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月の涙は夜明け前にひかり輝く

キスは優しく

作者: 碧野 悠希


 いつになったら名前を呼んでくれるのかしら?


 ラペールの永い初恋に終止符が打たれ、婚約期間を経ながら、ようやく二人の仲を深めていける。

 と、シーリオは安易に考えていた。

 それだけ彼は王女に会えない間、いろいろ動き回り、根回しし、方方から信頼されるよう身を削り、ここまで辿り着いた。


 だが、それは甘い考えだったと彼は直ぐに思い知る。


「シリウス様は、どうしてああも頻繁にわたしの部屋に顔を出すのかしら?」


 彼がまだ絵師を生業とし、「シリウス」と王女から名を与えられ、自分の正体が分かってからも、ラペールにそう呼んで欲しいと望み、彼女もそれを受け入れてくれた。

 幼い姫からのその贈り物をずっと大事にしてきた彼は、年に一度しか会えない王女から、ひたすらに自分に向けられる親愛の情をひしひしと感じ取っていた。

 その感情に絆されてしまい、今となってはシリウスの方が純真無垢な彼女に夢中になってしまっている。


 今日も、ウンデキンベル国の公務を終え、ラペールの部屋の扉を叩こうとしていた時だった。

「……」

 侍女のアメリアにそう話しているのを聞いてしまったシリウスの右手が力なく下に落ちる。


 一体どういうこと?

 ラペールは僕のことを好きだった訳ではない。と?

 わざわざ部屋を訪れる理由なんて、一つしかない。

 逢いたいから。

 好きだから顔を見たい。

 触れたい。

 あわよくば……。などと考えてしまうのも、彼女を愛してしまったからに他ならない。

 願いが叶うのならば、ただひたすらに彼女を愛し続け、微睡んでいたい。

 その姿をスケッチし、部屋中を彼女で埋め尽くしてしまいたい。

 などと、男の欲望が湧き上がってしまうのも仕方ないのではないだろうか。

 だというのに。

 あんなに会う度に熱い視線を送ってきたラペールが、婚約を交わした日からそっけない。

 婚約したのだから、同室でもいいのではないか、と思うシリウスだが、ラペールの父であるウンデキンベル国国王が首を縦に振ってくれないのだ。

 大切な一人娘という理由は言わずもがな。

 一番は、ラペールの気持ちがずっとシリウスに向いていながら、それに向き合ってこなかった彼に腹を立てているのだろう。

 初めて正体を明かした時、国王は考える間もなくシリウスを退けた。

 今まで娘をないがしろにしていたというのに、今更何を言い出す。と。

 そう返ってくると彼も予想していたので、有無を言わせぬ力を蓄えた。

 そうしてやっと認められ、婚約にまで辿り着くことができたというのに、肝心のラペールの気持ちが分からない。


「あら」

 ラペールの部屋の扉が開き、王女と話をしていたアメリアと目があう。

「シーリオ様。今日はどんな御用でしょう」

 頭を下げ、そして真っ直ぐ見つめる侍女は、毎日王女の部屋の扉を叩く彼にどんな感情を抱いているのだろう。

 いや。

 そんな事今は関係ない。

 聞きたいのは向こう側から聞こえてきたラペールの言葉の真意だ。

「あの……」

 聞いてもいいものなのだろうか。

 シリウスは口を噤む。

「ラペール様ならおられますよ?」

 外で聞き耳をたてておられたんでしょう?

 と、続けたそうな表情でラペールの婚約者に視線を向ける。

 シリウスは居心地が悪くなり彼女から目を離すと、アメリアは溜め息をつく。

「これはシーリオ様の為でなく、ラペール様を想っていうことですので」

「はい?」

 突然距離を詰められたシリウスの背中が、壁につく。

「ラペール様は長いことシリウス様にお気持ちを寄せたおられました。しかし、当の本人はそのお気持ちをただひたすらにかわし続け……」

「……」

 自分の痛い部分をナイフでグリグリと抉られ、弁解できる余地もない。

「それが突然婚約者だなんて。ラペール様のお気持ちの整理がつけられるとお思いですか?」

 怒鳴りつけたい程の衝動を抑え、極力感情を殺して殺して、と思う程、怒りに感情が昂ってしまう。

「あのお方は、シリウス様への気持ちが届かないのであれば、無駄に足掻かずに政略結婚を受け入れる。と、この国の王女である御自分の立場を十分理解しておいでです。それが、目の前に婚約相手として貴方が現れて……」

