9、嵌められるなんて冗談じゃない
重蔵は上機嫌で呼びかける。
「おい、音!お前には投資に値するだけの舞の才があるな」
「もったいないお言葉でございます」
「ただ体重移動や足捌きを見る限り、お前には日舞よりも、西洋のダンスの方が馴染みそうだ」
「!」
あまりにも的確な一言にはっとする。
たった1曲舞っただけで、そこまで看破するとは驚いた。
人間性はともかく、重蔵の鑑賞眼は確かだ。
「何としてでも東京から教師を呼び寄せてやるから、西洋のダンスも学べ」
「喜んで」
口に手を当てて微笑む。
腕を上げたときに振袖がずり下がり、絵理子に渡された指輪がきらりと光った。
その瞬間、
「その指輪は私のじゃないの!」
絹子が叫んだ。
「どうしてお前が持っているのよ!盗んだのね!」
大広間が騒然とする。
絹子は怒りのまま、黒地に金襴刺繍の振袖を振り乱して掴みかかってきた。
「まさか、盗むなんて致しません!!」
「じゃあ何でお前がもっているのよ!!」
「これは絵理子さまが…」
「絵理子のせいにしようっていうの?!信じられない卑しい根性ね。あの子がいくら優しくたって、私の指輪を勝手にやるもんですか!」
どういうこと?
咄嗟に絵里子の方をみると、袖で口元を隠してはいるが、愉快で仕方ないというような目をしていた
「……!!」
嵌められた。
油断した。迂闊だった。
絵理子が信用ならないことなんて、分かっていたのに。
「盗みを働くなんて、油断も隙もありませんわ。生まれの悪さは直しようがないですもの」
木綿子がしたり顔で重蔵に囁く。重蔵は難しい顔をしていた。
形勢は不利だが、黙ったままの方がまずい。
糾弾され、ろくな弁明もできないまま死刑台に送られた前世の記憶がよみがえり、足が震える。
とにかく言い返そうと口を開いたとき、下座に控えていた小夜が「恐れながら」と叫んだ。
「それは私が、絹子様の宝石箱から拝借して、音様にお渡ししたものです」
いつも静かな女中の大声と、その意外な内容に、ざわついていた大広間が一瞬で静まり返る。
「………は?」
呆気に取られた。
絵理子たちも驚いている
「なぜそんなことをしたの?」と絹子。
「音に脅されたの?」と木綿子。
「いいえ、音様は何も知りません。ただ私が音様の指にあればお似合いだろうと思って、どうしてもそのお姿を見たくなったのでございます」
「でも、さっき音は絵理子からって嘘をついたわよ」
「はい、私が『絵理子様からです』とお渡ししました。私が渡しても音様は不審に思うでしょうから」
小夜はとうとうと説明するが、私はそれが全部でたらめだと知っている。
「音様以外のお嬢様たちはたくさんの宝飾品をお持ちですし、音様は母が違うとはいえ絹子様の妹。こんな大事になるとは思いませんでした、申し訳ございません」
久光によって重蔵の面前に引きずり出され、小夜はその場で土下座をした。
いつもの無表情で感情は読めなかったが、床についた手が小刻みに震えている。
「あなた何をしたか分かっているの?お嬢様のお持ち物に盗みを働いたのですよ!」
女中頭の貞女が怒鳴る。女中の不始末は責任問題になるためほぼ悲鳴だ。
「どのような罰も受けます。音様にもご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした」
それっきり、小夜は黙って頭を下げたままだった。
「そういうことなら、音はむしろ被害者だな」
顎に手を当てた重蔵が宣言する。
小夜が身を挺して庇ってくれたおかげで、なんのお咎めもなかった。
絵理子の顔が悔しげに歪んでいたのは見ものだったが、そんなことより、なぜ小夜が庇ってくれたのかが分からず、他の人々と同じように呆気に取られるしかなかった。