第2話 海賊辞めてヒーローになります
「弁護士を呼んでくれ」
「海賊に弁護士なんて立てられるわけないだろ? 海軍舐めんじゃねえぞ」
「俺は海賊を首になったんだ。つまり海賊じゃない。だから海軍にだって転職できるはずだ。責任者を出せ」
「黙れ、海賊が」
海軍の取調室。その固定された机を隔てながら、これまた固定された椅子に手錠をはめられ、俺は尋問を受けていた。
面接に来たはずなのに、どうしてこんな扱いを受けなくてはいけないのだろうか?
「うちの海賊団は、義賊だから貴族くらいからしか盗んでないはずだ」
「お前は軍艦を何隻も沈めているだろ?」
「撃ってくるから、正当防衛だ」
「海賊旗を掲げたくせに、人権あると思うなよ」
「撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだ」
「うるせえ」
「それにあれは、船長が勝手に掲げただけなんだ。俺には関係ない」
「そんな理屈が通るか、それに懸賞金首だろお前。海賊の汚点、下半身露出事件のビッグベン」
「……あれは不幸な事故だったんだ」
聞くも涙。語るも涙の深いわけがある。
「黙れ、男子禁制の海軍女子寮に潜入し、あろうことか下腹部を露出させ女性の隊員に見せつけるという変態行為……それも随分デカかったらしいじゃないか」
「ふっ、自慢の息子です」
「褒めてねえんだよ」
そう言って、海軍の男は深いため息を吐いた。
どうやら俺を無罪にしてくれる気も、海軍に入れてくれる気もないらしい。
今までの実績から自己PRを行い、いかに俺が海軍で活躍できるか話さなければならない。
「今は、海賊が世界各地で暴れまわっている。だからこそ、海軍は過去の経歴には目をつぶり、世界中から兵士を募集したはずだ」
「お前のような懸賞金首はさすがに例外だから」
「だけど、俺はあの赤服のサンサ・クロース、チョビ髭のスパロー、さらには最近では麦わら王子グルワラも討ち取ってる。海軍より仕事してないか?」
思い切り机を蹴られる。
「舐めてんのかお前」
「俺がペロリストだからって、男のことは舐めないぞ」
海軍の男は頭を抱えた。
「殺したい」
そんな不吉なことを呟いている。最近の若者は怖いな。
そんな風に思っていたとき、取調室のドアが開かれる。
「お邪魔するよ」
「アームストロング大佐」
そう言って、海軍の男はドアを開けて入ってきた女性を呼んだ。
銀髪に眼帯の長身の美女。噂に聞く鋼鉄の処女か……あの切れ長の目で睨まれて、叱られたら気持ち良さそうである。
「お前がビッグベンか?」
「エロナルドと下の名で呼んください」
「……ええ、手配書通りの顔ですよ」
俺がそう答えると、海軍の男が代わりに答えた。
「お前の汚い首に億を超える懸賞金がかけらている」
アームストロング大佐は、そう言って手袋はめた指で、俺の首をなぞった。
「億越えの海賊が自首してきたことはない。何を考えている」
「ふっ、あなたのことを考えてました」
決め顔で言ってやると、頬をぶたれた。
「ありがとうございます」
汚物でも見る目で睨みつけられる。
「舐めてるのか、私の気持ち1つでお前を殺せるんだぞ。何を企んでいる。お前は頭も切れるそうじゃないか」
そう言って、こめかみに銃口を向けられる。
何、その過大評価?
