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15、小夜はロマンチストです

明るくなったので、上から眺めて山道を見つけ、小夜に背負われて山を下る。下る分にはワイヤートラップに引っかからないらしい。途中、きれいな湧き水を見つけて、のどを潤した。

「下流には魚も泳いでいるし、ここの水には重金属が入っていないようなのよね…」

「何か気にかかることがございましたか」

「鉱山があるのなら、あの赤い池のように、この水も汚染されていてもおかしくないのにと思っただけよ」

もう一度、水を掬って目を凝らしてみるが、とくにおかしな様子はない。

「このへんの水は村の生活用水としても使われています。様子がおかしいのは山の上だけでした」

「そうね。理由はいくつか推測できるけれど」


 そのまま下り、麓の道祖神が見えてきた。周囲には、私たちがどうなったか確認しに来たのだろう、何人かの屋敷の男性使用人たちがいた。無事な姿を見て腰を抜かすものもいる。

「生きてる…」

「どうして。貞女と同じく、旦那様から罰を受けたと聞いたのに」

「ともかく久光様に報告だ」

勝手に小夜の縄を解いたことを咎められるかとも思ったが、それどころの様子ではない。

泡を食ったように全員が屋敷の方に駆けていき、小夜と2人、その場に残された。

「何なのよ、全く。化け物を見たみたいに」

 ポツリと小夜が呟いた。

「…もしかしたら、化け物になったと思われているのかもしれませんね」



屋敷に帰っても、使用人たちから妙に恐れられる状況は続いた。

主屋で小夜に湯を沸かさせ、薬箱を勝手に使っても何も言われなかった。人の気配はするが、誰もが遠巻きに様子をうかがっている。

「ま、邪魔されないことは良いことだけど」

自室の板敷き間に腰を落ち着け、身体を拭って着替えをした。

東雲色の唐草花小紋に群青色の帯を締める。

「お手伝いいたします」

「やめて」

小夜が手を出してこようとするのを遮った。

「今のあなたに触られたら余計に汚れるわ」

袋叩きにされ、一晩中、山を歩くことになった小夜の体は、自分の比ではないほど泥や埃で汚れている。

「そ、そうですよね。気が回らず申し訳ありません」

「何を落ち込んでいるのよ」

しょんぼりした声にため息が出た。湯の入った桶を小夜の方に押しやる。

「さっさと湯を使いなさい、汚れを落としてから手伝えと言っているのよ」

「はい!」

「なんで急に元気になるのよ」

テンションの上がり下がりが声を出すまで全く分からないので、無表情のまま気合の入った声を出されるとちょっとびっくりする。

 泥にまみれてゴワゴワになった小夜の着物を脱がせると、赤や黄色の打撲傷が目立った。裂傷もある。

「よくこの状態で私を背負って動けたわね」

「見た目ほど酷くはありません。殴られたときに、どこを庇ってどこの力を抜けばいいのかは分かっていますから」

 殴られ方は上手いんです、伊達に幼いころから殴られていません、と小夜は身支度を整えながら話した。着替えとして、絵理子から分捕った友禅の振袖を出したら首を振って固辞されたので、以前自分が着ていた古い格子柄の小紋を渡す。

「でも、相当痛そうよ」

「痛みには慣れています。骨が折れたわけではなし、動く分には問題ありません。この程度の腫れなら数日で引きます」

「そう」

 自分が痛めた足は、小夜の打撲傷の数々に比べればささやかな腫れだ。

 骨が折れたわけでもない。

 それでも、うまく歩けないほど痛かった。

「小夜、どうやって痛みに慣れたの?」

 痛みの緩和方法を知りたかったのには訳がある。おそらくこの後、重蔵から呼び出しがかかるだろう。

 足が使い物にならなかったら、踊れなかったら、あの男にとって私には価値がない。

 せっかく重蔵の興味を引いて、姉妹や使用人たちの頭を押さえ、屋敷内での立場を得られそうなのだ。飽きられないために、痛みに慣れる方法を知りたかった。

 小夜は丁寧に説明してくれた。

「何度も殴られていると、痛みの種類が分かるようになります。『これは動いて悪化する傷ではない』『こういう動き方をすれば、悪化はしない』『悪化するかもしれないが、今動かなければならない』と判断できます。頭で分かるようになれば、痛みはねじ伏せられます」

 つまり理性と精神力で体の悲鳴を抑え込むのか。

 意識的な身体のコントロールは得意分野ではある。

 じっと自分の足を見つめた。

「音様」

「何?」

「足を捻ったときは、無理に動くと悪化します。酷い時には骨が折れます」

「悪化しない動き方があるのでしょう?教えなさい」

「音様はおやめください」

「お前にできて、私にできない道理はないわ」

「分かっています、だから嫌です」

 見てください、と小夜は節くれだった手を広げた。

 若い娘の手とは思えないほど、掌が分厚く、指の関節が盛り上がってごつごつしている。拳闘士ボクサーのような手だった。

「これが痛めても使い続けた手です。治ったとして、関節が太くなります」

 小夜は祈るように手を胸の前に重ねて真剣な声で言った。

「このような手、音様には似合いません」

「…お前はとんだロマンチストね」

 勝手に理想を押し付けるな、とも思う。だが

「まあいいわ。お前の忠心に免じて言うことを聞きましょう」

 舞の他にも、重蔵の気を引けそうな手段が無いこともない。


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