愛を渇望する公爵様と 異世界転生した不遇の姫
バダンッ!!
頭がズキズキする。この感覚なら頭を打った。だって後頭部が痛い。私は痛みを感じる後頭部を押さえて起き上がる。
体を起こして見えたものは全く見慣れない景色だった。
ホテルのスイートルームのような豪華な部屋。結構な値段がする装飾品があちらこちらに飾られている。やっと二十連勤を終え、久々の休みに心躍らせすぎてコンビニでビールや酎ハイを大量に購入し、コンビニを出たところまでは覚えているけれど、どう見てもここはコンビニの外ではない。着ている服もくたびれたスーツではなく、結婚式で見るようなドレスだ。頭の中がぐちゃぐちゃで状況を整理したいけれど、全くと言っていいほどついていけない。
すると、後ろからバタバタと足音が聞こえてきた。
「リディア様!?」
その瞬間に、一気に私のものとは異なる記憶が流れ込んできた。短い時間に入り込んできた記憶が多すぎて気分が悪くなる。
「ご無事ですか!?」
「サラ……?」
「痛みますか? 早く冷やすものを!」
目の前にいる女性はサラで、私の侍女だということを先程流れ込んできた記憶から知る。幼い頃から一緒にいて信頼していたらしい。
サラは心配そうに跪き、私の手を取った。素直にされるがまま、近くの椅子に座らされた。
「失礼しますね」
「あ、ありがとう……」
今までとても世話になっていることは頭ではわかっているが、気持ちが全く追いつかない。私は躊躇いがちにサラが手渡してきた冷えた布を受け取り、冷やす。
これって異世界転生ってやつだろうか。本やネット小説で散々、その手の話を読んで「なってみたいなー」なんて思っていたけれど、実際転生してみると正直混乱しかない。あの時の私って本当にバカ。
「特にこぶなどはできておりませんね…、よかった……」
「ど、どうも……」
「倒れてしまうくらいショックだったのですね? 公爵様との結婚が」
「は?」
思考が停止する。結婚? どういうこと? 意味がわからずぽかんとしていると、あるシーンがフラッシュバックした。
そこは王宮の謁見の間。この国の王と王位継承権第一位の第一王子が偉そうにふんぞり返っている。
「私はリリーと婚約するぞ」
「なっ!」
王子の言葉に隣にいたお父様が声を上げる。私は足が震えてしまっていた。しかし、そんなことを気にも止めず、王子は嬉しそうに話す。
「リディア嬢と婚約する前で良かった。私はリリーと出会って真実の愛に気づいたのだ」
「しかし、娘との婚約は幼い頃から内定しているのでは!?」
「内定など形に過ぎぬ。正式決定は今なのだ」
そんなの当たり前のこと、と馬鹿にしたような顔をしながら国王が言う。お父様の握り拳にさらに力が入るのがわかる。
しかしお父様はその怒りをぶつけず、続ける。
「ですが、内定の話は陛下自ら申されたではないですか! そのために娘は后として教育を受けてきたのですぞ! リリー嬢では教育も不十分で難しいのでは?」
「しかし、これはもう決定事項だ。リディア嬢には……そうだな、第三王子に爵位を与えようと考えているので、その婚約者として迎えよう。それなら異論はあるまい」
譲歩してやったんだから引き下がれ、という副音声はばっちりお父様にも伝わったようで、顔は真っ赤だ。もう話が通じないし、譲歩でもない。
お父様も諭すことをもう諦めたのか、そのまま謁見の間を後にした。「呪ってやる」という物騒な言葉が聞こえたが。
そんな記憶がぶわーっと蘇ってきて、自分が置かれている状況をきちんと知った。
なんか、これ聞いたことあるな……。なんて思っていたら、前世で遊んでいた乙女ゲーの「太陽の下でキミを待つ」で出てくるとあるキャラの設定ではないかと気付く。
リディア・シェアスミス。公爵令嬢、16歳。プレイヤーが攻略できる第三王子、ウィルフレッド・マクラグレンの婚約者。ゲーム上では一応恋敵設定だ。しかし、このキャラは不遇すぎる。前述の通り、第一王子アルガーノン・マクラグレンの婚約者候補として幼い頃から教育を受けていたが、アホ王子の移り気により正式な婚約ができず、あまつさえ弟の婚約者の立場を押し付けられるという可哀想すぎるキャラクターだ。また、新しい婚約者となったウィルフレッドは愛のある結婚に憧れており、年上で取り澄ました態度のリディアと打ち解けることはできず、当のリディアも歩み寄ることもしないため主人公との絡みもほとんどなく、何故かゲーム終盤で謎の病にかかってしまい退場という何とも不遇な扱いだ。本当に幸薄な令嬢だと思う。
ということは、……私、このままだと謎の病にかかって死にますよね?
