01:まだ見ぬヒロイン
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昼休みの教室。俺は妹の手作り弁当を頬張りながら、オタク仲間の浜口と春アニメについて語り合っていた。今期はどの作品が面白いだの、期待外れだの、一話から作画が安定しないだの、お互いが好き放題に意見を述べる。
浜口と知り合ったのは今から一年前。高校に入学したばかりの頃である。同じクラスになった俺たちは、アニメやラノベといった共通の趣味で意気投合し、それからつるむようになった。
「そういえば、タカヨシってラノベの主人公みたいなスペックだよな」
会話の途中で浜口が唐突に言い出した。
「どういうことだ?」
思ってもないことを言われた。一体、俺のどこがラノベの主人公だというのか。
「中肉中背で顔面偏差値は中の中から中の上くらい。進学校に通っていて、可愛い妹と幼馴染がいる。ちょっと鈍感で時々難聴を発症する。な? ラノベ主人公にそっくりだろ」
俺って鈍感なのか? あと難聴の自覚症状もないのだが……。
「鈍感と難聴はともかく、そんなヤツ日本中を探せばいくらでも見つかるだろう。俺はどこにでもいる平凡な男子高校生だよ。主人公の器じゃない」
「その『どこにでもいる平凡な男子高校生』っていうのも、ラノベの主人公が冒頭で語る自己紹介みたいだよな」
またくだらないことを言い始めたものだ。そもそも、ラノベ主人公が言う『平凡』なんてのは、大抵の場合は平凡ではない。ある日突然異能力に目覚めたり、複数の美少女に好かれたり、わけのわからない部活に所属している人間のどこが平凡だというのか。それに、主人公キャラは頭が切れたり、どんな危機的状況に陥っても冷静でいられるなど、結構有能だったりもする。
だが、俺にそんな「特殊能力」はない。正真正銘の無能だった。
ラノベの主人公なんて夢のまた夢。
夢……か。
正直に言おう。俺はラノベの主人公に憧れている。彼らのように美少女に囲まれて、チヤホヤされる学園生活を送ってみたかった。
「ごちそうさま」
俺は弁当を食べ終えると、制服のポケットからスマホを取り出した。
アプリを起動し、読みかけだった漫画の続きを読むことにした。
トラックに轢かれた主人公が異世界に転生する漫画に目を通しつつ、俺は浜口に問いかける。
「仮に俺がラノベの主人公だったとしよう。そしたら、お前は友人キャラのポジションってことになるよな」
「ああ、そうだな。第一話でいきなり『よっ、俺は浜口。よろしくな』って主人公に声をかけてくるヤツだな」
実際、コイツは入学式の日にそんな感じで俺に話しかけてきたのだった。馴れ馴れしい野郎だなと思ったが、そのおかげで俺たちはすぐに打ち解けて仲良くなることができた。
「じゃあ、ヒロインは誰なんだ? 第一話で俺と運命的な出会いを果たす美少女はどこにいる? 突然空から降ってきたり、謎の化け物に襲われている俺を救ったり、食パンを咥えて走っていたら曲がり角でぶつかったり……。何かしらのイベントがあるはずだよな」
「食パンのくだりは少女漫画じゃねぇか? ま、確かにヒロインがいないラノベなんて普通はあり得ないよな。単行本第一巻の表紙を飾るのは主人公が最初に出会うヒロインというのが定石だ。それなのに、まだタカヨシの前には一人目のヒロインすら現れないのはおかしい。そう言いたいんだな?」
「ああ、その通りだ」
ラノベは高校が舞台である作品が多い。だが、俺の高校生活はすでに二年目に突入している。第一話はもうとっくに終わっているのだ。
言うなれば、メインヒロイン不在のまま第二期が始まってしまったわけだ。そんな作品は前代未聞である。
「では、こう考えてみてはどうだ? 物語はまだ始まってすらいないってな。学園系のラノベといっても、高校の入学式が第一話とは限らないだろ」
「なるほど。それはそうだ。第一話の時点で主人公が高校二年生の作品も珍しくないからな」
「そうだ。これから始まるんだよ。もしかしたら、今日がその第一話かもしれないぜ?」
さすがラノベ脳の浜口だ。ワクワクするようなことを言ってくれるじゃないか。
ヒロインはこれから現れる。そう考えると、灰色の学園生活に少し期待が持てるような気がしてきた。
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