00:中学時代の事件
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――変態に人権はありません。今すぐ死ねばいいと思います。
これは今から二年前、中学三年の七月に行われた『学級裁判』において、裁判長を務めるクラス委員の女子から放たれた死刑判決とも呼べる超ありがたいお言葉である。
梅雨明け直後の蒸し暑い夏の放課後。教室の外からはセミの鳴き声が聞こえていた。
被告人は俺、中崎隆義。
俺にはクラスのマドンナ的存在である佐藤さんの体操着を盗んだ容疑がかけられていた。
「死ねよ変態!」
「キモい! キモい! あとキモい!」
クラスメイトたちは俺に容赦なく罵声を浴びせた。
その勢いに怯んでしまった俺は何も言い返すことができなかった。
体操着を盗むような奴は変態以外の何者でもない。キモいと言われて当然だろう。
だが、犯人は俺じゃない。
これは冤罪だ。
たまたま佐藤さんの体操着が俺のカバンの中から出てきた。それだけで俺が犯人扱いされてしまったのである。いや、まぁ証拠としては十分過ぎるかもしれない。……が、それでも俺はやってない。きっと誰かに嵌められたのだ。罪を擦り付けられたのである。
被害者の佐藤さんは俯きながら泣いていた。とてもショックだったのだろう。彼女はとても純粋な性格で誰に対しても優しく接するタイプだった。俺みたいな陰キャオタクのことも差別しなかった。
そんな聖人である彼女を悲しませる奴が俺は許せなかった。何としても真犯人を捕まえてやりたいと思っていた。
「さっさと佐藤さんに謝れ。この変態!」
「そうよそうよ! 死んで詫びろ!」
割りとキツいことを言われたものだ。あれほど強い憎悪を他人から向けられたことは今までの人生でこの時以外に一度もない。まさに心を抉られるような気分だった。実は未だにトラウマだったりする。
俺は悪いことなんてしていないのに、どうしてこんな目に遭わなきゃならないのか。
理不尽な己の運命を呪いたくなった。
「みんな待って。タカヨシを犯人だと決めつけるのはよくないよ。それに『死ね』って言うのはさすがに酷すぎる!」
四面楚歌の絶望的状況に追い込まれた中で、たった一人、俺を擁護する存在が現れた。
北原明里。俺の幼馴染だ。
彼女はいつも俺の味方だった。幼稚園時代、明里はいじめられっ子だった俺を庇ってくれていた。小学生時代には上級生に絡まれているところを助けてくれたりもした。
明里の発言が胸に響いたのか、クラスメイトたちは俺を罵ることをやめた。
また、被害者である佐藤さんも「中崎くんを責めないであげてください」と言ってくれたので、地獄の学級裁判はそこで閉廷となった。
犯行について厳しく追及されることはなくなったものの、俺が負った心の傷は癒えないままだった。
犯人扱いされたことに対する怒りと悲しみがモヤモヤとした感情を引き起こす。
「気にすることないよ。私はタカヨシが犯人じゃないって信じてるから」
その日の帰り道、明里は俺に向かってそう言った。
俺はこの一言で救われたような気がした。
「私もそう思います。中崎くんはそんなことをする人ではないです」
佐藤さんもまた俺の味方になってくれた。
彼女はその後も以前と変わらぬ態度で俺に話しかけてくれたのだった。
――やはり持つべきものは心の友だよな。
彼女たちのおかげで最悪の結末は免れた。もう誰からも罵倒されることはなかった。
これで平穏な学校生活を取り戻すことができる。そう思っていた。
だが、悪い噂はそう簡単には消えない。
厄介なことに、それはあっという間に広がってしまうものなのだ。
佐藤さんの意向により、これ以上事件が深く掘り下げられることはなかったものの、俺に対する疑いは晴れないままだった。なぜなら、真犯人は一向に現れなかったからだ。
「ねぇ、あの人ってもしかして……」
「うわぁ、キモ……」
俺は体操着を盗んだ変態として学校中の生徒から白い目で見られるようになった。
廊下を歩くだけでヒソヒソと噂話をされるのだった。
「タカヨシ……」
明里は俺を気遣った。
余計な心配をかけてしまい、何だか申し訳ない気持ちになった。
「平気平気。あと半年でこの学校ともおさらばだしな。それまでの辛抱だ」
俺はあくまで平静を保つことにした。
自分に非はない。間違ったことはしていないのだ。堂々としていればいい。
どうせ中学を卒業すれば、皆俺のことなど忘れるはず……。
変態のレッテルを貼られたまま中学を卒業した俺は、地元から遠く離れた高校に進学することになった。
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