俺、船長にあらゆることをそつなくこなすけど、馬鹿なのだけが欠点だとよく言われてんですけど。
「大佐、ビックベンは公開処刑しないと……」
アームストロング大佐が撃鉄を起こすと、慌てて海軍の男が止める。
どうやら俺は公開処刑されるらしい。こんなに海軍のために働きたいと言っている俺を公開処刑するなんて、酷くないか。
そう思うと、少し腹が立ってきたので一言言ってやろうと思う。
「こいつの眼を見ろ」
「眼?」
「自分が死ぬとはこれっぽちも思ってない、糞むかつく眼だ」
「……そういう君の眼は憎しみで濁ってるね。気をつけた方がいい、憎しみの先にあるのは正義ではなく、破滅だ」
「うるさい」
「ありがとうございます」
そう言って、今度は左の頬をぶたれた。
俺は思った。海軍に捕まるのも悪くないかもしれない。海賊団の仲間には、こういう叱られたくなるような美女はいなかった。
ここに住むのも悪くないかもしれないと、思い始めていた時、俺は海軍の男に部屋の外に連れてかれた。
どうやら、俺のベットルームに連れて行ってくれるらしい。
俺はルームサービスに、食事を寄こすように要求したが、臭い飯1つ出してくれないらしい。
そこは窓1つしかない、じめじめした場所だった。
しかも、タコ部屋である。
俺は、1人部屋を要求したが、その要求も却下されてしまった。このタコ部屋という名の女の気のない部屋が、どうやら俺の寝床らしい。
柄の悪そうな男たちがギラギラした目で俺を見ている。
「よう兄ちゃん、可愛い顔してるじゃないか? 外で何したんだ?」
「万引きか、スリだろ」
「ちげえねえ」
牢獄では、外での犯罪行為のデカさがそのまま地位になることが多い。
大量殺人などのやばい奴などの例外はあるが、裏の世界のドンは、ここでも偉いという訳だ。
「ほら、入れ」
そう言われ、俺は海軍の男に無理やり牢獄に入れられた。
舐めるような視線を向けられる。
「兄ちゃん、ラッキーだな。この牢獄のボスと同部屋だ」
「そうですか」
「何だ、ビビッて震えてんのか?」
違う。俺は女性のいない空間にいると禁断症状が出るのだ。こんな男ばっかりのところ絶対嫌である。
だって、絶対楽しくないし、話とか合わなさそうだもん。
俺はもっと女の子と、新作ケーキの話とか、キラキラした話がしたいのだ。こんな女日照りの所なんて嫌だ。やっぱり脱獄してやる。
「ほら、何やってる。ボスに挨拶に行くぞ」
「ボス?」
「そうだ。この牢獄で一番偉いお方だ」
俺は思考を切り替える。脱獄するには仲間になっておくには越したことない相手だ。1日でもここから早く出ないとな。
そう言って、うす暗い牢獄の中の奥にいる。大男の前に通される。
「ボスは懸賞金5500万の大型ルーキー」
どこかで聞いたことある賞金額だ。
「ボスゴリラさんだ」
「ウホ」
お前かい。
「お前ら、ゴリラがリーダーって恥ずかしくないのか?」
「馬鹿野郎、ボスはこの監獄に秩序という名の忘れかけていた人間社会のルールを教えてくれえた俺たちの憧れなんだ」
「いや、こいつゴリラだから、人間社会のルールとか教えられる訳ないだろ。ウホしか言わないしさ」
俺がそういうと、糞ゴリラはジェスチャーをしだした。何々?
