんで、早めに工房まで来ました」
俺の名はヴァン、鍛冶屋で鎚を振るう職人見習いだ。
今日も親方の工房に通いながら、ヤカンや鍋といった日用品を作り続けている。
「そういや聞いたか? この国の第一王子が駆け落ちしちまったらしいな」
「みたいですねぇ。そのせいで王位継承者同士で争いが始まってるとか」
「どうなっちまうのかねぇこの国は。まあ俺はちょっと買い出し行ってくるから、工房の留守は頼んだぞ」
つい先日のことである。
次期国王と目されていた第一王子が、突然「真実の愛に目覚めた」とか言って婚約者の妹と駆け落ちしてしまったのだ。
そのせいで他の王太子達が王位継承権を争っているとのことなのだが、「俺のような庶民には関係ないか」などと思いながら今日も仕事に向かおうとしたその時だった。
「うわ! 何!?」
目の前の壁に突然ぶっ刺さるナイフに、俺は思わず仰け反った。
そしてナイフは一本に留まらず、次々と俺に向かって飛んでくる。
「ひぇ……!」
その中の一本が俺の頭にクリーンヒットする直前で、人型の影が目の前に現れて叩き落とされた。
よくよく見るとその影は、黒装束を着て口元を布で覆った涼やかな目元の女の子だった。
「そこ!」
突如俺に目の前に現れた黒装束に身を包んだ女の子が小さな刃物を投げると、天井の梁の影に潜んでいた男に命中する。
「うっ!」と言う悲鳴を上げて男が俺達の前に落ちてきた。
「危ないところでした。ヴァン様、お怪我はありませんか?」
「お怪我はありませんがどういう事なの……? 君はいったい……?」
俺が怪訝な顔をして倒れている男と女の子を交互に見ながら問うと、その女の子は突然俺に向かって跪く。
「恐れながら、ヴァン様はお命を狙われる立場にあるのです。私はそれをお守するために馳せ参じました」
「なんで?」
なんで?
命を狙われるような生き方はした覚えがないけど。
「実はあなた様に王位継承権があることが判明したのです」
「俺が? そんな馬鹿な」
「本当です。ヴァン様は第102万3,551順位の王位継承者なのです」
ストップ、待って。
おかしくない?
なんか数字おかしくない?
「第102万3,551順位て、ちょっと桁数多くない? 王位継承者何人いるの」
「102万3,552人だったかと思います」
「下から2番目じゃん!」
そんなの殺される理由がなくない!?
そもそも100万番台て、この国の人口より多い気がするけど!?
「そう言えばこの男の主を聞かぬまま葬ってしまいましたね……。いったいどこの手の者なのか……」
黒装束の女の子が倒れている男に目線を向けて言う。
「いや、第102万3,552順位の王位継承者じゃないの? それより上の奴に俺を狙う理由ってある??」
なんだったら第102万3,552順位の人も俺を狙う理由ないと思うけど。
100万番台とか俺もこの男の雇い主もただの庶民でしかないような気がする。
「いえ、そんな単純な話ではありません。たとえ順位が下の方であろうとも、脅威となるならばヴァン様を狙ってくる理由は大いにある筈です」
「それは例えば3番目くらいの王位継承者の人が、4番目の奴を目障りだから殺しとこうかって感じの話だよね? 100万番台は流石に命を狙う理由なくない?」
俺と女の子がそんな話をしていると、突然工房に鎖鎌を持った男が押しかけて来た。
「お前が第102万3,543順位の王位継承者だな? 可哀そうだがここで死んでもらう」
「いえ、人違いです。第102万3,551順位です」
まあ、第102万3,543順位も第102万3,551順位もただの誤差のような気がするけど。
「貴様、何番目の手の者だ?」
女の子が俺を守るように前に出ながら言う。
「教える気はないが第48万2,668順位だ」
「教えてるよね。あと、順位的にお互い王位とか無理だし殺し合う理由なくない?」
「とにかく死んでもらうぞ!」