「お労しい……! 努力されてきたお嬢様を蔑ろになさる殿下の気が知れません!」
自分が今後辿る運命を思いがけなく知ってしまい絶望している私に気付かず、サラは吐き捨てるように言った。怒ってくれているのは有り難いけれど、私はその先の運命の方が気になりすぎるところだ。
「今からウィルフレッド様がお越しになりますが、どうされますか? お会いになられますか?」
優しく声をかけてくれ、心配されているなと感じる。しかし、ここで会わなければ、二人の間に溝ができて、ゲームシナリオ直行だ。それは困る!
「ええ。せっかくお越しくださるので追い返してしまうなんてそんなことできませんわ。会います」
笑顔で即答。サラは「お優しいですこと……!」とうるりと目を潤ませている。いや、そんなつもりないんだけど……。
私はサラに迎える準備をするように言うと、涙を拭きながらバタバタと出て行ってしまった。
さて、これでいいだろう……。お茶と茶菓子でもあればいいと思うので、すぐにでも整うと思うし、のんびり待ちますか。
そう思って飲みかけのお茶に手を伸ばそうとしたその時。
「リディア嬢」
急に聞こえた男の声に驚く。声変わりしかけの若干低めの声のする方に振り向くと、身長が私と同じくらいの中学生くらいの男の子が立っていた。紺色のジャケットに白のシャツ、細身の白のパンツ。誰が見ても超一流の品だとわかる。こんな服を着て、私に会いにくるのは今、一人しかいない。
「ウィルフレッド様……」
「お待たせしてすみません」
第三王子ウィルフレッドは済まなさそうに言う。私は首を横に振ると、部屋へ招き入れた。できるだけ友好的な態度で接しないと。
「お忙しいところ、わざわざお越しいただきありがとうございます」
「いいえ……そんな……」
前世で使いこなした営業スマイルを浮かべながら、淑女の礼をする。ウィルフレッドは女性慣れしていないのか顔を赤くした。感触はまずまず。
「使用人に声をかけていただけたら玄関口までお迎えいたしましたのに……」
こちらとしては貴方はお迎えに行くほどウェルカムだよ、と暗に言ってみるけれど、婉曲すぎて伝わっていないのかウィルフレッドはしまったという顔をした。
「そちらの手筈もありましたね。気が回らず申し訳ありません……」
「そんな! 謝らないでくださいませ」
「婚約者が決まり、すぐに貴女に会いたかったのです」
「え……?」
顔を真っ赤にしてウィルフレッドが言うのに釣られて私も顔を赤くする。
え、ウィルフレッドってこんな可愛いこと言うキャラだっけ?
プレイしていた時に見ていた彼はゲーム上ではどこで見ても女の子と一緒にいるような女好きだ。
しかし、今は女性慣れしていなさそうなピュアな少年だ。
ヤバい、ちょっと好みかも……。光を受けてキラキラと光る金髪に、空を映したような青い瞳。美少年を具現化したような存在に思わず高揚してしまう。
「嬉しいお言葉ですわ。急に押し付けられた婚約者ですのに……。ウィルフレッド様はお優しいのですね」
「そんな! 優しいのはリディア嬢です!」
「そんなことありませんわ」
「いいえ! こんな年下の私などあしらうことも可能でしょうに迎え入れてくださるのです。それがなぜ優しくないと言えましょう」
ウィルフレッドの一生懸命に力説する姿に心打たれてしまう。え、なんでそんなに謙虚で可愛いの? 中身も完璧じゃない?
「私は臣下として貴女は次期王妃として育てられてきました。本来なら交わらない関係ですし、私など釣り合わないのです」
あ、これ。謙虚じゃない。自己肯定感が低いんだ。腐っても第一王子であるアホ王子は国王になる存在として大切に育てられてきたから、ウィルフレッドは二の次三の次だったんだろう。
そんなウィルフレッドを見ていると、とてつもなく胸が痛くなる。
「そんなことおっしゃらないで。年下でも臣下でもそんなの関係ありません。ご縁があるからこうして出会うことができたのです。……私は嬉しいのです」
「え?」
「ウィルフレッド様は人の気持ちを察することができる方だと知ることができたのです。ウィルフレッド様はとても立派だと私は思いますわ」
「リディア嬢……」
ウィルフレッドは目を見開くと、口元を緩めた。そして、小さく「ありがとう」と呟くと少年っぽさが残る笑顔を見せてくれた。
私、思ったよりヤバいかもしれない…!
