07:目覚め
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変態と呼ばれたあの日。屈辱を味わうことになった俺は幼馴染の明里に慰めてもらいながら、夕暮れ時の帰り道を歩いていた。
学級裁判でクラスメイトから罵りを受け、精神的に参ってしまった。あらぬ誤解であんな目に遭うなんて、とんだ災難である。
やけに夕日が目に沁みる。なぜだろう。俺は涙が出そうになった。
でも涙をこぼすことはなかった。ここで泣くわけにはいかなかったのだ。明里に心配をかけたくなかったし、格好悪いところを見せたくなかったからだ。
俺は男としてのプライドを保つため、明里の前では気丈に振る舞うことを心掛けていた。
それでも、その時の俺はしょぼくれた面をしていたのだろう。明里はずっと哀れむような表情で俺の顔色を窺い続けていた。
「そうだ。今からアイス食べに行こうよ。今日すごく暑いし。タカヨシの好きなチョコミント、私がおごってあげる」
俺を元気づけようとする明里。その優しさのせいで、俺は再び涙ぐんでしまうのだった。
世界中が敵に回っても、きっと彼女だけは味方でいてくれる。そんな風に思えてきた。
俺が最低最悪のクソ野郎と呼ばれる日が来たとしても、明里は絶対に俺を裏切らないのだろう。
彼女はただの幼馴染ではない。俺にとって、心の拠り所のような存在だった。
「ねぇ、タカヨシ……」
「うん?」
「もし、私が好きな人がいるって言ったら、タカヨシはどう思う?」
明里は顔を赤くしながら、震えた声で尋ねてきた。
急にどうしてそんなことを言い出したのかはわからない。だが、俺はその問いに対して迷わずに答えた。
「応援したいと思う。明里の幸せは俺にとっての幸せでもあるからな」
彼女には幸せになってほしい。いや、幸せになるべきだ。だって、こんなにいいヤツなのだから。素晴らしい人生が待っていると俺は信じている。
「そっか……。ありがと」
安心したような表情で明里は笑った。
「いつでも相談に乗るからな」
明里はずっと俺を支えてきてくれた。今度は俺が彼女の力になる番だ。
俺も彼女の味方でありたい。たとえこの先、どんなことがあろうとも。
そう、たとえ彼女が……。
「……サキくん。中崎くん」
誰かが俺を読んでいる。
何だよ? 今いいところなのに。
「そろそろ起きて。下校時間よ」
目を開くと、そこには黒髪ロングの美少女の姿があった。
いつ見てもため息が出そうなるレベルの美人だ。前世でどんな徳を積めば、こんな容姿に生まれ変わることができるのだろう。
「今日の部活はもうおしまいよ」
いつの間にか日が暮れていた。薄暗い部屋には彼女と俺の二人だけだ。
部活? っていうか、ここはどこだっけ?
ああ、そうだ。俺は文芸部の部室に来ていたのだ。
俺はさっきまで夢を見ていたらしい。今となっては懐かしい中学時代の夢だった。
内容は……あれだ。忘れもしない、あの事件があった日の……。
「俺、どのくらい眠ってた?」
「二時間程度かしら。ぐっすりと気持ちよさそうに眠っていたわ。良い夢は見られたかしら?」
そういえば、俺はさっきまで紅茶を飲んでいた気がする。
それを飲んだ瞬間、強烈な眠気に襲われたのだ。
「ああ、思い出したぞ。東野さん、あんた紅茶に何か入れただろ」
「何のことかしら?」
「とぼけても無駄だ。睡眠薬か何かだろ。どうしてそんな真似をしたんだ」
東野さんの行動には不自然なところが多かった。しきりに紅茶を勧めてくるし、そのくせ彼女自身はまったく飲もうとしなかった。これはもうあの紅茶に何かがあると見て間違いないだろう。
「記憶までは消えないということね。だったら仕方ないわ。素直に認めましょう。私は睡眠薬を混ぜた紅茶をあなたに飲ませたわ」
やはりそうか。犯人は彼女だったか。
二人きりの状況で、そんなことができるのは東野さんしかいないからな。
「実はね、今書いている小説のワンシーンで、どうしても上手く描写できない部分があったのよ。いくら書こうとしても、納得のいく表現が思いつかなくて……。だから実際にこの目で見て感じ取ることにしたの」
「どんなシーンなんだ? それ」
睡眠薬と小説に何の関係があるというのか。
「主人公が先輩の家にお邪魔することになったのだけれど、そこで先輩が用意した睡眠薬入りのアイスティーを飲んで昏睡してしまうシーンよ」
さっきの俺と似たような状況じゃねぇか。
「つまり、睡眠薬入りの紅茶を飲まされた俺が眠りに落ちる様子を観察して、小説の参考にしたというわけだな」
「おかげで鮮明に描写することができたわ。そこから先もスラスラと書き上げて、たった今、本編全体を書き終えたところよ」
同級生を睡眠薬で眠らせるのはどうかと思うが、彼女は文芸部として真面目に小説の執筆をしているみたいだ。中途半端な表現では妥協できないからこそ、このような暴挙に出たのだろう。ある意味ストイックだといえる。
「それで、眠らされた主人公はどうなるんだ?」
その先の展開が気になったので、作者本人に聞いてみることにした。
「もちろん先輩にレ〇プされるわ」
……ん?
ちょっと今、聞こえてはならないワードが聞こえてきませんでしたかね?
っていうか、「もちろん」って何だよ。お決まりの流れみたいな言い方してんじゃねぇよ。
「えー、その……だな。自由に物語を書くのはいいと思うが、さすがにそれはマズいだろ」
「問題ないわ。この作品は校内向けの文集には掲載しないし、外部に公表することもないから。あくまで私が趣味で書いたまでよ」
いや、そういう話ではない。これは女子高生が書いていい内容ではないと言っているのだ。
「お前どんな趣味してんだよ……。まともな男女の恋愛物語は書けないのか?」
「ちなみに主人公も先輩も男性よ」
「あのさぁ……」
「気になるなら読んでみる?」
「読むか!」
もしかして俺、とんでもない部活に入ってしまったんじゃないか?
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