08:新たな一歩
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「これが入部届よ。明日までに書いて塩見先生に提出してもらえるかしら」
東野さんが一枚の用紙を手渡してきた。
俺はそれを受け取り、カバンの中に入れる。
さて、どうするべきだろう。今ならまだ引き返せる。この入部届さえ提出しなければ、正式に文芸部へ入ったことにはならない。帰宅部としての日々を守ることができる。
さっき入部するって言ってしまったけど、やっぱり撤回しようかな……。
だってこの人、マジで色々ヤバいんだもん。彼女のペースについていける自信がない。
東野さんは睡眠薬を紅茶に入れたり、男が男に犯される小説を書いたり、見かけによらず滅茶苦茶なことをする。清楚な美人として人気を集める彼女の正体が、そのような変人であるなどと誰が信じるだろうか。
「明日からは中崎くんにも小説を書いてもらうわ」
「……は? まだ二日目だぞ。急に言われても書けるわけないだろう」
「だから今のうちに予告しておいたのよ。今夜中に何を書くか考えておくことね。それが私からの宿題よ」
なかなか厳しいことを言うものだ。一晩でネタを考えて構想を練っておけってか。
あまりのんびりしていられないな。今日は帰ったら録画しておいたアニメを観て、それからゲームでもしようと思っていたのだが。
「どんな物語になるのか楽しみだわ。ではよろしく」
東野さんが期待の眼差しを向けてくる。
そんな目で見られたら、こっちも彼女の期待に応えたいと思ってしまうものだ。
彼女を楽しませたい。彼女にぎゃふんと言わせたい。
そのためには何をすればいい? この俺に何ができる?
面白いものを書きたい。自分の物語を評価してもらいたい。
俺に創作のセンスがあるのかはわからない。でも、やれるだけのことはやってみよう。
文芸部の活動に仕方なく付き合うことになっただけなのに、今の俺はなぜかウズウズしているのだった。
俺たちは部室を出た。部長の東野さんは鍵を持っており、部屋の施錠は彼女の役割であった。
部室の鍵を職員室へ返してから昇降口へ向かう。靴を履き替えて校舎を出たところで俺と東野さんは別れることになった。
「ではまた明日」
「ああ」
彼女は俺とは反対の方向へ歩いていった。
家はどこにあるのだろう。学校の近くだろうか。
ま、そんなことはどうだっていいか。
日が沈み、空はすっかり暗くなっていた。こんな時間まで学校に残っていたのは初めてだ。普段は授業が終わればすぐに帰宅していたからな。
俺は今日、新たな一歩を踏み出した。今まで女子との関わりがなかった自分が「ヒロイン」と呼ぶに相応しい人物と運命的な出会いを果たしたのである。
これは物語の始まりなのだ。ずっと憧れていたラノベの主人公のような学園生活が待っているのかもしれない。
主人公はヒロインと出会った。では、次は何が起こる?
その答えは明日になればわかるだろう。
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