押し付けられた婚約だったが、アルガーノンと仮の婚約の時よりも心穏やかに過ごすことができた。国母として教育されていた時間がなくなり、自分の時間として使えるようになった。まあ王太子妃にならなくてよくなったのだから、もうその勉強は必要ないのは当たり前だけど。私はその時間を自分の家の領地経営に多少携わり勉強することにした。将来、ウィルフレッドの役に立てるようにするためだ。
そのウィルフレッドは数日おきに私に会いにきてくれていた。アルガーノンの時は仮だったこともあり、社交くらいしか会うことはなかったのだが、まめに我が家に来て自分の勉強の話や入った騎士隊のことなどたわいの無い話をしてくれる。日頃家に籠ることが多い私にとってその話はとても楽しかったし、興味深かった。しかも、毎回手土産として王宮に咲く珍しい花を摘んで持ってきてくれる。お陰で私の部屋は色とりどりの花だらけだ。しかし、花が増える度に会いに来てくれる回数を実感でき、嬉しかった。枯れそうな花はすぐにドライフラワーや栞に加工して今も大切にしている。
ウィルフレッドとの出会いから二年経つ。あの時、彼は十四、私は十六だったので、十六と十八となった。十四の美少年だったウィルフレッドは身長を伸ばし、私を追い越してしまった。今や私の頭一つ分大きくなっている。声変わりしかけていた掠れる高い声も低く甘く響く声となった。ゲーム内では女好きだったが、今はそのような素振りは見られない。
さて、ウィルフレッドも十六となったので遂に婚約を結べる歳となり、無事に婚約し、ウィルフレッドはニューベリー公爵となった。前回の二の舞いにならないようにお父様を含め、シェアスミス家一丸となってウィルフレッドを監視していたようだが問題なかったようだ。それを知った時彼に申し訳ない気持ちになったが、なぜか知っていたようで「大丈夫です」と微笑んでくれた。十六のウィルフレッドの微笑みは昔の可愛さが抜けてしまったけど、ほぅと惚れ惚れしてしまう爽やかイケメンの笑顔だったのでドキッとしてしまった。
今日は私たちの婚約のお披露目会だ。ウィルフレッドは王族ということもあり、王宮で開催されることになった。
私はウィルフレッドの瞳に合わせて薄いブルーのドレスを着て、彼の隣に立つ。ウィルフレッドは微笑みながら腕を差し出す。
「では参りましょうか、リディ。私たちが主役ですから胸を張っていきましょう」
「ええ、ウィル」
そう言って私はウィルの腕に手をかけた。そしてゆっくり歩き出す。
メインホールに続く扉が開くと、老若男女がこちらを見ている。ウィルフレッドは王家から出す新たな公爵家となるので、品定めされているのだろう。そして、真っ直ぐ正面には国王と王妃、少し離れて第一王子アルガーノン、その婚約者のリリー・アイネソン伯爵令嬢が座っている。
ああ、そっか。あそこも二年前に婚約しそろそろ結婚式をするため、もう王族として振る舞ってるのか、なんて考え、内心すぐ首を横に振る。今は自分たちの婚約披露の方に集中せねば。
堂々たる姿で二人揃って歩き、優雅な足取りで国王夫妻の下へ進んでいく。
「あの方が……」
「……正式な婚約を……」
「でも、何か…」
ヒソヒソと聞こえる言葉に嘲笑されるものが含まれているのがはっきりわかるがよく聞き取れない。けれど、私は結婚相手としてウィルフレッド以上の人はいないと思うので気にせずに歩く。アルガーノン最悪だったもん。
国王夫妻の前まで来ると一礼をする。ちらりと様子を伺うと、王は何故か笑顔だった。王妃はバツが悪そうな顔をしている。
待って、あの事はもう終わったと思ってるの? 馬鹿なの? 王妃様はわかってるみたいだけど。この人、本当に国を治めてるの?
今後の国の在り方に不安を覚えながら、招待客の方に向き直る。それを確認した王が立ち上がる。
「これから、ウィルフレッド・ニューベリー公爵とリディア・シェアスミス公爵令嬢の婚約披露を行う前に報告がある!」
水を打ったかのように静まり返ったと思ったら、またざわざわし出す。そんな事予定では聞いていなかったので、私もウィルフレッドも顔を見合わせて、どちらも首を横に振ると振り返った。
「王太子アルガーノンと、リリー・アイネソン伯爵令嬢の結婚が控えておるが、今後のため側室を迎えることとした!」
「ん?」
何故、私たちの婚約式で発表する? と疑問しか湧かず、変な顔になってしまった。ウィルフレッドも同様。
「今後、その側室には政治に携わり、王太子夫婦を支えてもらう。リディア・シェアスミス公爵令嬢をその名誉ある側室に任命する! よって今、行われる婚約式を中止、そして王の名においてこの婚約を破棄することを宣言する!」
はああああああああああああ!?