男が鎖鎌の鎌の部分を俺に向かって投げつけるも女の子がそれを打ち払い、瞬時に相手の背後へと回って一刀の元に斬り伏せた。
いや、この子、強すぎるんだが。
「危ないところでしたヴァン様。しかし、私がついておりますのでご安心ください」
「安心出来るかどうかは置いとくとして、そもそも君は何者なの? せめて、名前くらい教えて」
「し……失礼いたしました! 私の名はハルカ、遠い祖先がヴァン様の祖先を主君と仰ぎご恩を頂戴しておりました。故にもしもの事があればヴァン様の事をお守するようにと、家訓で伝えられております」
俺の問いに女の子は顔を若干紅に染めながら答えてくれた。
「なるほど遠い祖先。いや主君って言われても、うちはどこに出しても恥ずかしくない庶民のはずなんだけど……。まあそれは別にして君もあんまり無茶をしないようにね。どうしても危なくなった時は、俺なんか放っておいて逃げるんだよ」
ちょっと正直どうして俺が狙われているのか分からないけど、それはそれとして暗殺されかけているのは事実なので受け入れざるを得ないのだろう。
そしてたとえ俺の祖先が何であろうと俺自身はそんな大したこともない奴だし、俺のせいで可愛い女の子が酷い目に遭うのは忍びない。
「まさか私などのような者にそのようなお優しいお言葉を下さるとは……やはり私の見込んだとおりです。ヴァン様こそ、この国の王に相応しい。何としても他の者達を打ち倒して王となりましょう。覇道ではありますがこの私、命をかけてヴァン様にお供いたします」
「いやいや王て。それに、流石に102万3,550人を倒していくのは無理な気がするので諦めよう? 一日一人倒していっても2,800年かかる計算になるよ?」
「一日100人ならあるいは」
「それだと28年だから随分と現実的になったね。だけど一日100人倒す方も無理じゃないかな」
「はっ。そうこう言っているうちに敵の気配です。ヴァン様、私の後ろへ」
「え? またなの?」
ハルカが警戒する先を見ると、そこには上半身裸で斧を背負った大男がいた。
「ふははは! 我こそは第3万5,233順位の王位継承者にして戦士ガルバル! 第102万3,551順位の王位継承者よ。我が野望のため貴様には死んで貰うぞ!」
俺の順位と比べたら随分とマシだが、3万5,233位も全く現実的ではないでんな。
「この方こそ王になって頂くお方! お前如きに王などくれてやるものか! 大体3万5,000位台如きが私に勝てると思っているのか!?」
あ、100万番台がそれ言っちゃう?
98万8,318番も順位が下な俺達がそれ言っちゃう?
「行くぞ! 小娘!」
「来い! 筋肉達磨!」
そうこうしているうちに二人は戦い始め、何だか分からないうちにハルカが斧を背負った男を打ち倒した。
「く……俺の負けだ……」
相手の戦士……ガルバルって言ったっけ……俺が逆立ちしても勝てそうにないんだけど、この娘無駄に強いな……。
「刺客ではなく本人が襲ってくるとは中々剛毅だな。だが私達にも譲れないものがある。次代の王はヴァン様こそ相応しい。貴方は諦めて欲しい」
「上にあと102万3,550人いるけどね」
これで王位継承は諦めてくれるだろうか。
そうでなければハルカが息の根を止めてしまいそうな勢いだけど。
「諦めきれるものかよ……! 俺が王になりさえすれば孤児院にいる子供達に腹いっぱい飯を食わせてやれるんだ! こんなところで夢破れてたまるかよ!」
「そうか……ならばその願いはヴァン様が引き継ぐので、安らぎを胸に抱き永久に眠れ」
「いや、息の根を止めるのはやめておこう? どの道俺もこの人も王にはなれそうにない順位だし」
やっぱり息の根止めるんじゃーん。
あと、こんな調子で王位継承者を倒す度に願い聞きまくってたら最終的に凄いことになりそうなんだけど。