「……?喜んでいるんじゃないのか?」

「はぁ?」

 アメリアの口からは、自らが仕える位が上の人物に対する言葉遣いに似つかわしくない声が漏れる。

「バカでいらっしゃいますか?」

「え?」

 突然のバカよばわりをされ、シリウスは理解が追いつかない。

()()()()()()に貴方が姿を現したと、ラペール様はお考えです」

「……」

「貴方がいくらラペール様に愛の言葉を囁いたとて、姫様はそれを信じておいでにはなりませんよ」

「え?」

 シリウスにとっては、衝撃的過ぎる言葉だった。

「え?待って?どういうこと?」

「……」

 昨日だって一昨日だって、むしろ、あの日から毎日ラペールは自分の想いを伝えている。

 だって、可愛いのだから仕方ない。

 自分の部屋で彼女を思い出してスケッチしても、何も満たされず、この腕の中に閉じ込めてしまいたくてしょうがない。

 その独占欲の強さは彼女を怖がらせてしまうと、閉じ込めたまま、愛を囁く。

「ラペール様は、それはそれは永い間、シリウス様に恋をしておいででした。叶わぬ恋と自分自身に言い聞かせ、数えきれぬ程、枕を涙で濡らしておりました。それを知っている国王様がこの話を持ってきた、と考えておられます」

「……」

「なので、姫様はまだ、シリウス様と互いに想いが通じていると考えておりません。貴方様からの愛の言葉も上辺だけのものと思っておいでです。想う時間が長過ぎて、戸惑っているだけだと私は思うのですが……。想われることに慣れていないといいますか」

「では、僕はどうすれば」

「気長に待つしか方法はないと思います」

 間髪入れない答えに、シリウスは完全に敗北してしまった。

「私ごときが口を挟める立場ではないのは、重々承知です。……ラペール様には幸せになって頂きたいのです」

「……」

「今までシリウス様も自らのお気持ちを伝えられるお立場になかったので、胸の内を伝えたいというシーリオ様のお気持ちも分かります」

「……」

「自らのお気持ちを素直に伝える事も大事ですが、ラペール様が何をお望みなのか、お聞きになってはいかがでしょうか」

「……」

「私には、それくらいしか申し上げられません」

 アメリアは、言いたい事を吐き出してすっきりしたのか、「失礼致しました」と深く一礼をして、颯爽とその場から立ち去って行ってしまった。

 王子という立場であるにも関わらず、とんでもない量の言葉を浴びせられ続けたシリウスは、ズルズルと足元から崩れ落ちた。

 思い当たる節は幾つか……というか、幾つもある。

 ラペールに隠さず想いを伝えられる事が嬉しくて、それを毎日伝え続けた。

 しかし、アメリアから言われたように、王女の言葉を、その気持ちをしっかり聞いていただろうか。

 彼女たちよりも年上だというのに、こうも舞い上がってしまっていたという事実を突きつけられたシリウスは、自身が情けなくなった。

 外交では、自らの手の内を全て明かさぬよう、しかし相手には本心を曝け出してもらえるよう、カードの切り方を見誤らない様注意を払いながら立ち回っていたというのに。

「なさけない」

 思わず漏れ出る言葉を聞くものは誰もいない。

「……」

 己のバカさ加減に笑いが込み上げてくる。

「……」

 シリウスは気持ちを切り替えた。

 アメリアがああして助言をしてくれたということは、ラペールの気持ちはまだ自分にあると思っていいだろうか。

 立ち上がり、身なりを整えたシリウスは、ラペールの部屋の扉をノックする。

「どなた?」

 音と共に背筋をピンと伸ばし、声を出しているんだろうなぁ……と、彼女の見えない姿を想像しただけで、心が温まる。

「わたしです」

「……」

「シリウスです」

 扉の向こうから微かな物音がしたかと思ったのも束の間。

「……。どうぞ」

 内側に扉が開き、ラペールが姿を現す。

「ありがとう」

 俯いたまま自分の方を見ようともしないラペールに視線を向け続けるも、彼女と目を合うことはない。

「お茶を淹れますね」

 侍従を呼んで支度をしようとその場を後にしようとする王女を、その声が呼び止める。

「ラペール様」

 シリウスに言いたい事を言って、そのまま去って行ったアメリアが目の前に。

「お茶の御用意でしたら、御茶菓子と共にこちらに」

「まぁ。……ありがとう。アメリア」

 驚いた顔を見せたラペールは、用意してもらったカートを窓際の机のそばまで寄せてもらう。

「それでは失礼致します」

 仕事の出来る侍女は、そのまま何も言わずスマートに去って行く。

「シリウス様。どうぞ?」

 四季折々の装いで華やぐ庭園を見渡せる、この窓際からの眺めをラペールは気に入っているらしい。

 勧められるがままシリウスは着席し、王女はアメリアの準備してくれた焼き菓子を彼の前にだした。

 王女は温めてあったティーポットのお湯を、二人のティーカップに注ぐ。そうしてから、アメリアが選んでくれていた茶葉をポットにいれ、お湯を注ぎ、蒸らしている間に、シリウスの目の前に座る。

