7、金の指輪を渡されました
食事事情を改善したおかげで、数日のうちに髪や肌にみるみる艶が戻ってきた。
姿見に映るのは唐紅地に辻が花の振袖に塩瀬染の勿忘草色の名古屋帯を締め、柔らかな巻き毛に陶器のような肌をした美しい少女である。
衣、食と揃った今、次に私がするべきことは何かというと
…次は住環境を向上させなければ!
こんな板敷き間には早いところ別れを告げたい。
狙うのは敷地内の洋館、月影楼である。
奥の間の窓から西洋の建物を眺めたいという重蔵の希望で建てられた洋館は、木造漆喰3階建てで、丸屋根が美しい擬英国ルネッサンス様式の白亜の建物だ。
今は重蔵の収集した舶来品の物置になっているため常駐の使用人もおらず、サンルームとダイニングといくつかの部屋だけという、子取家の他の建物に比べるとこぢんまりとした構造だが、豪奢さは決して劣らない。パーケットの床張りに、上品で美しい壁紙、応接間の暖炉周りの化粧張りには螺鈿細工、瀟洒なシャンデリアに、飴色の木目が美しい折上格天井…。遠藤が料理修行に精を出している石窯付きの厨房もある。
今の私は前世の記憶に引っ張られているのか、和よりも洋の方が好みだ。
もしかしたら、舶来趣味の父の重蔵に似ただけなのかもしれないが、いずれ洋服も手に入れようと思う。
さすがに月影楼へ父の許可なく勝手に住み着くことはできないので、どうにかして父から月影楼の女主人になることを認めてもらわなければならない。
週に一度、食後のひととき、いつもは奥の間にこもっている重蔵が大広間に出てきて、娘たちや主屋の使用人たちからの挨拶や報告を受ける。
今日は、その通称〝ご挨拶〟の日だ。
さて、どうするか。
板敷き間で独り言に気をつけながら考え込んでいると、瑠璃地に金銀箔の振袖を着た絵理子が訪ねてきた。
「音姉さま、今日のご挨拶には出席なさるのかしら」
「ええ、そのつもりでございます」
妾の子は家族ではないと、絹子たちから血族の席を締め出されているので、音は使用人たちに混じって出迎えることになる。
これまでは父から見向きもされないのがつらくて、いつも後ろの方に控えていたが、見向きもされないとめそめそ泣いている時期はもう終わったのだ。今日のご挨拶は堂々としていよう。
必ず、必ず、自分の存在を思い出させてやる。注目させてやる。
「音姉さま?」
心の中で決意表明をしていると、絵理子が不思議そうな顔をした。
「失礼いたしました、何か御用でございましたか」
「ええ、そうですの」
すっと、絵理子が差しだしたのは、薄紫色の翡翠が嵌め込まれた金の指輪である。
「こちらは?」
「私の指輪でございます。お父様のご挨拶の日は皆精一杯着飾ります。今の音姉さまには必要なものでございましょう」
ご挨拶の日、絹子たち姉妹は贅を尽くした美しい恰好で現れる。
使用人たちとは格が違うその装いは、子取家直系の証でもある。
「使わせていただいてもよろしいのですか」
「どうぞ、たくさん持っておりますので」
彼女たちは自分と違って、宝飾品も惜しみなく与えられているのだ。
少し、気持ちがささくれる。
「では遠慮なく」
白魚のような手に翡翠の指輪はよく馴染んだ。
「お似合いでございますわ」
と穏やかな顔で絵理子が言った。