そんなこんなでハルカがガルバルにとどめを刺そうとしているのを止めていると、突然俺達の方に向かって火の球が飛んできた。
火の球はぎりぎり俺達には当たらず工房の床へと命中しそのまま消えていく。
「!? 何者だ」
「くっくっく……まさかこんなところに隠れていようとは……。臆して王都から逃げたのかと思いましたよ、第102万3,551順位の王位継承者様!」
「え? またこのパターン?」などと思いながら声のする方を見ると、明らかに高位の魔道士と思われるようなゴテゴテと装飾の入ったローブを着た刺客がそこに立っていた。
ちなみに俺は逃げも隠れもしていないし、ずっと工房の留守番をしているだけだぞ。
「「お、お前は!?」」
ハルカとガルバルの二人に緊張が走る。
「ほう……第102万3,551順位の継承者を狙いに来てみれば、第3万5,233順位の継承者もいらっしゃるとは……。いいでしょう、二人纏めて葬って差し上げましょう!」
「俺を狙っちゃいますか。王位継承順位100万番台のこの俺を。参考までにあなたの雇い主は第何順位なの?」
「第4順位ですが何か?」
「うわお、めちゃくちゃ現実的な数字じゃん、俺達からしたらもう殿上人じゃん。と言うか、100万番台とか狙わずに上下3人くらいを何とかすればよくない?」
「今更命乞いをしても無駄ですよ! お覚悟を!」
無駄と言えば第4順位の刺客が100万番台の相手を狙うことの方が余程無駄ではなかろうかと思ったところで、相手がこちらに向かい突進してきた。魔道士なのに。
「うお!?」
しかし第4順位の刺客は俺達の元に到達する前に、突然バランスを崩し盛大にすっころんだ。
どうやら俺が片付け忘れていた金床に躓いたらしい。
いや、正確には片付け忘れていたと言うかこれからその金床を使って鍋作る予定だったんだけどさ。
なにはともあれハルカはその隙を逃さず、相手の頸椎を叩き気絶させた。
「危なかった。まさかこんな序盤に第4順位の継承者から刺客が送られてくるなんて」
「いや全くですよ。100万番台を相手にするなんて滅茶苦茶暇なんですかね。それと、序盤とはいったい?」
俺の言葉を聞き流しながら、ハルカが冷や汗をかきながら魔道士の男を荒縄で縛る。
「第4順位の継承者に仕えている刺客は、刺客四天王の一人です。しかしこの男は四天王の中でも最弱……この後更に上に第1順位、第2順位、第3順位の刺客と対峙しなければならないでしょう……」
「そういうシステムなの。あと、刺客四天王ってなに?」
そもそも第102万3,551順位の王位継承者に対して刺客を送ってこないで欲しい。
上の方で勝手にやっててくれ。
「強いんだな、あんたら……。結果的に命を助けられる形になっちまった。こうなったら俺の夢はお前に託して、お前を王にするために仲間になるぜ」
「いや、よく考えて欲しい。まだ上に継承権者は100万人以上いるし、今のところガルバルさん以外は刺客を倒してるだけで順位の変更自体は起こってないと思うんだけど」
どう考えてもここから王になるのは無理ゲーでは。
今からでも王になれる方法があるんですか?
「仲間になるのはいいが、決してヴァン様や私の足手纏いにはなるなよ」
「ふん、かわいくねえ女だな。安心しろ、俺の実力はあんなものじゃねえ。さあ、行こうぜヴァン! 王になる旅の始まりだ!」
「いや、待って。王になる旅とは??」
こうして、俺と仲間達のよく分からない旅が始まった。
倒した王位継承者達を従えて、俺が王として君臨するのはまだ先の話。
*****************************
吹き荒れる嵐の中、王宮の中庭で王になるための最後の障壁が俺の目の前に立ち塞がる。
その男は哀しそうな顔を見せながら、俺にこう言った。
「ヴァン……。まさかお前も、王位継承者だったなんてな……」
「親方! どうして俺と親方が争わなきゃいけないんだよ……!!」
つづく(続かない)