ざわつきが大きくなる。私は開いた口が塞がらない。
「どういうことですか!?」
あまりにも衝撃的すぎて言葉も出なかった私の代わりにウィルフレッドが物凄い剣幕で王に詰め寄った。今にも殴りかかりそうな雰囲気が出ている。すると、離れたところで静観していたアルガーノンが立ち上がり、こちらに向かってきた。
「言葉通りだ。リディア嬢は元々、私との婚約が内定していた。それならば元のあるべき姿に戻すのが彼女にとってもいいだろう?」
「元のあるべき姿ではありません! 王太子妃でなく、側室ですよ!? この事自体あり得ませんが、身分的なものでももっとあり得ません!」
ウィルフレッドは視線を王からアルガーノンの方に移した。ウィルフレッドの怒り狂った顔をアルガーノンは鼻で笑った。
「私は一番愛するリリーと結婚するのだ。愛する者が正室だ。それは仕方あるまい」
「リディの気持ちを考えているのですか!?」
「リディア嬢より次の王がつつがなく国政を行う方が重要なのだ」
我儘を言うのはやめなさい、と王の副音声が聞こえたが、倫理的におかしい。皆、それがわかっているのかざわつきが止まらない。ウィルフレッドは血が出るくらい拳を握りしめている。
「アイネソン伯爵令嬢が王太子妃、今後の王妃として携われば問題ないのでは? なぜここにリディを巻き込むのです!?」
「リリーにそれはさせないつもりだ。大変なことを愛する者にさせるわけにはいかない」
「その大変なことをリディに押し付けるのですね。アイネソン伯爵令嬢の教育が進んでいない事は知っておりましたが、ここまでとは……」
ウィルフレッドはそう言うと脱力する。
つまりは、リリーは正室にしたいけど、教育が間に合いそうにない。だから、教育が粗方済んでいる私を側室に迎え、すべて押し付けたら解決、という考えということだ。
正直に言って馬鹿すぎる。しかも側室自体、無いわけではないが基本的に認められるものではない。一夫一妻が基本だ。それを破ってでも強行するということはよほどリリーの教育ができていないのだろう。
「リリーの事は関係ない! 適材適所という言葉があるだろう? 臣下を適切な立場に置くことの何が悪い?」
「アルガーノン兄上のお考えはよくわかりました。それならば私にも考えがあります」
反論するアルガーノンに対して、ウィルフレッドは低く強い口調で言った。
私は心配してウィルフレッドの方を見ると、彼は私を見てにこりと笑った。そして、私の腰に手を当てそのまま引き寄せた。体が密着する形になってどうしようもなく恥ずかしいし照れる。
「私、ニューベリー公爵は王太子であるアルガーノン・マクラグレンを今後支持しない! 第二王子のデヴィッド・マクラグレンを次の王として支持する!」
ウィルフレッドは高らかに宣言する。
恥ずかしさも吹っ飛んで大きく目を見開く。王太子を支持しないと言う事は王に反抗していることに等しい。反逆として処刑されてもおかしくはないのだ。
「反逆だな」
嘲笑うようにアルガーノンが呟く。体から血の気が引いていくのがわかる。大切な婚約者が反逆罪として処刑されるなんて耐えられない。招待客たちも後々のことを予想して青ざめている。
すると、シェアスミス家として参加していたお父様が前に出てきた。
「王のお考え、ニューベリー公爵のお考え、それぞれよくわかりました。その上で宣言します。私、シェアスミス公爵もニューベリー公爵の考えに賛同し、デヴィッド・マクラグレン殿下を支持します!」
「な!?」
あまりにも驚いたのか王は絶句する。反逆罪として処刑されてもおかしくない者が二人も出てきたのだ。しかも力を持つ公爵家二つ。考えずに処刑してしまったらパワーバランスがおかしいことにもなりかねない。
しかも、第二王子であるデヴィッド・マクラグレンは現王と違って内部政策に力を入れる穏やかなタイプだ。この国の政策のほとんどはデヴィッドが考えたといっても同じだ。第一王子、仕事しろ。
「そして今、緊急提案をする。王の決定は不条理なため、王の退位と王太子の廃嫡、そして新王として第二王子を推薦したい」
この国は王政だが、王が絶対権力を持つわけではない。万が一の暴走を止める手段として緊急提案が認められている。力を持つ貴族たちの三分の二以上の提案賛成で決定を覆すことができる。なかなか大変なことなので提案が使われることが少ない。お父様も相当な覚悟があるのだろう。
