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なりすまし花嫁と入れ替わり花婿  作者: 浅倉遼晴
第一章
7/9

7

子ども同然だと思っていた若者の唇を奪ってしまった。

衝動的な行動のあと、無我夢中で彼女を抱きしめて口づけを繰り返す夫に応えながら、エリザベートは半ば呆然としていた。


いや、彼とは夫婦なのだし、彼はこの国での成人年齢だし……と自分に言い訳をしてみる。が、つい昨晩まで「二十歳でも三十路でも子ども同然」だとか思っていた相手に、しかも押し倒したことを詫びる彼を「動物的だ」と評しておきながら、こんなことをした自分こそ動物的で子どもに手を出す、畜生にも劣る生き物だ。

ふいに夫がエリザベートを解放し、目を覗き込んできた。


「どうしたの」

「わたくし、最低だと思って……」


思わず本音を漏らしてしまう。ウィレムが呆然とした。


「……どうして?」

「動物的でしたね、とか、わたくしが殿下に申し上げる資格など……!」


子ども同然の部分はフォンブルクに消されかねないので黙っておく。消されても死なないがそれなりに苦痛はあるだろう。


「なぜ? 最高にロマンチックですごいスマートで素敵だったよ」


ウィレムのほうは何かのスイッチが入ったのか、めちゃくちゃにエリザベートを褒めちぎってくる。さっきの口づけの雨あられといい、彼は本当に初で純粋な子どもなのだ。数百歳の老人が気まぐれに唇を奪って本当に申し訳ない。


「きみに男性経験があったとしても、……それはすごく、想像したら嫉妬するけど、社交界ではそういうことも当然ありえることだから、僕は気にしない、ように努力する」


妻の不死身を知らない彼の、精一杯の想像が本当に愛らしくて、余計にエリザベートの罪悪感が煽られる。ちなみに不死身の暇つぶし程度だが男性経験もある。彼は間違っていない。


「殿下が愛らしくて、つい唇を奪ってしまいました。ごめんなさい」

「いつでも奪ってほしい。僕もしたい」


彼の灰青色の瞳に重なったのは、幼い頃に飼っていた犬の瞳だった。毎朝エリザベートに会うたび、背中ごと尻尾を振って全身で喜んでいた小さな犬。頭を撫でるだけでも尻尾を振り、名前を呼べば顔を輝かせて駆け寄ってきた犬。


動かなくなった犬を前に泣きじゃくるエリザベートを、母は「この子はリーゼが来るのを天国の入口で待っていますから、天国へ行ける人間になるのですよ」と慰めた。その母も年老いて亡くなり、エリザベートは周囲に気味悪がられながら、何世紀も変わらぬ若いままの姿で生き続けている。


エリザベートが犬にしたようにウィレムを慈しんだら、彼もあの犬のように、若いままのエリザベートを死ぬまで愛してくれるだろうか。

彼を看取ったあと、エリザベートがこの国の王太后として永遠に住み続けたら、彼は天国の入口で待っていてはくれないだろう。エリザベートはそういうことをするためにメーガルトへ嫁いだのだから。


「殿下、顔色がもどりましたね」

「きみのおかげだ」


顔をすり寄せてくる彼は犬ではないし、エリザベートが何十年もかけて奪う計画を立てている国の、王の息子だ。

自己嫌悪と罪悪感に苛まれる今後を想像して虚無になっているエリザベートに、ウィレムが本日百回目の口づけをした。


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