「今日はどうされたのですか?」

 感情を心の奥に止めているのか、その言葉に秘められた気持ちが読めない。

 いつも通り、にこにこと花のように微笑むラペールは、いつ見ても愛らしい。

「……」

 シリウスはここへ来た目的を忘れ、魅入ってしまう。

 こんなに愛らしく微笑んでくれているというのに、心の奥では不安に揺れていたとは想像も出来なかった。

「……」

 いつも何を話していたか……。

 庭を眺めながら話題を探す。

「……」

 すると、シリウスに視線を向けていたラペールも庭の方へ顔を向け、一瞬の思案の後、紅茶を各々のカップに注ぐ。

「どうぞ」

「ありがとう」

 シリウスはカップをくるりと回し、取手を摘むとカップを傾けた。

「ベルガモットの香りがいいですね」

 王女の淹れてくれるお茶は雑味もなく、リラックス効果のある茶葉をアメリアが用意してくれたのか、心が和らぐ。

「王女様の淹れてくれるお茶はいつも美味しい」

「……。ありがとうございます」

 少しの間。それも何か言いたそうな沈黙。

 しかしそれを飲み込み、恥ずかしそうにラペールは視線を落とす。

「今日は……」

 しかし、いつまでも無言で過ごす訳にもいかない。

「今日は、あまりお話してくださらないのですね」

「え?」

「わたし、シリウス様の話して下さるいろんな国のお話、大好きです」

 言いながら、何を思い出しているのか、少し固かったラペールの表情が楽しそうに変わる。

「なら、いろんな国を一緒にまわりましょう」

 シリウスは花が綻ぶ様に笑う、その笑顔が大好きだった。

 そんな顔を見せてくれるのに、ラペールは本心を隠したまま。まだ自分の片想いが続いていると思っているという。

 こんなに好きなのに伝わっていないとか、あり得ない。

「他に何か言いたいことは?」

「え?」

 いつも僕ばかり話してるから。

 と、小声で言うと、聞き取れなかったラペールが聞き返してくる。

「いつも僕ばかり話しているから、王女様の話も聞きたいな……と」

 昨日も一昨日もその前も。

 ひたすらに甘い言葉のみを囁き続け、一方通行だった。

 確かにラペールは可愛い。

 その柔らかい頬を染め、何を切り出そうか口を開いては閉じ、視線を下へ向ける仕草だったり、じっとこちらを見ているのに、目が合いそうになると視線を逸らして耳まで赤らめる姿は、もう、本当にどうしようもなく可愛い。

「……なまえを」

「え?」

「名前を呼んで欲しいです」

「え?」

「シリウス様はいつも私のことを「王女様」としか呼んで下さらないので……」

 それを言い終えたラペールは、口をキュッと固く結び、口にしてしまった事を後悔しているのか、伏せられた瞳から雫が落ちそうになっている。

 なんだ。

 そんなこと……。

 シリウスは、言われて初めてハッとする。

 今まで自分は彼女を何と呼んでいたか。

 絵師をしていた頃は、その立場があったので、名を呼ぶ事は叶わなかった。

 だが今は違う。

 名を呼ぶだけでない。

 抱き締める事もキスする事も、身を寄せ合いながら互いの体温を感じ合うことだってできる。

「……」

 シリウスは静かに立ち上がった。

「シリウス様?」

 そして、彼女の前に立ち、手を差し出す。

「ラペール」

 たったその一言で、彼女の心臓がドクンと力強く鼓動し、ラペールは自らの手を彼の手に重ね合わせると、少し強引に身体を引かれた。

「きゃっ」

 その力強さにラペールはバランスを崩し、彼の方へ倒れ込む。

「も……もうしわけ……っ」

 慌てた彼女がシリウスから離れようと両手で身体を押しやろうとすると、逆に力を込められ捉えられてしまう。

「ごめん」

「……」

 腕の中に閉じ込められたラペールは、逆に謝られてしまい、彼の顔を見ようと首を上げる。

「今までずっと……。僕は……貴女の名前を呼んじゃダメだって思ってた。呼んでしまったら、手離せなくなるって。……もう……。こうやって抱き締められる立場になるのに。言葉もどうしても今までの関係があったから、普通に話そうと思ってもなかなか抜けなくて」