「ニューベリー公爵家は提案に賛成する」
ウィルフレッドが右手を高く挙げ、宣言する。他の貴族たちは悩んでいるのか、小さな声でひそひそと話す声が聞こえる。
そんな様子にお父様は痺れを切らし、また高らかに言う。
「王、王太子は近いうちにアンジェウィン帝国を攻めようと考えておいでだ。このまま野放しにしてて良いのか?」
「なぜそれを知っておる!」
王が叫ぶ。アンジェウィン帝国はこの大陸の半分を治める力のある国だ。兵力、政治力も申し分なく、弱小国のマクラグレン国が攻めて勝てるはずない。
……何を考えているのやら。いや、何も考えていないんだろうな、と落胆する。
他の貴族たちもそれをわかっているのかわなわなと震えている。安易に攻めて負け、賠償金で苦しむことは目に見えているのだ。
「情報を収集し、把握すること。どのタイミングで切り出すか思考すること。また、弱みになりかねない情報は制限すること。すべてこの国を治めるためには必要なことなのではないですか?」
「そんな馬鹿な……!」
それを怠っているのは誰ですか? という言葉の意味がわかったのか、王はわなわなと震えている。実際に根回しもしないでこの暴挙、そして知られては困ることをお父様に暴露されているのだから、怠っているのは明らかだ。そうしていると、周りで発言することを躊躇っていた貴族たちが動き出した。
「ルイス家も提案に賛成します」
「レンジリー家も同様に!」
「ディズレーリ家も賛成します!」
「シューリス家も賛成します」
次々に貴族たちの右手が上がっていく。やはり帝国を攻める考えを持つ王族がいるのは問題だと思ったのだろう。あっという間にメインホールにいるほぼ全ての貴族の右手が挙がっていた。挙げていないのはアルガーノンとアイネソン伯爵くらい。アルガーノンの顔は真っ青になっている。
「本日婚約披露のため、全ての貴族が出席している。また、賛成が三分の二以上のため緊急提案は可決される。よって、王の退位、王太子の廃嫡、第二王子の国王即位が認められた!」
お父様が勝利宣言をすると拍手が起こった。王は項垂れ、アルガーノンは震えている。しかし、その二人を心配する貴族は誰もいない。
私はウィルフレッドを下から見つめた。それに気付いたウィルフレッドは優しい目を細めて微笑んだ。
「私は貴女を守るためならどんなことでもしますよ」
ヤバい、未来の旦那様はマジで最強だったわ。
私は嬉しくなって周りのこともすっかり忘れ抱きついたのだった。
その後、一応議会を開き緊急提案の是非を話し合ったが賛同を得てそのまま通され、王は退位し、アルガーノンも王太子の身分を剥奪され、王族から身分を落とすことになった。そして、第二王子のデヴィッドが正式に即位することが決まった。
私たちの婚約披露はゴタゴタのせいで仕切り直すことになった。しかし、国王即位までは動けないため、まだ先の話となる。
「婚約披露が延びてしまいました…。仕方がないこととはいえ、辛いです」
肩を落としながらウィルフレッドが言う。議会があったためあの後なかなか会うことができなかったが、今日少し時間があったらしくシェアスミス家を訪ねてくれたのだ。ウィルフレッドはお気に入りのお茶を一口飲んだ。
それ、事を起こした本人が言うか? 私はティーカップを持ちながら驚くが、微笑んでおいた。
「そんなに早く披露したいのですか?」
「ええ。婚約披露から最短二月で結婚することができますから。早くリディを私のものにしたい」
甘く痺れるような声と言葉に私は顔を赤くしてしまった。そんな私の顔見て、ウィルフレッドは微笑んだ。私が恥ずかしがる言動を的確に選んでくるあたり、なかなか策士だと思う。
「なので、結婚したら覚悟してくださいね」
ウィルフレッドは嬉しそうな笑顔を見せて言うので、私はしっかりと頷いてしまった。
このやりとりのすぐ後、デヴィッドが王として即位してすぐに婚約披露を行ったけれど、婚約期間中にゲームヒロインが現れて一悶着あったことは別のお話。
私はこのままずっとウィルフレッドに溺愛され、結婚後も変わらず愛され続けましたとさ。
ここまで読んでいただきありがとうございました。