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なりすまし花嫁と入れ替わり花婿  作者: 浅倉遼晴
第一章
8/9

8

その日の舞踏会は、王子が昼間から新婚の妃と寝室に籠もったという話でもちきりだった。

茶会の席を立って寝室に直行したテレーゼ・エリザベートが、泰然とした虚無の顔でベルナルド・ウィレムに小声でぼやく。


「元はと言えば、お茶会での殿下が青ざめていらっしゃったから」

「仕方ないだろう、あの時に気づいてしまったんだ。きみが――」


手のひらを人差し指でツンツンとつつき、「フォンブルクの武器」を表現する。二人だけに通じる暗号があることが嬉しい反面、あくまで自分の想像が『当たらずとも遠からず』の範囲であることも思い出し、武器の正体を考えるたびに鳥肌が立つ。でも、その仕草に関連して、テレーゼ・エリザベートとの間に起こったことも思い出し、彼は顔を赤らめた。

その様子をどう解釈したか、年頃の令嬢たちが騒然となった。


「まあ、あのお茶会で殿下は妃殿下への恋心を御自覚なさったのですね!」

「噂では、妃殿下のお飲み物に毒を盛ろうとした人間がいたそうですわ」

「殿下が未然に防がれたのだとか」

「ああ、殿下にそのように愛される妃殿下はお幸せですね」


恥ずかしすぎる。噂通り明日からずっと夫婦で寝室に籠もっていたい。


両手で顔を覆ってしまいたいが、そうもいかない。テレーゼ・エリザベートが悠然としているのに、彼が羞恥を丸出しにしたら彼女の品まで損なってしまう。


「妃殿下は見かけによらず――といったところですかな」

「ドレスを剥けば女豹のような――」


夜の下衆話は茶会の比ではなく、露骨に彼女への下品で卑しい視線が集中していた。

カッとなって振り向いた彼を、彼女がそっと押し留めた。


「おまかせください」


特になんの合図をしたわけでもないのに、下劣な話で盛り上がっていた貴族の群れが一瞬静まり返り、広間は爆発のような悲鳴に包まれた。

見れば、皆一様に衣装が消え失せ、垢べっとりの肌を裸同然に晒している。衣服はボロきれの塊となって足元に散らばっていた。


「まあ。あちらは見かけどおり、服の下まで不潔ですわね?」


眉をひそめたテレーゼ・エリザベートがはっきりした声で言い放つ。

フォンブルクの武器のえげつなさに、ベルナルド・ウィレムは震えた。


「王子の妃に毒や苦茶を出し」

「お姿を見れば下品な値踏みに噂話」

「この国の貴族は躾がなっておりません」

「フォンブルクでしたら一族全員処刑です」

「――いえ、妃殿下への侮辱に毒殺未遂」

「黙って見過ごすフォンブルクではございませぬ」


いつの間にか、フォンブルクの大使たちが、王女の下に集まっていた。

ざわりと悲鳴混じりのどよめきが起こる。


「メーガルト王より、妃殿下への嫌がらせを計画、または実行した人間全員へ御命令です」

「我が国とフォンブルク王国との友好関係に亀裂を入れかねない大罪人は、身分剥奪の上、国外追放とする。身ひとつで今すぐ宮殿から出ていくように」

「以下、大罪人の名を読み上げます。ロガン公爵夫人ジョージアナ・ミントン、フェスタン侯爵エドマンド・ギャヴィ、バンケット伯爵クラレンス・ピーク、ヴァール子爵夫人パトリシア・ワレン、ヨワイユ男爵リカルド・オヴァ……」


名前を呼ばれる前に広間を出ていく者もいれば、衛兵に引きずっていかれる者もいた。


「このことは今夜中にフォンブルク王のお耳に入ります」

「妃殿下へ害をなす者は、メーガルトとフォンブルク両国を敵に回す覚悟をなさいますよう」


淡々と宣言し、大使たちは素早く姿を消した。


「あれが――なのか?」


一騒動が落ち着き、寝室にて。

手のひらを人差し指でつつく動作をしつつ尋ねると、テレーゼ・エリザベートは呆れた顔をした。


「殿下が従者の方にお命じになったことでしてよ。『あとは任せる』と。こちらもそろそろ動く予定でしたので、今回は協力して事にあたったと報告がありました」

「ああ、あれはきみと過ごせるように午後の予定を――」

「従者の彼は優秀ですね。わたくしの従者にしたいくらいですわ」

「だめですよ、きみの周りに他の男を近づけると碌なことにならないって今日でわかったでしょう」

「撃退できることもおわかりになったはずです。嫉妬深い殿方は嫌われますわよ」

「ウッ」


痛いところを突かれ、ベルナルド・ウィレムは撃沈した。

テレーゼ・エリザベートがふふっと笑い、「触っていいですか?」と尋ねる。


「どこを!?」

「いかがわしいことをお考えになりましたわね? わたくしが触りたかったのは殿下の御髪です」

「はいはい、どうぞ。どうせ他のところも触ってほしいと思ってるのは僕だけだろう」


嬉しげに彼の髪を撫でていた彼女が、こともなげに言った。


「触っていいなら触らせてほしいですが。どこですか?」

「なんでいちいち聞くの!? 恥ずかしいでしょうが!」

「犬を飼っておりましたので、つい」


意味がわからない。が、彼は幼い頃に飼っていた犬の様子を懸命に思い出してみる。

ああ、そういえば撫でてほしいときは腹を見せたり頭を擦りつけたりしてきたっけ。


「……それをやれと?」


羞恥のあまり虚無の顔になったベルナルド・ウィレムに、テレーゼ・エリザベートは王者の風格で笑い、頷いた。

彼はふと昼間の着替えのくだりを思い出し、ちょっとした抵抗を試みる。


「見せようと思いましたが、こすりつけることもできますよ。どちらになさいます?」

「なにをおっしゃっているのかわかってます?」


彼女に真顔で返され、彼は自分の発言を顧みて再び撃沈して身悶える。

妻は楽しそうに笑いながら、夫の寝間着の紐を解き始めた。


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