「ここでは俺がボスだ。童貞野郎だと……」
何かが切れる音がした。
「誰が童貞だとサル野郎」
俺の怒りが臨界点を超え、腕につけられていた拘束具を引きちぎったのだ。
「え? え? 鋼鉄製なんだけど」
困惑するモブ囚人たち。
「ウホウホ」
「流石じゃないんだよ。流石じゃ。お前、ゴリラだからって言っていいことと悪いことがるだろう」
「ウホウホ」
「何、バナナがなくて力が出なかった。挑発したらボスなら鎖くらい引きちぎると思っただと」
「ウホウホ」
「脱獄計画があるから、力を貸して欲しいだと……」
「ウホウホ」
「皆で自由を勝ち取ろうだと……断る。俺だけで脱獄してやる。お前なんて置き去りだ」
そう言って、俺は高笑いをした。自分でいうのも何だが、牢獄に捕まっているな奴なんて屑だ。こんな屑どもを脱獄させたら、世間的に駄目に決まってるだろ。
俺はただでさえ、海賊の汚点と言われてるんだぞ。もっとクリーンなイメージで行きたいのだ。
「お願いします。僕を外に出してください」
「?」
そう言って、1人の少年が踊り出た。俺はその少年を見て驚いた。中性的で顔が信じられないほど整っていたのだ。一言でいえば、神々がつくった彫刻の用。その中性的な様子に一瞬だが美少女に見えたのだ。
だが、ここは男専用の牢獄である。女の子がいるわけがないのである。
「知っているだろ。糞ゴリラ。俺は男は助けないんだ。それに助けてやる義理はない。俺はメリットのないことはしない」
「ウホ」
「お前も男なら、自分のケツは自分で拭け」
俺がそういうと、糞ゴリラと美少年はこそこそ話を始めた。何か感じ悪いな。
「本当に決行するんですか?」
「ウホ」
そういうと話し合いは終わったらしい。
「僕は西大陸の王子です」
「だから何だ、俺は海賊だ。金では動かない」
「西大陸は、魔王によって進行されてます」
「魔王? だからどうした。俺は海賊でヒーローじゃない」
「魔王を倒すには中央大陸の中心にある。神聖領域に言って妖精王に合う必要があります」
魔王と言い、妖精王と言い、中央大陸の神聖領域と言い、おとぎ話ですか?
俺はそんなロマンを追いかけるくらいなら、女の尻を追っかけますよ。
それに中央大陸は、海軍が支配していて、その中心は不可侵領域となっていて、王族でも入れない。入ろうとしただけで、一発で牢獄行きである。まあ、だから捕まったんだろうけど……あの検問を突破するのは不可能だ。俺には関係ないけど。
「魔王を倒した英雄は、王族と結構するのが通例です。かつての英雄もそうだった」
「…………」
流れ変わったな。
この金髪美少年の親族ってことは、超高確率でSSRの美少女ですやん。
「ちなみに、お前、姉ちゃんとかいるの?」
「え……」
一瞬驚いた顔をしたが、俺は目の前の美少年が、ほくそ笑んだのを見逃さなかった。
どんな思惑があるか知らないが、のってやるよ。
「姉はこんな感じです」
「……弟君、海賊ってのはヒーローなんだよ。俺は困っている人を見捨てられないんだ」
「ウホ」
糞ゴリラが、ジェスチャーで手のひらを返した。
「うるせえ、助けない善意より、助ける悪意だ。邪な気持ちだって、心がこもっていたらそれは立派な正義だと俺は思う。魔王を倒しヒーローに俺はなる」
そう糞ゴリラに宣言すると、美少年の方に振り向いた。
「名前は?」
「……ええと、ユウ……ユウです」
「それは何だ? お前の名前か? 俺はこの彼女の名前を聞いてるんだ」
そう言って、俺はユウの手から写真を奪い取った。未来の嫁の写真だ。家宝にして、夜は毎日抱いて寝るんだ。
「ああ、リーゼロット・ユウラシアです」
「彼女にふさわしい名前だ」
写真のお姫様は、海賊王を目指している頭のおかしいが、顔とスタイルだけは言い、ルビー船長に引けを取っていない美少女だった。高貴な雰囲気という意味では、ルビー船長よりも圧倒的に上で、淑女という言葉が良く似合う。
弟と同じ綺麗な金髪に、エメラルドのような深い緑の瞳。均整の取れたモデルのようなスラっと伸びた肢体は、デカいだけどっか、野蛮な感じのルビー船長よりも俺好みだ。余裕で押せる。これは推し変するしかないな。
さよなら、ルビー船長。もう会うことはないと思うけど、結構お世話になったから、結婚式くらいには呼んでやるよ。
「脱獄だ。こんな所さっさと出て、海に出るぞ。行ってやろうじゃないか、中央大陸中心部神聖領域、魔王は俺が正義の名のもとに倒す」
「ウホ」
「行くぞ、脱獄だ」
それはまさに運命の歯車が狂った瞬間だった。
海賊ビッグベンことエロナルド・ベンベックの一番長い奇妙な冒険が今始まる。