 シリウスは自分の中に燻り続ける葛藤を初めて口にする。

「でも、シリウスって名前だけは、ラペールにしか呼ばせてない。だって、貴女がくれた名だから。アメリアだって、基本的には僕のこと、シーリオって呼んでる。彼女は僕に対していい印象持ってないの分かるからさ」

 最後の言葉は、笑ってもいいところなのだろうか。シリウスは自嘲気味に笑い、ラペールをその身体から離すと、彼女と向き合い、己の片膝を折った。

「ラペール」

「え?」

 突然目の前で跪かれ、ラペールは戸惑う。

「僕と結婚してください」

「え?」

 婚約書を交わす為に、再びこの国を訪れた時に、シリウスはしっかりとプロポーズをしていなかった。

 あの時はラペールに会える事が嬉しくて、婚約を承諾してもらえた事が嬉しくて、本当に何も考えていなかった。

 そういえば、釣書に目を通していないとも言っていたというのに。

 舞い上がりすぎにも程がある。

「僕は君に、幸せで温かな気持ちだけを与え続けて、僕がいないと君の世界が壊れてしまうくらい、貴女が僕に依存してくれたらいいと思ってる」

「え?」

 狂気の沙汰ともとれる言葉をサラリと吐かれ、ラペールは思わず後退りそうになる。

「ラペールは、しっかりし過ぎているから、僕は君を他の誰よりも甘やかして、甘やかして甘やかして……。僕がいないと生きていけないと、僕に縋ってほしい」

 懇願するように見上げられるが、果たしてこれは求婚の言葉になるのか。

 シリウスの闇の部分が垣間見えた瞬間。

「こんな僕でよければ、結婚してほしい」

 指輪も何も準備していないけれど。

 格好いいシュチュエーションでもプロポーズの言葉でもないけれど。

 絵師だったシリウスも、踏ん切りがつかなくて女々しいシリウスも、少し強引で男らしいシリウスも、甘え上手で人の懐に入るのが上手いシリウスも、こうして自らの闇を隠さず言葉にしてしまうシリウスも。

 全て同じ一人の人間だから。

 

 受け止めて欲しい。

 他の誰かではだめ。

 ラペールに。


 一体、どれだけの時間跪いていたのか。


「私でよければ」

 シリウスの手に、小さな彼女の手が重なる。

「末長くよろしくお願いします」


 鳥の囀りのような心地良い声がシリウスの耳に届く。


「ラペール」

 膝をついていたシリウスが立ち上がった。

「なんだか勢いに任せて凄い恥ずかしいこと言っちゃったけど」

 頭を掻きながら、握ったラペールの手だけは離さない。

「僕の言葉に嘘はないから」

 真っ直ぐ見つめられた王女は、恥ずかしさのあまり彼の視線から逃れようと斜め下を見つめる。

「これで、僕たちちゃんと想い合ってるの。分かる?」

 ラペールに自分の気持ちがしっかり伝わっているのかが不安で、恐らく確認しなくていい部分まで言葉にしてしまう。

 けれど、ここまで言葉にしないと、彼女には伝わらない。

「ラペール。愛してる」

「シリウス……」

 潤んだ瞳で見上げられ、その唇に口付けすることを抗わずにいられるだろうか。

「ラペール」

 既に赤く色づく頬を手の平で包み、自分の方を向く様に誘導すると、まだ慣れない行為に戸惑いながらも瞳を閉じてくれる。

「んっ」

 壊れ物を扱うかの様にそれに優しく触れるのだが、それに慣れないラペールの身体に少し力が入るのが分かる。


 出会ってから過ぎた年月は長い二人の。共に過ごした日数は短くて。

 互いに知らないことの方が多い。


 シリウスはラペールの腰に手を回し、更に身体を密着させると、一度触れた唇から離れ、再び角度を変えてわざと少し音を出しながら啄む。

 

