12:文芸部の掟
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昼休みになると、俺は塩見先生に入部届を提出するため、職員室に向かった。いつも一緒に昼飯を食べている浜口には今日は先に食っててくれと言い残して教室を出た。
職員室にはあまり行きたくないものだ。用事がなければ近寄りたくもない場所である。あの陰鬱な空気が苦手だった。また、少しでも無礼な態度を取ってしまうと、礼儀作法に厳しい先生に叱られるため、部屋に入るだけで身構えてしまう。
職員室の前にやって来た。
俺は呼吸を整え、ノックをしてからゆっくりと静かに扉を開く。
「失礼します。塩見先生はいらっしゃいますか?」
「はい。あら、あなたは二年五組の……」
「中崎です。入部届を持ってきました」
そう言って俺は入部届を差し出す。
「まぁ。文芸部に入ってくれるのね。先生、すごく嬉しい」
塩見先生は声を弾ませながら微笑んだ。どうやら俺の入部を歓迎してくれているようだ。
「どういうきっかけで入部しようと思ったの? あ、もしかして東野さんが目当て? とても可愛いらしい子だものね」
「い、いえ。そういうわけでは……」
咄嗟に否定したものの、先生が言っていることは、ほぼ正解であった。
俺は東野さんに勧誘されたのであって、自ら望んで入部したわけではない。だが、入部を決意する決め手となったは彼女の存在だった。
あれほどの美少女と同じ部活に所属するチャンスを逃すのはもったいないと思った。だから、試しに文芸部に入ることにしたのである。
「ふふ、冗談ですよ。これからよろしくね、中崎くん」
先生は笑顔で入部を承諾してくれた。
ああ、やっぱり可愛い。こんな綺麗な先生が顧問だなんて最高の部活じゃないか。
美少女の部員と美人な顧問。これだけで入部する価値があるといえる。
「そうそう。大切なことを伝え忘れていたわ」
「何ですか?」
「文芸部の掟」
「掟……?」
いきなり何だ? そんなものがあるなんて聞いてないぞ。
東野さんからは何の説明もなかった。掟の存在そのものを知らされていなかった。
塩見先生はデスクの引き出しから一枚のプリントを引っ張り出し、それを俺に渡した。
「これは五十年近く続いている文芸部の決まり事よ。部の一員として、ここに書かれていることをしっかり守ってね」
うちの高校ができたのは今から五十年ほど前なので、開校したばかりの頃から文芸部は存在していたということか。意外と長い歴史があったんだな。
紙に記された文言を先生が読み上げる。
「その一。できるだけ多くの本を読み、創作の糧とすること」
ふむ。これは妥当といえる。良い小説を書くためにも、たくさん本を読んで研究する必要があるだろうからな。
「その二。原稿を大切に扱うこと」
昔は紙に小説を書いていたのだろう。だが、紙からパソコンに変わった現代においても、その姿勢を忘れてはならないということか。
「その三。思い立ったらすぐに書くこと」
アイデアが湧いたら、その瞬間に文字に起こす。これも大事な心掛けだといえよう。
俺も昨夜はネタを考えながら、メモを残していた。ひらめいたことを忘れないように文章化しておくべきだと強く感じた。
「その四。一日一回は妄想すること」
「ん?」
ここで意表を突かれた。何かの間違いじゃないかと思った。
俺は「掟その四」を読み直す。
しかし、そこに書かれている内容は、先生が読み上げた言葉と一字一句違わなかった。
「あの、これはどういうことです……?」
「そのままの意味ですよ。中崎くんも毎日妄想する習慣を身に付けてね。妄想は創作に必要不可欠なプロセスだから」
妄想なら俺もよくしている。授業中の教室に乗り込んできたテロリストを撃退したり、世界を救うために勇者となって魔王を倒したり、美少女とイチャイチャしたり……。
こんなくだらない妄想が創作の何の役に立つというんだ。
他人に知られたら恥ずかしい内容ばっかりじゃねぇか。こんなの小説で書くわけにはいかないだろう。
「その五。書きたいものを書くこと」
それが最後の項目だった。
五つの中で最も大切なことなんじゃないかと俺は個人的に感じた。
「以上が文芸部の掟よ。忘れないでね」
妄想の下りはイマイチ腑に落ちないが、とりあえず覚えておこう。そして、これらを一つ一つ実践していきたいと思う。
ところで、東野さんはこの掟を意識しながら活動しているのだろうか。
後でちょっと聞いてみよう。
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