05:勧誘
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「実は今、文芸部の部員は私一人だけなのよ。だから入部してくれる人を探しているわ」
「そうだったのか。……だけど、どうして俺なんだ?」
今まで俺と東野さんは接点がなかった。クラスメイトだが今日初めて会話をした仲である。どうせ誘うなら、もっと馴染みのある人物に声をかけるべきだったのでは?
「そうね。まず一つ目の理由としては、あなたが帰宅部だからよ。他の部活に所属している人に頼んでも仕方がないでしょう?」
確かにそうだ。今入っている部活を辞めてうちに来いとは言えないだろうからな。一方、俺はどこの部活にも入っていない。つまり、放課後に何もすることがない暇人だと思われているわけだ。まぁその通りなんだけど。俺はバイトも習い事もやってないからな。
「二つ目はあなたの文章力を評価しているからよ。見かけによらず、とてもいい文章を書くのね。是非うちの部に入って、いいものをどんどん書いてほしいわ」
「文章力って……。いつ俺の文章を読んだっていうんだ?」
彼女に自分が書いたものを読ませた覚えはないのだが……。
「新学期の初めに『二年生の抱負』を提出したでしょう。私はクラス委員だから全員分の作文を集めて先生に提出したわけだけど、たまたまあなたの原稿用紙が一番上に来ていたから、つい読んでしまったの。勝手に見たことは謝るわ」
ああ、アレか。始業式の日にいきなり宿題で書かされた作文だな。確か大学受験に向けて学力の基礎を固めたいとか、そんなことを書いていた気がする。提出に間に合わせるために適当に書いて仕上げただけなんだけどな。
「文芸部は具体的にどんな活動を? まさか作文をひたすら書き続けるのか? そういうのは国語の授業だけで勘弁してほしいんだが」
「書くのは作文ではないわ。小説よ。自分の好きな物語を好きなように書く。それが文芸部の活動。あなたが日頃感じていることや思っていることを文学として自由に書いてくれればいいの」
「でも俺、小説なんて一度も書いたことないぞ? まさに素人中の素人だ。君が俺の文章を評価してくれたことは素直に嬉しいが、そんなに期待されても困る」
ライトノベルが好きなので普段からたくさん小説を読んではいるが、自分の作品を書いたことはない。あくまで俺は「読み専」なのだ。常に小説を消費し続ける側の人間だ。
今まで書きたいと思ったことはないし、これからも書くつもりはない。
「それは心配ないわ。誰だって最初は素人よ。私があなたに求めるものは、洗練された物語じゃなくてあなただけの物語なの。この世に一つしかない、あなた独自の文学を作ってほしいのよ。自分が納得できるものを書いてくれれば十分よ」
そう言われてもなぁ。急に書こうと思っても簡単にはいかないだろう。
そもそも俺はどんな物語を書きたいのか。そこから考え始めなければならない。
東野さんは窓の外を見つめながら、何かを思い出した様子で言った。
「そういえば、中崎くんはライトノベルが好きだったわよね。表紙に漫画みたいな女の子の絵が描かれている小説」
なぜそれを知っているんだ。教室ではブックカバーを付けてラノベを読んでいるのに。
俺にオタク趣味があることを知っているのは浜口だけであるはずなのに、なぜか東野さんにバレてしまっている。
「この前、私も気になって読んでみたの。ライトノベルを読むのは初めてだったけれど、とても面白いものだったわ」
「何のラノベだ?」
「『ただのオタサーだったのに気づいたら美少女ハーレムが完成していた件』という作品よ」
いきなりすげぇヤツから攻めたな、おい。その本なら俺も読んだけど、ラノベ初心者が読むには少々クセが強すぎると思うのだが。
それでも彼女は面白いと言った。一般人が読んでも楽しめる内容だったということか。
「やっぱりハーレムは男の子の夢なのかしら。中崎くんもそうなの?」
「うっ……。それは……」
返答に詰まる俺。
言えない。言えるわけがない。ラノベ主人公のように可愛い女の子に囲まれた学園生活が送りたいだなんて、口が裂けても言えない。
「どうなの? ハーレムは好き?」
「す、少しは……」
ただならぬ威圧感に押され、ついに女子の前でハーレム願望があることを自白してしまった。
このことが学年中に知れ渡ったら、俺の高校生活はおしまいだ。
中学の時みたいに俺はまた変態呼ばわりされてしまうのだろう。
「そう。欲望というものは誰にでもあるものよ。形は人それぞれだけど、何かを望むのは悪いことではないわ」
軽蔑の目を向けられるのかと思いきや、東野さんは一定の理解を示すのであった。
「むしろ私は人間は欲望に忠実であるべきだと思うの」
「へ、へぇ……」
意外だな。彼女は落ち着いた見た目とは裏腹に結構ガツガツしているタイプなのかもしれない。
「だから私は複数人の美少女と変態ドスケベ鬼畜プレイを楽しみたいと願う中崎くんを批判するつもりはないわ」
「いや、そこまで言ってないから! 飛躍し過ぎだろ!」
とんでもない誤解だ。俺を何だと思っているんだ。
「でもハーレムが好きなのは事実よね?」
「ああ、そうだよ! 大好きだ!」
俺はヤケクソになって答えた。ここまで来たら言い訳など無意味だろうからな。もう何とでもなればいい。
「……もしかすると、あなたのその願望も、うちの部でなら叶えられるかもしれないわ」
ここで東野和奏は意味深なことを呟いた。
「今、何て言った……?」
「いいえ、何でもないわ。忘れてちょうだい。ともかく、小説を書いてみる気はない? あなたが好きなハーレム物語を書いてもいいのよ」
「ひとまずハーレムから離れてくれないか。話はそれからだ」
文芸部の入部について、俺はまだ返事を決めていない。
断る理由ならいくらでも述べられる。家庭の事情とか、バイトを始めるとか、もっともらしいことを言ってしまえば済むことだ。
だが、俺はここで入部を拒否するべきなのか? それで納得できるのか?
正直に言って、文芸部の活動にはそれほど興味がない。そこまでして書きたいものなんて今の俺にはない。
放課後はアニメを観たりゲームをする時間だ。それを部活のために費やすのは本望ではない。だから俺はこれまで帰宅部を貫いてきた。
それでも、ここで「ノー」と言ってしまうのは何だかとても惜しいような気がする。
東野和奏という美少女が俺を誘っている。彼女はただの平凡な男子高校生である俺に少なからず興味を示してくれているのだ。
この機会を逃せば、もう二度と女子と絡むチャンスなどないのではないか。
美少女との関わりがないまま高校生活が終わってしまう。そんな気がしてならない。
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