「んん」

 ラペールの鼻の奥から色気のある音が漏れ出てくるが、本人に相手を煽っているという意思がないというのが辛い。

 シリウスはそんな彼女が逃げ出してしまわぬ様、左手に力を込め、反対の手は頬からするりと下へ移動し、顎を持ち上げる様にしながら、その指で軽く口を開けるよう動かす。

 まだその誘導の意図に気付かない乙女は、されるがままに従い、そして、軽くひらかれた唇に突如、ぬるりと侵入してきたそれに、今までうっとりと閉じられた目を丸く開いた。

「んん……んぁ」

 だが、シリウスはそれに動じることなく、その行為を続け、やっと触れることのできた彼女の味を堪能する。

 彼女の形を覚えようと、柔らかくて温かい部分を舌でなぞり、綺麗に並んだ歯に這わせる。

 彼女の舌はされるがまま踊り、絡ませようと動くと戸惑いながら倣ってくれる。

「んっ……んっあ」

 ラペールの息が荒くなり、シリウスから無理やり引き出される、表現しがたい昂りや声に、全てが初めての彼女は限界だった。

「んん」

 ようやく触れてくれたシリウスに応えたいと。

 こうしてくれることを待っていた彼女だったが、ここまでとは流石に想像もしていなかった。

 既に、立ち続けなければいけない足の力は限界で、彼の腕の力を借り、ようやく立てている状態だ。

「……」

 シリウスはうっすら目を開け、周りを確認する。

「んぁ。……きゃっ。なっ……んン」

 突然の浮遊の感覚に、ラペールは再び目を見開き、シリウスを引き離そうとするも、彼は抱き上げたまま深いキスをやめない。

 必然的に落とされないように彼の首筋に両腕を回すような形になり、シリウスは少し嬉しそうに笑った。

 一体いつまで続くのか。

 離れてもらいたいと思う一方、このまま求め続けてもらいたいとも願う。

 そうして、抱き抱えられながらもシリウスの舌が、唇がラペールの愛らしい唇と舌を吸うことを……嬲る事を繰り返し、このまま溶けてしまう……と思った頃。

「あぁっ」

 口から漏れ出る声は、乱れた息をする音に代わり、キスの終わりと共にラペールは優しくベッドに沈まされた。

「ごちそうさま」

 シリウスは半開きになったままの彼女の口から垂れてきた、どちらのとはわからない唾液を親指で掬いとると、ちゅっとわざと音を立てて舐めとった。

「なっ」

 目を細められ少し意地悪そうな、欲望を煽る目を向けられ、ラペールは、もう本当にどうしたらいいのか分からない。

「怖がらないでもらえると……」

 シリウスはベッドに沈んだラペールの頬を撫で、頭を撫で、そうして今度は唇を撫でる。

「僕は多分貴女が想像するよりも、ずっとずっと、貴女の事を愛してるし、ずっとこうしてベッドに閉じ込めて……この布に隠されている身体の隅々まで味わい尽くして……そうして、疲れて眠ってしまった貴女を宝物のように大事に眺め続けていたい」

 シリウスから毎日の様に愛を囁かれていたが、全て上辺だけだと聞き流していたのは、半分事実で、もう半分は彼の言葉を信じたかった。

 しかし今日。

 こうして彼の熱を感じ、求められてみると、全てを委ねてもいいのかしら……と身を委ねたくなってしまく。

「だから、明日も会いに来ていい?」

 甘えるその姿は、先程欲望の片鱗をのぞかせ、ラペールを食べていたシリウスからは想像がつかない程愛らしい。

「お待ちしておりますわ」

 寝たまま答えるのは失礼、と思い身を起こそうとするも、シリウスから優しく押し留められてしまう。

「じゃあまた、明日。ラペール」

 軽く沈んでいたベッドが少し浮き、シリウスの唇がラペールのおでこに軽く触れる。

 彼の去る靴音が遠ざかり、部屋から出て行ってしまった。


 名残惜しい。


 ラペールは先程まで彼の熱を直接感じていた唇にそっと触れる。

 

 まだ恋していていいのね。

 心がふわっとあたたかくなる。


 シリウスとの婚約は、本当に父親が無理矢理にすすめた政略結婚と思っていたラペールは、彼からの熱の片鱗を直接感じ、ようやく心に熱が戻ってきた。


 デビュタントでシリウスと会ったのを最後に、ラペールは自分の気持ちの一部に蓋をしてきた。


 それは、決して晒してはいけない心だったから。


 その凍らせた気持ちを溶かしたのは、王子様からの熱のこもったキス。


 心を閉ざしていた姫は、ようやく彼に恋をしていたかつての頃のように、一人、優しく微笑んだ。



ブックマーク、評価をして下さりありがとうございます。

読んで頂き嬉しい限りです。


書いてみたら本編とは打って変わって糖度高めな作品になってしまい、驚いております。


また他の作品にも興味を持って頂けるよう、精進します。

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